エマ(9)

 ある日の夜、そろそろ寝ようかという時間になって部屋のドアがノックされた。

 俺に付いてくれている侍女が確認すると、やってきたのはエマ付きの侍女で。


「……始まりましたか」

「……はい。一緒に来ていただけますでしょうか?」


 エマが部屋で「そういうこと」を始めたら呼んでくれるようにあらかじめ言ってあった。

 俺が行ってなにができるかと言うと怪しいが、現行犯のほうがいろいろやりやすい。

 寝間着に一枚羽織ってから廊下を歩き、予告なしに踏み入ると──。


「んっ……。……あれ、ステラ、どうかした?」


 黒髪黒目の美女が一糸纏わぬ姿でベッドに横になり、いかがわしい道具を身体に押し当てていた。


「…………」


 考えてみると、ここまでダイレクトに痴態を目撃するのは初めてかもしれない。


「なにしてるんですか、エマさん?」

「なにって、見てわからない?」


 一見しただけでやばいことしてるから「頭大丈夫か?」と聞いているんだが。

 後ろでドアが閉じられ、二人の侍女がドア前に立ったのを確認しつつため息。


「もう少し迷惑のかからないやり方はないんですか?」

「そう言われても。私は私だし、長期滞在するなら慣れてもらったほうがお互い楽」

「それはまあ、そうかもしれませんけど」

「ステラ様、もっと強気でお願いいたします」


 後ろから声援。

 俺はエマ付きの侍女さんを振り返って、


「……あの、ひょっとして、わりとストレス溜まってますか?」

「……いえ、そこまでは申しませんが」


 目をそらされた。


「このままですと私自身の価値観に多大な影響が出てしまいそうで少々恐ろしく思っております」

「エマさん? 貴族のご令嬢に変な性癖植え付けるのはやめましょう?」

「性欲は思う存分発散したほうが人生楽しく生きられると思う」


 手ごわい。

 フレアはまあ、なんというか、性的な行為そのものが主ではないので「そういう趣味なんだな」で許容できるところはあるんだが、エマの場合は直接的すぎてかなり恥ずかしい。

 実際問題、女だってそういう行為が必要なのも事実だし。


 俺は悩みつつも、今はいったん手を止めているエマに向けて、


「エマさんも運動したらどうでしょう? 煩悩も多少は発散できると思うんです」

「運動なら今してる。なんなら食事のたびに食堂まで歩いてもいる」

「そういうのは運動って言わないんですよ?」

「ステラ。部屋にこもって本を読むのが好きな人間と、外に出て剣を振るのが好きな人間、その間に優劣も貴賤もない。どちらか一方を強要するのは思慮の足りないやり方だと私は思う」


 ああ言えばこう言う。


「……まあ、やりたいことを無理に止められたら嫌なのは確かですよね」


 釈然としないものを感じつつも頷く俺。


「それにしたってもう少し隠すとか恥じらいを持って欲しいものですけど」

「お風呂にも一緒で、トイレの時の近くで待たれて、寝るまで傍に控えられてたらこっそりする暇なんてない」


 確かに。


「むしろステラとリーシャはどうしているのか知りたい」

「我慢してるんですよ!?」

「とか言って、ステラはお風呂でシェリーとえっちなことしてるんでしょ?」


 俺は目を逸らした。


「……そんなことはどうでもいいじゃないですか」

「……あの、ステラ様?」

「みなさんが想像しているレベルのえっちなことはしていません! 本当です!」


 多少の息抜きは必要だし、少なくとも俺はできるだけ人目につかないようにしている。

 なんだったらエマにもシェリーを貸し──止めよう、悪影響を受けすぎると困るし、なんとなく気分的にもやっとする。


「……説得されてしまいました。どうしましょう」

「王女様の侍女だってそういうことを知っておいて損はない。将来、王女様もそういう知識が必要になるかもしれないし」


 ……まあ、王侯貴族って極端に淡白か、あるいはねちっこくて変態的なイメージはあるが。

 少なくともリーシャの父親は妙な性癖を持っていたのでまったくの的外れではない気もするが。

 二人の侍女は身を震わせて、


「ステラ様はエマ様ほど特殊な趣味ではありませんよね?」

「どうしてわたしに聞くんですか……?」


 多大にエマの影響を受けている俺だが、少なくとも自制はしている。

 見たくない者に無理やり見せる気もやらせる気もない。

 でも、その前に心配すべきはリリアーナの結婚相手じゃないか……?


「そもそも、彼女も本気で嫌なら部屋を出ればいいだけ。離宮の警備は他にいるんだし、侍女が不寝番をする必要はない」

「……確かに?」


 うん、なんか説得されてしまった。


「エマさんがウィズさんの弟子だっていうのがよくわかりますね」

「待って。私と師匠に血縁はない。師弟関係だけで趣味がそんなに似るわけない」

「つまり性癖の近しい相手をウィズさんが弟子に選んだのでは?」


 むっとしたエマは俺を軽く睨んで、


「そこまで言うならステラが欲求不満解消に付き合ってくれればいい」

「付き合って……って、わたしになにをさせる気ですか?」

「思いっきりストレスを吐き出せば私でも最長一週間くらいは我慢できる」


 言いながら彼女が取り出したのは二人分の拘束具と淫らな道具。


「二人でやれば興奮は二倍以上。効率はぐっと良くなる」


 なんかこいつ、開き直ったうえにエスカレートしてないか……?



    ◇    ◇    ◇



 俺とエマを拘束する役目はエマ付きの侍女さんが担当することになった。

 俺付きの侍女さんには先に帰ってもらっている。恥ずかしいし、悪影響を受ける人間は少ない方がいい。


 拘束具は口枷に目隠し、縄、それから首輪。


 球状の器具のついた口枷を嵌められると言葉が封じられ、唾を飲み込むことさえ難しくなる。

 首輪同士が短いチェーンで連結されて離れることを禁止される。

 下着姿にされた俺と裸のエマは身体を密着させられ、

ミトンのようなものを手に嵌められて細かい動きを封印。

 侍女は着付けで慣れているせいか、それともエマの指示が的確なせいか、初めての縄化粧を上手くこなして、俺たちの身体をさらにぎっちりと拘束した。

 腕が動かせなくなり、身を離すこともできない。足を軽く絡めるような状態で目隠しを施されると身体の感覚がよりはっきりとして。


 互いの体温と息遣い、女の柔らかさばかりが意識に上ってしまう中、淫らな道具がお互いの間に無理やり差し込まれるように固定されて。

 あらかじめエマによって起動済みだった道具は容赦なく振動を伝えてきて──。


「あの、なんと申しますか……。これ、意外と癖になりそうです……っ」


 明らかに変な扉を開いてしまったっぽい侍女さんの熱っぽい声と吐息を聞かされ、さらには変にみじろぎするエマのせいで思うように動けないまま、俺は必死に縄抜けを試みることに。

 結果はというと──まあ、ようやく解放された時には汗びっしょりになっていた、とだけ。


「……ひどい目に遭いました」

「そんなこと言って、ステラだって楽しんでくせに」


 むう、と口ごもりつつ、エマを軽く睨んでやる。

 言い出しっぺの彼女は心の底から満足した様子でいい笑顔。

 やっぱり唆されるべきではなかったというか、俺も俺なりに鬱憤が溜まっていたらしいというか。


「じゃあまた一週間後くらいに付き合ってもらうということで──」

「わたしは絶対しませんからねっ!?」


 やばい、この調子だとずるずる引きずられてあっさり一線を越えてしまいそうだ。

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