リリアーナ(2)

「ステラ様のお世話は主に私が担当させていただきます」


 自前のメイド服を纏ったシェリーが気合いと共にそう宣言する。

 俺用に宛がわれた部屋。

 一室と言っても「日中使用する部屋」と「ベッドルーム」が分かれており、さらに使用人部屋まで別についている。

 屋敷の俺の部屋よりよほど広いうえ、調度品はさらに上等。もちろん内装は女性向けにきっちり整えられている。


 豪華すぎて若干落ち着かない気分になりつつ、


「ありがとうございます。でも、リーシャさんのところじゃなくていいんですか?」


 するとシェリーは困ったように眉を下げて、


「私ではとてもこちらの侍女様に敵いません。私がお世話をしては逆に邪魔になってしまいます」


 俺ならいいのか? ……うん、俺自身も別に気にしないな。

 このやりとりに、俺用につけられた離宮の侍女さんは笑みを浮かべて、


「プラムより、シェリーさんは見どころがある、と聞いております。せっかくですので侍女の心得を学んで行かれてはいかがでしょう?」

「ご指導ご鞭撻のほど、お願いいたします」


 うん、到着した当初は「私、これじゃいらないじゃないですか……!」と呆然としていたが、うまい具合いに落ち着いてくれてよかった。

 シェリーについて、リリアーナからは俺たち同様のお客様待遇も提案されたのだが、これは本人が恐れ多いと拒否。

 結局、俺の部屋に付属した使用人部屋で寝泊まりし、離宮の侍女に仕事や作法を教わることになった。


 これはこれで充実した時間になりそうである。


「わたしとしてもシェリーさんがいてくれると助かります。こういうのは慣れていないので一人だと心細くて……」

「そうですね。せっかくのご厚意ですし、ステラ様はこの機会に『世話される立場』に慣れてください。将来必要になりますので」


 一人で屋敷を切り盛りしていたシェリーからすれば俺一人の世話で済むのはだいぶ楽。

 勉強の機会と割り切って楽をすればいいのに、むしろ燃えているのだから、彼女もたいがい休むのが苦手な性格である。

 ……俺も人のことは言えないが。

 この離宮では気軽に外を出歩くわけにもいかないだろう。

 ある程度、できることが限られそうだがどう過ごしたものか。

 俺は侍女さんを見て、


「こちらに運動ができる場所はあるでしょうか? 定期的に剣の素振りをしないと腕がなまってしまうので……」

「でしたら中庭をお使いください。姫様も見学を希望なさるかもしれません」

「何冊か持ってきた本があるんですが、本棚に並べてもいいでしょうか?」

「もちろんです。離宮の書庫もご利用いただいて構いませんし、私と一緒であれば城の大書庫もご利用いただけます」


 あ、ウィズがここに滞在してる理由が少しわかった。


「地母神さまに毎日お祈りをしているんですが、ここでしても大丈夫ですか?」

「構いません。空間は広く取っておりますので、歌や楽器の練習をなさっても大丈夫ですよ」


 意外といろいろできそうだ。

 まあ、慣れるまでは気後れして集中できなさそうだが……。



    ◇    ◇    ◇



 美味い。

 離宮の食事は思わず感動してしまうほどの味だった。

 一応できる、程度の腕とはいえ料理をかじっている俺としては「どうやったらこの味が……?」と不思議である。

 食べれば調理法はある程度わかる。後は食材や調味料の質と種類、使い方か?

 料理人の腕も相当いいのだろう。

 シェリーも俺の後ろに控えたまま、興味深そうに皿の中身に視線を送っている。


 リリアーナは主人の座る席に腰を下ろし、優雅にカトラリーを動かしていて、


「離宮の料理はいかがでしょうか?」

「大変美味しゅうございます。……その、下々の者ゆえ、作法についてはお許しいただきたいのですが」

「構いません。むしろとても新鮮で、楽しく思っております」


 言いつつも、さすがにリーシャは作法もできている。

 リリアーナには及ばないし、普段多少崩しているせいかぎこちなさも見えるものの、背筋も伸びているし動きに迷いはない。


 俺はリーシャとリリアーナの作法を観察しつつ、なんとか最低限の見栄えを確保しようと悪戦苦闘。

 フレアとエマは……うん、肉にかじりついたりせず、なるべく音を立てない分別はちゃんとつけている。


「あ、なによエマ。その食べ方楽そうでいいわね?」

「ふふん。先に全部小さく切り分けてしまえば後はフォークで口に運ぶだけ」

「いいわね。あたしも真似しよっと」


 そんなやりとりをリリアーナはくすくすと受け止めていた。

 ちなみに食事には当然のようにワインもついていて。

 これもまた、普段飲んでいるものより数段上の味わい。


「……こちらの食事に慣れたら元の生活に戻れないかもしれません」

「ふふっ。是非こちらの生活に慣れてくださいませ。半年でも一年でも居てくださっていいのですよ?」

「あはは。そんなにゆっくりしてたら戦い方忘れちゃいそうね」

「あら。騎士たちも『機会があれば是非手合わせを』と申しておりましたが」

「本当? それは是非お願いしたいわ!」


 エマも宮廷魔法使いと話をしたり、豊富な文献を読みふけったりできる。

 ……悪くない、というか本当に至れり尽くせりだな?


「ところで、リリアーナ様。冒険の話というのはどんな話をすればいいでしょう?」

「ええと、そうですね……。時間もありますし、できれば順を追って一つ一つ教えてくださると嬉しいのですけれど」


 それは相当長い話になりそうだ。

 昔、どこかの国に、千夜にわたって王へ寝物語を語った王妃がいたとかいう話があるが、一日三回、一年にわたって話をしたら似たようなボリュームになってしまうかもしれない。

 フレアはこれに「ふむ」と思案して、


「じゃあ、あたしたちが出会った頃の話からにしましょうか」

「まあ、それは素敵です!」

「それは……むしろ、わたしも詳しく聞いてみたいです」

「そういえばステラにも詳しくは教えてなかった」

「では、ちょうどいい機会かもしれませんね」


 というわけで、むしろしばらくの間、俺は話し手ではなく聞き手にまわることになった。



    ◇    ◇    ◇



「……うーん。もう飲めないわ」

「……頭が痛い。身体の自由がきかない」


 で、フレアとエマは初めての夜にして酔いつぶれた。

 俺やリーシャより酒は強いはずなんだが……。


「飲みやすいお酒を矢継ぎ早に飲むからよ」


 侍女に運ばれて部屋に戻っていく彼女たちにリーシャは呆れ顔。

 うん、強いからってぽんぽん飲めばそうなるな。

 そう言う俺もつい普段より酒が進んでしまっているが、


「申し訳ありません、殿下。わたしたちばかりお酒をいただいてしまって」

「お構いなく。わたくしもご一緒できればいいのですが、プラムたちから止められているのです」


 そう、まだ十三歳のリリアーナは一滴も酒を飲んでいなかった。

 代わりに果実の搾り汁を口にしており、これはこれで美味しそうではあったが、素面で酔っ払いの相手をするのはなかなか骨だろう。

 この国では飲酒をしていい年齢に具体的な制限はない。

 庶民なんかだと小さな頃から子供に飲ませる家もあるが、


「幼少期からの飲酒は身体によくありません。せめて十五までは我慢してくださいませ」


 プラムの言いつけももっともである。

 飲み過ぎで早死にする人間は多い。酒は多少なら薬になるが、たいていの人間はそれを毒にしてしまう。


「……十五歳はとても遠いわね」


 遠い目で宙を見るリリアーナ。

 俺たちの滞在期間を考えているにしては重い雰囲気だが……。

 彼女が重い病気を患っているとかそんな話は聞いていない。リーシャに視線で尋ねると、彼女も知らないのか小さく首を横に振った。


 よくわからないが、そういう顔をされると彼女と酒を酌み交わす日を迎えてみたくなる。

 まずはもっと仲良くなって彼女を知るところからだろうか。

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