フレア(9)

「エマさんはともかくフレアさんまでなにしてるんですか」

「しょうがないじゃない。半年も我慢してられないし、定期的にストレス発散しないとおかしくなっちゃうでしょ?」


 とりあえずフレアのところへ抗議に行った。

 彼女付きの侍女さんは俺たちのやり取りを少し離れて聞いている。

 恭しい態度は崩していないものの──表情はかすかに苦笑気味だ。エマの無表情に慣れている俺にはそれがわかる。

 ちょうどいいので彼女に視線を向けて、


「フレアさんはなにを汚しているんですか?」

「……その、なんと申しますか」


 果てしなく言いづらそうにしながらも、彼女はぽつりと。


「主に下着、でしょうか」

「……フレアさん?」

「だからしょうがないじゃない! エマなんかたぶん平気でシーツ汚してるわよ!?」


 まあ、それはそう思うし、洗濯担当のメイドもいるわけだからいいと言えばいいのだが。


「人に見られるの、恥ずかしくないんですか?」

「なに言ってるのよ。それがいいんじゃない」

「……そういえばそういう人でした」


 貴族のお嬢様出身の侍女に痴態を晒す。

 当然羞恥心が伴うものの、フレアにとってはそれそのものが快感だ。

 むしろご褒美だと言っていい。


「ある意味、この状況だとエマさん以上に厄介ですね……」

「いえ、その。エマ様は我々の存在に構わず淫らな行為をなさるそうですので、私はフレア様の担当で良かったと心から」

「エマはなにしてるのよほんとに」

「フレアさんが言わないでくださいね?」


 発言内容自体には全面的に同意するが。


「……それで、フレアさんはいったいどうやって『発散』してるんですか?」

「なに? 聞きたいのステラ? そうよね、あんただって露出するの好きだもんね。ほんとはそういうことしたくてたまらない──」

「そんなことばかり言ってるとフレアさんが一番恥ずかしいことした時の話、都中に広めますよ!?」

「そんなことされたらあたし、もうステラのペットになるしかないじゃない!」


 真っ赤な顔で瞳を潤ませながらこっちを見るんじゃない。どっちかというと「嫌」じゃなくて「早くやって」という顔に見えるぞ。

 ……ある程度言いたいことを言い合ったらお互い少しは落ち着いたので話を戻して。


「別にあたしはエマみたいに直接的なことはしてないわよ」

「裸で廊下を歩いたりとかはしてないんですね?」

「人をなんだと思ってるのよあんた」


 ウィズとは別の意味で痴女だと思ってるが?


「……あの、フレア様のこうした行動は常のものなのでしょうか?」

「あの、はい。そうですね。フレアさんは残念ながらこういう人です」

「あたしに首輪つけて散歩させたくせに一人だけ常識人ぶってるんじゃないわよ」

「首……っ。そんなはしたないこと、いえ、でも、少し見てみたいような……っ」


 おい、侍女たちが変な扉開いたらどうする。


「やっぱりわたしたち、ここに招かれるのに向いていないんじゃ……?」

「いいえ。信用のおける女性パーティなど他にそうはおりませんし……。万が一、間違いが起こってしまうのであればみなさまが適任です」


 起こすなよそんな間違い。

 いやまあ、トップクラスのパーティ相手ならそれを口実に取り込んで飼い殺す手もあるんだろうが。


「わたしまで巻き込まないでくださいよ」

「いいじゃない。ステラもやったら気持ち良いわよ?」

「……結局なにをやったんです?」

「なにって、落書きだけど?」


 スカートをめくり、レオタードをずらして見せてくれるフレア。

 侍女さんは目を両手で覆い、その隙間から俺たちの様子を観察している……って結局見てるのかよ。

 ともあれ、フレアのお腹や下腹部には人前ではとても言えないような恥ずかしい文言がいくつも書かれていた。


「自分で書くと鏡文字になってしまうと思うんですが、どうやって書いたんですか?」

「鏡に映しながら書くとだいぶやりやすいわよ?」

「……いえ、その前に、ステラ様は何故、自分で書いた時の問題点について即座に発想できたのでしょう?」


 言わないでくれ。俺もフレアにだいぶ毒されているとか気づきたくない。


「前にあんたと落書き遊びした時の経験が生きたわ。普通に服着てるのに、その下に恥ずかしい落書きがあるとかめちゃくちゃ興奮するじゃない?」

「お風呂のときはどうしてるんですか……」

「はい。……我々が丁寧に文字ごと綺麗にさせていただいております」


 どっちの羞恥プレイだかわからないぞそれ。


「こんな恥ずかしい落書きを人に洗わせることになると思うと余計に興奮するのよね。……下着が濡れちゃうくらい仕方ないと思わない?」

「落書きじゃなくて下着をつけないとか、そっちの方向性のほうがマシじゃないでしょうか」

「さすがのあたしでも離宮の床を汚すのは気が引けるわよ」


 それはそうだと思う一方で「気にするのはそこか?」とも思ってしまう俺。


「……はあ。なにか良い方法はないでしょうか」

「あの、ステラ様。無理にとは申しませんのであまりお気になさらないでくださいませ。時には主人を一人にするのも従者の務めでございます」


 そりゃそうか。

 リリアーナはまだそういう年頃じゃないかもだが、四六時中誰かが傍に居てはその手のストレス発散もできない。

 察して離れるなり見て見ぬふりをするのも侍女の業務のうちなのか。

 まあ、もしそうだとしても、


「わかりました。落書きもなし、下着も身につけたままならいいわけですよね?」


 ため息交じりに言うと、フレアとその侍女はそれぞれ別の意味で期待のこもった視線を俺に向けてきた。


「なにかいい方法があるわけ?」

「はい。そんなに首輪が好きなら一日中身につけていればいいと思います」


 フレアが所持している首輪を出させ、それを彼女の首に巻いてやる。

 紅髪紅目の美少女はあからさまにびくっとした様子を見せ、自身の侍女をちらちらと気にしながら、ぐっ、と首を締め付けてくる首輪に小さく甘い吐息を漏らした。


「……ステラの鬼畜」

「誰のせいだと思ってるんですか、誰の」


 首輪とチョーカーは紙一重。

 お洒落の一環と言い張ればおかしなものではないし、離宮を離れる際はさすがに外せばいい。

 俺はフレアの目を見つめて「お風呂の時以外はつけていてくださいね」とお願いして、


「……もっとちゃんと命令しなさいよ」


 あ、完全にスイッチ入ってやがる。

 この分なら効果はありそうだなと思いつつ、言い直す。


「お風呂の時と、わたしの命令があった時。それ以外は『なにがあっても』着けていなさい。……いいわね、フレア?」

「っ。はいっ、ご主人様っ!」


 めっちゃきらきらした瞳で応じられた。

 こうしてフレアの一人遊びは形を変え、侍女が落書きを消させられることはなくなったのだが……代わりに首輪が非常に目立つようになり。


「あら、フレア? それは地方で流行っているお洒落なのかしら?」

「ううん。ご主人──ステラがずっと着けていなさいって言うから着けてるの」

「っ。ええと、もしかして、ステラとフレアはそういう関係なのかしら?」

「そうよ」

「違いますっ!!」


 強気で親分肌に見えるフレアは、その実、妹分に見える俺に支配されている……という噂がしばらくの間、侍女の間で流行することになってしまった。


 ……くそ、俺がそういう欲求を必死に我慢してるっていうのにこいつらは。

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