リーシャ(10)

「……とうとう王都の大神殿に」

「ふふっ。ステラさん、なんだか気合いが入っていますね」

「はい、それはもう。このところ煩悩に翻弄されっぱなしなので……」


 俺とリーシャは許可を得て離宮を出、都へと繰り出した。

 と言っても念のため護衛付きだし、向かう先は遊び場ではない。

 都の喧騒は『冒険者の街』とは質も規模も違う。

 品の良い者が多いのがぱっと見ただけでもわかるし、一方で商人や旅人の姿も多くある。それでいてみんな一定の礼儀をわきまえている雰囲気。


「リーシャさんは大丈夫ですか? その、欲求不満の解消とか」


 一番溜め込んでいそうな銀髪青目の女神官に尋ねると、彼女は「そうですね……」と首を傾げて、


「確かに少し気詰まりかもしれません。孤児院の子たちと触れ合う機会も減っていますから」

「やっぱり」

「でも、わたくしはそれほど気にしてません。リリアーナ殿下とお話するのも楽しいですから」


 そうか、リーシャにとってはリリアーナも年下の女の子。彼女の相手をしているだけである程度心が満たされるわけだ。

 ほう、と、感心のため息。


「リーシャお姉ちゃんはやっぱりすごいです」


 と、普段は優しく礼儀正しいお姉さんの目がぎらりと光って。


「……ステラさん。今日は予定を変更して、お姉ちゃんとお部屋でのんびりしませんか? 子守唄や耳掃除でたっぷり甘やかして差し上げますので」

「だ、駄目ですよ、リーシャさん。もう神殿側にも行くって伝えてあるんですから」

「……残念です」


 うん、たぶん七割くらいは本気だったが、それでもすぐ引き下がってくれるからリーシャはすごい。

 彼女から自制を教わらなかったらきっと今頃、俺もひどいことになっていただろう。



    ◇    ◇    ◇



 さて。

 大神殿への訪問は俺も楽しみにしていた。

 男だった頃なら聖職者の本拠なんてどうでも良かっただろうが、今は俺も地母神の信徒。

 国で一番の神殿がどんなところか気にならないはずがない。


 きっと荘厳な建物なのだろう、と想像を巡らせながらその入り口へと辿り着いて、


「……ここが、地母神さまの大神殿?」


 そこは、思っていたのとは少し違った。

 建物自体がでん! と立派なのは間違いない。きっと信者数も『冒険者の街』よりずっと多いだろうし、出入りする一般信者も多そうだ。

 ただ、その建物の周囲はほとんどが土の地面になっており、多種多様な植物が生い茂っている。

 背の高い木や花壇に囲まれた大神殿は、思ったよりもずっと親しみやすいというか、足を踏み入れやすそうだ。

 リーシャが「驚きましたか?」と微笑んで、


「石の床しか知らないのでは地母神さまの教えを実践することはできません。だからあえて土や植物に触れられるようにしているのだそうです」

「リーシャさんは前に来たことがあるんですね?」

「ええ。幼い頃、父と都を訪れた際、神殿にも一通り顔を出しました。思えばあの時、地母神さまにお仕えしたいと初めて思ったのかもしれませんね」


 じゃあ、リーシャが他の神に仕える可能性もあったのか。

 戦神や知識神に仕える彼女は正直あまり想像できないが。


「では、参りましょうか」

「はい、リーシャさん」


 正面入口から入ってそのまま進めば一般客も利用できる『神像の間』がある。

 地母神の偶像が祀られており、それに向かって祈りを捧げるのだ。地母神の場合は大地を司っているので必ずしも神像に祈る必要もないのだが、やはりそれらしい場で祈ると心が引き締まる。

 少し興奮を覚えながら神殿内に足を踏み入れ──俺はそこで巫女に呼び止められた。


「あなた、少しよろしいでしょうか?」

「……はい?」

「その剣を確かめさせていただいても?」


 留め具で二重に封をしてはいたものの、腰に魔剣を差していたのが目に留まったらしい。

 俺もリーシャも衣を纏ってきているので相手側にも敵意はない。快く差し出して確認を求めると、巫女は受け取った剣の重さに四苦八苦しながら確かめて、


「問題ありません。お時間を取らせてごめんなさい」

「いいえ、お気になさらず」


 考えてみると、地母神の信徒で剣の使い手というのは珍しいか。

 リーシャに言うと彼女も「そうですね」と頷いて、


「地母神さまは刃物の使用を禁じておりませんけれど、用いるのであれば槍や斧、鎌などが推奨されます。修行を積んだ者の一部は銃を用いますし、剣の使い手はあまりおりませんね」


 槍は魚を捕るのに、斧は木を切るのに、鎌は草を刈るのにも用いられる。農機具等を発祥とする武器のほうが望ましいというわけだ。

 それを言ったら短剣だって採集や調理のために生まれたものだし、長くなって剣になるだけでだめなのか、みたいな話はあるが──宗教というのは理屈じゃない部分もあるので深く考えても仕方ない。

 大神殿の清らかな空気を感じながら神像に祈りを捧げる。

 特に祈りの長さは決まっていない。正式な信徒としてあまり短く済ませるのも気が引けるので、聖典の一説を心の中で唱えていると──ふと、どこからか視線を感じた。

 立ち上がって振り返れば、そこに、さっき会ったのとは別の聖職者の姿。


 格好からすると神官位か。

 にっこり微笑んだ彼女は、


「お邪魔をしてしまいましたか?」

「いいえ。ええと……お姉さまは、どのような……?」


 言葉を交わしている間にリーシャも立ち上がって、


「わたくしたちに御用でしょうか?」

「ええ。大神殿の奥を案内いたします、神官リーシャ、そして勇者ステラ」


 こんなところで勇者呼びされるのはかなり恥ずかしかったが、その後にはさらにプレッシャーのかかる事態が待っていた。


「聖女様がお会いになられるそうです」



    ◇    ◇    ◇



「……まさか聖女様にお目にかかることになるなんて思いませんでした」

「わたくしもです。それだけ勇者に期待していらっしゃるのかもしれませんね?」

「もう、若くて優秀な女神官に期待していらっしゃるだけだと思います」


 聖女と短い話をした後、俺たちは小声で言い合いながらとある場所へと案内を受けた。

 そこは大神殿の奥も奥、限られた者だけが手にできる鍵を用い、さらに地母神の聖印に認められている者だけがくぐれる結界を抜けてようやくたどり着ける場所。


「こちらが『女神の庭』でございます」

「……わぁ」


 季節を無視して多種多様な草木が茂り、どこからか水が流れ、温かな陽光の差し込む広場。

 実りを表すかのようなその場所は、伝承によると大した手入れも必要とせず、その豊かさと多様性を維持し続けられるという。

 その広場の一角にはそっと、いくつかの品物が置かれている。

 銀の塊。ワイン樽。砂糖など。

 庭の聖なる力を受けた食物は病を癒し健康を保つ力を得るらしい。そして金属はそれそのものが聖なる力を宿し、銃などの材料となる。


「この『庭』で聖別された金属を用いることでのみ、銃を作り出すことができます」

「じゃあ、リーシャさんの銃も……?」

「ええ。……そう、わたくしはとても貴重な品をこの手にしているのです」


 一丁でも貴重な銃を二丁だ。受ける期待と実力の高さが窺える。

 半永久的に魔法を放てるような法外な武器も決してほいほい作れるようなものではないわけだ。

 と、俺たちがここに案内された理由はこの神殿でトップクラスの存在である『聖女』からの提案が原因だった。


『勇者ステラ。よろしければ、その剣に地母神さまの祝福を与えてみてはいかがでしょう?』


 彼女が口にした疑問。

 どんな武器にでも化けられる魔剣は『銃になれるのか?』。

 試してみた結論は「形は真似られるが機能は真似られない」。

 聖なる力を蓄積し運用する機能がないため銃としては使えず鈍器にしかならない。

 ならば、聖なる祝福を与えれば?


「どうぞ。本日一日こちらでお過ごしいただき、その剣に地母神さまのお力をお与えください」


 試してみる価値はきっとあるだろう。

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