ステラ(11)

 中庭には花の生い茂る庭園の他に広い芝生があり、運動ができるようになっていた。

 今のところリリアーナは使っていないらしいが、乗馬のレッスンを行う可能性も見越しているそうだ。


 そこへやってきたのは俺とフレア、それからお姫様の護衛を担当している騎士たち。

 使うのは刃を潰した訓練等の剣。

 互いの訓練のため、普段と異なる相手と経験を積むために刃を合わせて──。


 何度かの手合わせの末、先に息を上がらせたのは騎士たちのほうだった。


「本当にお強いのですね。我々が何度も挑んで一本取るのがやっととは」

「まあね。あなたたちも強いけど、戦い方がお行儀良すぎるわ」


 いつものレオタード+スカート姿のフレアは軽く呼吸を整えつつそんな風に答えた。

 言っていることはわかるが若干偉そうだな。

 俺は苦笑しつつ剣を収める。


「わたしはきちんとした型を学べる騎士の方々が羨ましいです」

「お二人はどちらで剣を?」

「わたしはフレアさんから剣を教わりました」

「あたしは独学と実践ね。他の冒険者に頼んで手合わせしてもらったりとか」


 独学でこれってほんと化け物だな?


「フレアさんには剣の才能があったんですね」

「パパ譲りかもね。……っても、小さい頃はろくに遊び道具がなかったってのもあるけど」


 飽きもせず父の形見を振り回してたミニフレアの姿が脳裏に浮かんだ。剣を使えるように直すのに費用がかかったの、こいつが玩具にしたせいもあるんじゃないか……?


《私はよく怪物役やったのよー。懐かしいわ》


 剣からの声。

 ただし、ちゃんとした音ではなく、精霊使いにのみ感じ取れる思念のようなものだった。

 剣に宿るヴォルカもいちおう時と場所を考えてくれているらしい。

 俺は練習中の精霊語でキュルキュルと《ヴォルカさんが相手役なら捗りますね》と答えた。


 剣の練習に専念できる金と環境があるのも恵まれているが、精霊の子というのも特殊だし、そのフレアに一対一で教えを受けた俺もまた特殊なんだろう。


「お城には女性の騎士も多いんですか?」

「騎士全体の五分の一ほどですので多いとは言えませんね。都にいる騎士の割合で言えばもう少し多くなりますが」

「え、都には女の騎士が多いの?」

「各地の砦や地方都市への派遣に不向きだからですね。高貴な女性の警護が主な役割ですので、都にいた方が出番が多いのです」


 地方都市で騎士の数が少ないなら男性騎士で代用するほうがやりすいもんな。


「やっぱり女性騎士の方も男性の中で苦労されているんですか?」

「そうですね……。着替えや水浴びなど気を遣うことは多くあります。身体能力の差で悔しい思いをすることも」

「冒険者ならあたしたちみたいに女だけで生活したりもできるし、そういうところは騎士のほうが大変かもね」

「女性だけでパーティが組めるのも相当珍しいですけどね……」


 女ならではの苦労話で盛り上がった俺たちは意外なところで気持ちの繋がりを深めた。

 それから定期的に一緒に訓練を行うようになり、図らずも、屋敷で生活している時よりも対人経験を積めるように。

 こうして訓練するようになってしばらくの間、リリアーナは、


「わたくしも剣の訓練が見たいです!」


 との要望をプラムたち侍女に却下されて部屋に軟禁されていた。


「危険ですので姫様はご遠慮ください」


 たぶん、俺たち『四重奏カルテット』が完全に安全とわかるまでは念のため、ということだろう。冒険者相手なら当然の措置だ。



    ◇    ◇    ◇



「至れり尽くせりすぎて太ってしまいそうです……」

「あら。心配しなくてもステラは見惚れるくらい美しいけれど」


 毎日、午後のお茶の時間には美味しいお茶とお菓子まで振る舞われる。

 しかも、お茶の銘柄とお菓子の種類が毎日のように変わる。

 毎日食べても飽きないように、という配慮なのだろうが……それじゃ確実に食べすぎてしまうだろう。味も最上級なんだし。


 せっかくの機会なので俺はなるべく欠かさずお茶会に参加している。

 次いで参加が多いのはリーシャ。

 フレアとエマは最初こそ毎日のように参加していたものの、だんだんと参加率が下がってきた。他のことに夢中になっていると「今日はいいや」となるらしい。


 というわけでリーシャと二人並んで座ってリリアーナと歓談、という機会が多くなるのだが、


「殿下は体型維持に気を遣っていらっしゃるのですか?」

「ええ。食べすぎるとプラムたちがうるさいからお菓子もほどほどで我慢しているの」


 これにプラムは苦笑して「体調を崩されるのはリリアーナ様なのですよ」と反論。

 リーシャがティーカップをソーサーに置き、くすりと笑った。


「フレアとエマにも言って聞かせていただきたいくらいです」

「あら、冒険者は自由なのだから食べたいだけ食べるといいわ。欲しいものはこちらで用意できるから」


 リリアーナの口調がくだけてきた。

 王女と冒険者では圧倒的に向こうが格上なので、年下とはいえ俺たち相手に敬語はいらない。

 今までは最大限に礼を尽くしてくれていたのが、親しい相手として扱ってもらえるようになった、ということか。

 いや、信頼されるのがかなり早いけど。

 信用のおけない者ならそもそも離宮に入れない、というのを加味しても早いけど。


「大変ありがたいお心配りですが、自制しなければ自堕落な生活になってしまいそうですので……」


 なにしろ四六時中、タダで酒とつまみが手に入る環境だ。


「リーシャやステラを見ていると、冒険者も思ったより整った生活をしているように思えてくるわ」

「冒険者は自由ですが、全てが自己責任ですので……」

「泥酔したせいで襲撃に対応できなかったり、良い仕事を受けられなくなっても自分が悪いという世界なんですよね」


 もちろん食べ過ぎで太っても同じである。


「じゃあ、フレアやエマは飲みすぎても冒険に出られるのかしら? まさに専門家プロフェッショナルね」

「いえ、その。どうしても必要な際にはわたくしが解毒の奇跡を用いますので……」

「ふふっ。地母神の信徒はパーティに一人、必要な人材なのかしら」

「聖職者の存在は生存の可能性を大きく引き上げます。……必ずしも地母神信仰でなくても良いとは思いますが」

「でもリーシャさん? 戦神の信徒は酒好きが多いですよね?」

「そうですね。知識神の信徒も調べ物や研究で不摂生をする方を見かけますし……」


 至高神のところも見栄っ張りなので歓待を断らない傾向があるし、地母神の信徒がわりと安全ではあるかもしれない。

 ……まあ、俺たちが地母神信仰だから理解が偏っている部分はあるだろうが。

 俺やリーシャも一般の冒険者には「埋葬や浄化に時間かけすぎ」とか「健康に気を使いすぎ」とか思われそうだ。


 リリアーナの傍に控えるプラムがふっと息を吐き、


「『四重奏』のみなさまは冒険者の中でも一握りの成功者でいらっしゃいます。一般的な冒険者はもっと泥臭いものですよ、姫様」

「そうね。泥をすすってでも生き延びるのが冒険者というものだものね」

「いえ、さすがに泥をすするくらいなら食べられる草を探したり小動物を捕まえますが……」

「ステラさん、訂正の仕方としてそれもどうかと」


 けどまあ、リリアーナに冒険者の実態を教えて「わたくしも冒険者になりたい!」とか言われないためにはちょうどいいかもしれない。

 食事の席ではフレアたちの冒険談を一から語っているので、お茶の時間にはそういう、他の冒険者の話をするのがいいかもしれない。


 そんなことを思いながらお茶会の場を離れ、廊下を歩いて、


「……あの、ところでリーシャ様。ステラ様。少々ご相談があるのですが」

「? なんでしょう?」

「その、フレア様やエマ様は、あの、衣類の汚れが多い傾向にあるのですが……これは、そういうものなのでしょうか?」


 ……あー。うん。そういえばそういう問題もあったな。

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