リリアーナ(4)

「やっぱり、ステラお姉さまにはドレスがよくお似合いです。わたくしの目に狂いはありませんでした」


 等身大の姿見を前に、俺の後ろに立つリリアーナ。

 彼女の恍惚とした声に俺は照れ笑いを浮かべた。


「あまりこういうのは慣れていないのですが……」

「では、これから慣れていけば良いのです。まだまだこちらに滞在してくださるのでしょう?」

「それはそうですけれど、長いスカートだと動きづらいような……」

「有事の際は破っていただいても構いませんわ。むしろその様を間近で見せていただきたいくらいです」


 こうなったきっかけは俺の元に新品のドレスが届けられたことだ。

 もともと用意されていた俺たち用の服は女性用ではあるものの比較的活動的で過ごしやすいもの。女性騎士が好むようなものが多かった。

 冒険者相手のチョイスなら妥当だが、俺たちと会ったリリアーナは「それだけでは勿体ない」と思ったらしく新たに発注。

 それが今になって届いたというわけだ。


 今度の服はいかにもお嬢様が着るようなロングスカートのドレス。

 女がパンツルックになるのはそれこそ騎士など一部の者だけ──俺の普段着もスカートではあるものの、ミニと膝丈、膝下とロングはそれぞれ同じスカートではなく別の衣装と言っても過言ではない。

 普段魔物と戦ったり剣を振っている俺には不釣り合いだと思うのだが……。


 俺の肩に手を置いたお姫様はくすりと笑って、


「お姉さまもまんざらではないお顔をなさっているではありませんか」

「それは……まあ、こんな素敵なドレスをいただいて悪い気はいたしません」


 上等なドレスに、侍女の手による薄い化粧。

 毎日風呂に入っているおかげですべすべ、つやつやの肌に、俺の容姿とドレスに合わせて選ばれた装飾品。

 確かにこうして見るとまるで貴族のお嬢様のよう。

 女子としての生活にもすっかり慣れた身として、つい口が笑みの形に歪んでしまう。

 と、リリアーナはプラムを振りかえって、


「ね? わたくしとお姉さまはまるで姉妹のようでしょう?」


 これはさすがにやんわり否定してもらえると──。


「ええ。お二人でお茶会やパーティに参加なさるのも素敵かと存じます」


 なんか話が大きくなった!?


「お茶会って貴族の方々が参加するところですよね? わたしなんか礼儀作法もきちんとできないのに……」

「問題ありません。ステラ様が冒険者であることは周知いたしますので、貴族同様の基準で採点されることはございません」

「わたくしが懇意にしているお姉さまに失礼な態度を取るようなら、むしろその方とのお付き合いについて考え直すべきところです」


 おお、ふわふわしたお姫様に見えるリリアーナもそういう貴族的な水面下の争いができないわけじゃないのか。

 こう見えていろいろ苦労しているのかもしれない。


「それに、作法が不安ならば覚えればいいのです」

「王城の侍女はみな、一定以上の作法を心得ております。お茶会やパーティで無難に振る舞う程度であれば十分お教えできるかと」

「でも、余計な仕事を増やしてご迷惑では?」

「とんでもございません。我々としても復習になりますし、ステラ様のような美しい方に指導できるのはとても光栄なことでございます」

「……美しいなんて、そんな」


 思わず頬が熱くなってしまう。

 けれど、確かにいつまでも「作法が不安」などとは言っていられない。

 少なくとも伯爵家とは将来も関わっていくことになるだろうし、リリアーナに関してもこの先、護衛とかそういった役割が増えないとも限らない。

 公式的な場での振る舞いを覚えておいて損はない。しっかり教えてもらえるというならなおさらだ。


「では、お言葉に甘えてもいいでしょうか? ……わたしも、その、そういったことに憧れのようなものはあるんです」

「ふふっ。でしたら、わたくしをお手本にしてくださってもいいのですよ、お姉さま?」


 手を取って微笑むリリアーナに微笑みを返しながら、俺は自分の発言に自分で驚いた。

 俺はお姫様やお嬢様の生活に憧れがあったのか。

 『秘蹟ミスティカ』でステラに変わった時はフレアたちへの憧ればかりでそこまでは考えていなかった。

 だとすると、この憧れの出どころは孤児院で話した女の子たちか。


 庶民の子にとって、上流階級の暮らしを想像して憧れるのはよくある話だ。

 男子は王様や王子様より騎士に憧れることが多いが、女子はやはりお姫様。

 小さい子たちの空想やごっこ遊びに付き合ううちに俺の中にもそういう気持ちが芽生えていたのだろう。


「では、リリアーナ様もわたしの憧れる方の一人ですね」


 言いながら、胸の奥に慕情が生まれるのを感じた。

 フレアたちに向けるものとは少し違う。彼女たちは元の俺より年下でありながら俺より経験も能力も上で、追いつきたい、肩を並べたい対象。

 リリアーナは憧れると同時に守りたい、大切にしたいそんな相手だ。


 視線を向けられたお姫様は「それは……とても嬉しいです」と可愛らしく俯いた。

 頬がほんのり染まっているのがまた庇護欲をそそられる。

 ……ひょっとしてリーシャは俺に対して頻繁にこういう感情を引っ張り出されていたのか。

 抱きしめたり頭を撫でたくなるのを堪えていると、プラムがかすかに肩を震わせているのに気付いた。彼女と目が合い「わかりますか」「わかります」と無言で会話。

 まずいな。俺たちに隠された使命があったとして、このままだと俺はそれを拒否できそうにない。


 国やリリアーナに害をなすような命令は来ないよな……? と思っているとドレスの袖をくいっと引っぱられて、


「では、お姉さま。せっかくドレスを着たのですからお話をいたしましょう? 話を聞いてばかりでは申し訳ないので、わたくしからも都やお城の話を語らせてください」

「あ、それはとても楽しそうです」


 というわけで、俺はそのままリリアーナと楽しく話をした。

 俺の知っている都や城の情報は表面的なものが多いため、実際に住んでいる人間の話は実際にためになった。

 もし今後お茶会などに連れ出されることがあればこうした情報も会話の役に立つだろう。


 結局、その日は話し込んでしまい、ドレス姿のままで食事をすることになり──俺の格好を見たリーシャは歓声を上げ、フレアとエマは、


「なんだか、あんたも王女様だって言われたら信じてしまいそうね」

「ステラがどこかの国のお姫様だっていう話、実は本当だったのかも」

「その設定まだ覚えてたんですか……?」

「え? お姉さまは他国の王女なのですか?」

「殿下。ステラさんは記憶喪失なのです。ですので、我々が勝手な推測を重ねているのですよ」

「まあ、そうだったのですね。お姉さまはとても自然に生活していらっしゃるのでまったく気づきませんでした」

「特に不便もしていないんです。わたしにとっては今のこの状態こそがわたしですから」


 まあ、そもそも記憶喪失が嘘なんだけどな。






 それから俺のスケジュールに「リリアーナの相手」と「礼儀作法の特訓」が加わった。

 剣の稽古や魔法の練習をする時はドレスは着られないし、神に祈る時は衣のほうが気合いが入る。離宮の侍女たちはそのうち俺の服装でその日の俺の予定を推測できるようになった。

 ……っていうか、訓練に勉強に、なんだかんだめちゃくちゃ忙しい日々を送っている気がするな、俺。


 騎士と立合い形式の訓練をすることもあるし、今度はリリアーナの護衛だけじゃなくて騎士団本部の訓練に参加しないか? とも言われている。

 滞在から一月以上が経つとフレアやエマも飽きてきたのか「魔物狩りたい」とか言い出したし、それに応じて「では討伐を手伝っていただければ」なんて話も出てきている。


「なんだか、このまま都に落ち着いてしまいそうな気がしてきました」


 と、こぼしたらシェリーは真面目な顔でこう言った。


「その場合、冒険者の街のお屋敷はお子様のどなたかに与えられてはいかがでしょう?」


 俺の子供が複数できる前提なのか? ……って、いやまあ、それはそうか。

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