リリアーナ(3)

 結局、その日は神殿に一泊した。

 泊まる旨はもちろん連絡したのでその点は問題ないはずだが……フレアとエマに任せてリリアーナは大丈夫だっただろうか。

 思いつつ離宮に戻ると、俺たちはそのまま王女の私室へと呼び出されて、


「さあ、ステラ。その剣を見せてくださいませ」


 きらきらと目を輝かせたお姫様に魔剣を所望された。


「リリアーナ殿下、フレアたちがなにか粗相をいたしませんでしたか?」

「とんでもない。楽しくお話を聞かせてもらったわ。……それよりもステラ、早く見せてちょうだい」

「は、はい」


 鞘ごと渡せば、プラムたち侍女がすかさず受け取った。

 さすがに王女に持たせるわけにはいかないか。

 二人がかりで抜かれた剣は、窓からの陽光を受けてきらきらと輝く。

 絹の手袋に包まれた指が刀身にそっと触れて、


「……どことなく神聖な気配を感じるわ。地母神さまのお力が剣に祝福を与えたのね?」

「はい。どうやら地母神さまからお許しをいただけたようです」


 王都の大神殿内で野宿──という、ちょっとよくわからない状況ではあったが、『女神の庭』で過ごす時間はとても有意義なものだった。

 大地の息吹、神の存在を間近で感じられる。

 リーシャの持つ銃もあらためて清められたし、俺たちの心も煩悩を取り払われてすっきりした。


 そして、伯爵家の魔剣は祝福を得てさらなる力を得た。


「通常、金属への祝福は一ヶ月程度かかるそうなのですが、魔剣はたった一晩で聖別されました。自在に姿を変える性質が神のお力をも受け入れたのかもしれません」


 神によって聖別された武器は半永久的に神聖な力を帯びる。

 アルフレッドの聖剣はまた別格だが、この魔剣もアンデッド等の悪しき存在に強くなった。

 それから、


「リーシャさんの銃と同じく、聖なる魔力を溜め込んで放つこともできるようになっています」

「そうなの? 一度見せてもらってもいいかしら」

「はい。ですが、当たらないように気をつけてくださいね?」


 剣を手に取り戻した俺は剣の先を部屋の壁に向けて聖なる光を放った。

 物理的な威力は低めなので、光はなにごともなく弾けて消滅。


 俺はそれを見てほっとした。

 向こうで何度か試したが、剣状態で光を放つと狙いをつけるのがけっこう難しいのだ。剣先の微妙な角度で飛んでいく方向が変わる。

 斬撃を光に変えることもできるがなおさら狙いをつけにくい。

 本気で運用するなら一度銃形態に変えてから発射するほうが確実だろう。


 で、これにリリアーナは「すごいわ!」と大喜び。


「銃を与えられる聖職者はほんの一握りだと聞いているのに、あなたたちのパーティには二丁の銃の使い手と、聖なる魔剣の使い手がいるのね」


 聖なる魔剣ってどっちだよ。

 いやまあ、ここで言う『魔』は『悪魔』の『魔』ではなく『魔法』の『魔』だからちょっと違うんだが。


「リーシャ。魔剣の聖別について伯爵が異を唱える可能性はあるのかしら?」

「いえ。おそらくですが、父はなにも言わないでしょう。元よりわたくし共には扱えない剣でしたし、地母神さまの祝福を受けたことで使い手が限られるわけではありません」


 自然への敬意が著しく欠落した人間が使おうとすれば聖別の効果が消えるかもしれないが、そももそも魔剣を扱える人間が現状俺しかいない。

 泊まっている間にリーシャとも話したが、もし次代にこの剣を継げる人間が現れたとして、その子に地母神の教えを伝えれば済む話だ。

 そもそも貴族の多くは神の教えにある程度親しんでいるもの。

 信者と呼べるほど傾倒している者はそれほど多くはないものの、各神殿とある程度仲良くできる度量がなければ統治者など務まらないのだ。

 なので、次の使い手が地母神の信徒である必要もない。

 神の教えを理解し、自分なりに尊重できさえすれば十分に魔剣を扱えるだろう。


「やはり、ステラは『勇者』の器のようね」


 ふっと微笑を浮かべたリリアーナが間近に歩み寄ってくる。

 剣はもう鞘に収めたので構わないが、ちょっと距離が近すぎるような──。


「ねえ、ステラ。わたくし、あなたのことを『お姉さま』と呼んでもいいかしら?」

「っ」


 瞬間、俺は全身に痺れるような快感を覚えた。

 快感と言っても淫らなそれとは違う。胸の奥がきゅん、と切なくなるような不思議な感覚。

 男だった俺が言うのもなんだが……近いのは母性、だろうか。孤児院で子供たちの相手をしていた時に感じたものの、より強いものに思える。


 俺は、思わずリーシャを見た。

 当の『お姉ちゃん』はぴんと来ない様子で首を傾げているが……どう考えても『これ』は彼女の影響である。

 可愛らしい年下の少女に姉扱いされて俺の本能が「徹底的にこの子を甘やかせ」と叫んでいる。


 って、待て。彼女はただの少女じゃなくてこの国の王女だぞ?


「お、お待ちください。わたしのような者をそんなふうに呼ぶのはさすがに……」

「だめ、かしら? わたくし、初めて会った時からステラには親近感を覚えていたの。髪も目も、それから顔立ちもどことなく似ていると思うのだけれど」


 似ているとしたら「俺の理想」が、この国における美の極致と一致しただけの話なのだろうが。

 かすかに瞳を潤ませながらこちらを見つめてくるリリアーナに、俺は猛烈な敗北感を覚えた。

 今すぐこの子を抱きしめたい。

 危険な衝動をなんとか抑えつつ、


「わ、わたしはなんとお呼びいただいても構いませ──」

「っ、ありがとう、ステラ!」

「ふぁ……っ!?」


 あろうことかリリアーナのほうから抱きつかれた。

 柔らかくて温かくていい匂いがする。『庭』のおかげか幸い性欲はまったく湧いてこず、ただ愛しさだけがこみあげてきて。

 密着したまま俺を見上げたお姫様はさらに目をきらきらさせて、


「では、これからは『ステラお姉さま』とお呼びいたしますね? お姉さまもどうか、わたくしのことをリリアーナとお呼びください」

「は、はい。……ええと、その、リリアーナ様」


 いや待て、王女様から敬語使われるってどんな身分だよ。

 助けを求めようと周りを見るも、リーシャは感動したように両手を組んで、


「『お姉さま』……いい響きです。ああ、ステラさんも妹を持つ時が来たのですね」


 こんな時にぽんこつ化しないで欲しい。

 しょうがないのでプラムたちに止めてもらおうとしたのだが、彼女たちもどういうわけか苦笑して首を振るだけで。


「ステラ様。どうぞリリアーナ様のお望み通りにして差し上げてくださいませ。みなさまをお呼びするにあたり、必要は選定はすべて済んでおりますので」

「……はい。みなさんがそうおっしゃるのでしたら」


 いいのか? 本当にいいんだな? 俺、ただの冒険者だぞ?

 いやまあ、俺から彼女に変なことをする気はないし、本当にやばい奴はこんなに気をもんだりしないのかもだが。


 ──必要な選定はすでに済んでいる、か。


 やはり、リリアーナにはなにか深い事情があるのかもしれない。

 でなければいくら可愛い王女の頼みでも冒険者を長期滞在させたりしないだろうし、娘を一人で離宮に住まわせたりもしないはずだ。

 教えてもらえないのならそれでもいい。

 俺たちに明かすつもりがあるのだとすれば、待っていてもいずれその時が来る。


「ステラお姉さま、これからもどうか仲良くしてくださいね? お暇な時はどうぞわたくしの部屋に来てお話してください。……そうだ、一緒に寝たり、お風呂に入ったりするのも楽しそうですね」

「え、あの、リリアーナ様? それはさすがに無防備すぎるのでは」

「どうしてですか? わたくしはお姉さまを信用していますし、女同士なのですからなんの問題もないでしょう?」


 ……なんか、この子もちょっと特殊な趣味があるんじゃないか?

 具体的に言うと俺やフレア、エマ、リーシャと同じで、同性に強い執着を抱く的な。


 だとすると確かに俺たちが彼女の相手には適任……なのか?

 逆に症状を進行させまくっている気もするんだが。

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