第四章
リリアーナ(1)
「改めまして──この国の第三王女、リリアーナと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます、『
第三王女リリアーナは御年十四才。
美しい金髪と翠の瞳を持つ美少女であり、その住居として離宮を一つ与えられている。
離宮は部屋数こそ少ないものの、規模感で言うと俺たちの屋敷と変わりない。
使用人や護衛も数多くいて、何一つ不自由なんてなさそうだ。
そんな場所に俺、フレア、エマ、リーシャは一つずつ部屋を与えられ「自由に使って構わない」と言われた。
当然のように一人ずつに侍女までつけられて。
離宮の、王女の私室に移動した後──リリアーナはあらためて、にっこりと俺たちに笑いかけてきた。
「この宮の主はわたくしですので、どうぞ楽になさってください。みなさまの普段の言動を不敬に問うことはないとお約束いたします」
いや、馬鹿みたいな好待遇だな……!?
俺たちは移動して部屋を紹介されたついでに風呂に入れられて身体をぴかぴかに磨かれている。
風呂の世話にも侍女がついてなにからなにまでやってくれた。
『あら、旅をしていらしたのに服も肌もとても綺麗でいらっしゃいますね……?』
『髪もきめ細やかで……お世話のしがいがありそうです』
身綺麗なのはリーシャの奇跡のおかげ。城に入る前にも念入りにかけてもらった成果だが。
服も離宮側が用意した上等なものに着替えさせてもらっており、なんというか俺たちは既に気後れしてきている。
ちなみにウィズはここにはいない。
『姫様のお相手を頼まれたのはあなたたちだもの。私は別に部屋があるし、他にやることもあるから別行動を取らせてもらうわ』
まあ、王女に変な知識を吹き込まれても困るし、これに関しては良いことかもしれないが。
「あの……殿下」
メンバー内では最も慣れているリーシャがおずおずと発言を試みると、リリアーナはなおも笑顔で、
「リリアーナで構いませんわ、リーシャ伯爵令嬢」
「かしこまりました。では、リリアーナ殿下と。……どうかわたくしのこともただのリーシャとしてお取り扱いください」
よく見ると『あの』リーシャがかすかに手を震わせている。
そりゃそうだ。相手は平民くらい「殺しなさい」で処分できる身分。伯爵令嬢でも粗相をすれば処分されておかしくない。
ここは慎重に対応を──。
「じゃあリリアーナ様って呼ばせてもらうわね。それで──」
「フレアさん、状況わかってますか!?」
「ステラさんの言う通りよ!? いくら殿下からお許しが出たからっていきなり距離を詰めるものではないわ!」
「……ステラもリーシャも焦りすぎて面白い」
「エマの言う通りよ。いいって言われたんだからいいじゃない。あたしだって最低限の礼儀くらいわきまえてるし」
フレアの最低限は本当に最低限──「相手が盗賊でも襲ってくる前なら話くらい聞くわ」レベルだったりするから困るんだよな……。
「ふふっ……。構いませんよ。なんでしょうか、フレア?」
「ほら、いいって言ってるじゃない。……ええ、聞きたかったのは『本当にこんなに良くしてもらっていいのか?』ってことよ。お金だってけっこうかかるでしょう?」
「ああ、そのようなことでしたか。問題ありません。お客様を丁寧におもてなしするのは当たり前のこと。むしろ手を抜くほうが非難の的となります」
無理に金を使っているんじゃないならまあ、俺たちとしては構わないんだが……。
「ご心配なさらずとも、お父様からいただいている予算の範囲内です。……もちろん、みなさまが最高級の食事や服を無制限にお求めになると困ってしまいますけれど」
「誓ってそのようなことはいたしません。この子たちにもさせませんのでご安心くださいませ」
「わたしも責任を持ってリーシャさんをサポートします」
「……むう、人を問題児みたいに」
「どう考えてもあなたとフレアは問題児よ」
いや、ほんと、リーシャがいて良かった。
さて。
話が進まないので俺もそっと会話に参加。
「あの、わたしたちは具体的にどのようなことをすればいいのでしょうか? リリ、殿下のお話相手ということでしたが……」
「お父様が言っていた通り、わたくしに冒険のお話を聞かせてくださいませ。そうですね……食事の際やお茶の際などにご一緒してお話してくだされば十分です」
もちろんリリアーナも他の用事があるので毎食必ずというわけではない。
逆に、時間が空けば食事やお茶の時間以外でも話し相手になることはあるだろうが、
「……それだけで良いのですか?」
「ええ。……なにしろ、わたくしはこの宮で一人きりですので、日頃から退屈しているのです」
一人。
現状でも侍女が複数名付き、護衛の女性騎士も要所に配置されている。
とても「一人きり」という状態ではないのだが。
と。
俺たちと旅を共にしてきたメイドさんが一歩前に進み出た。名前、プラム。
「リリアーナ様は三歳の頃よりこの離宮にてお一人で過ごされております。……高貴な方にとって、我々のような下々の者は『同じ人間』ではございませんので」
極端に言えば家具と同じようなもの。
と言ってもプラムの声には親愛が滲んでいるし、お互いに信頼もあるのだろうが──侍女と客では明確に立場が違うわけだ。
「ん? 三歳からって……お母さんはどうしたの?」
「フレア、あなたはさっきから……!」
「構いませんよ、リーシャ。……ですが、それについては詳しく口外することを禁じられているのです。申し上げられるのはただ、わたくしが『不要な姫』だということ」
「……要らない者にこんな宮を与えるとは思えないけど」
エマの呟きには微笑が返ってきて、
「わたくしの生母は第一王妃様ですが、顔を合わせられる機会は多くありません。公務も最小限に絞られており、いついなくなっても構わないように取り計らわれているのです」
「……それは」
「ですので」
リリアーナはすっと立ち上がると窓の外を振り返った。
窓からは陽光が差し込んでいる。
「その気になれば城を出て、冒険者としてやっていくこともできると思うのです!」
「リリアーナ様、またそのようなことを……!」
……ん、おお?
冒険者に興味がある、なんて言いつつも、気品があって穏やかなお姫様だと思っていたら、いきなり方向性があさってに吹っ飛んだぞ?
プラムが表情を変えてリリアーナの腕にそっと触れ、彼女を再び席に座らせる。
うん、なんかぐっと親近感が湧いてきたというか、このお姫様、実はフレアとかエマに近い気性の持ち主なのかもしれない。
「失礼いたしました。……ですが、冗談で申し上げているわけではないのですよ? わたくしは本気で冒険者になりたいと望んでおります」
「我々としては、せめてお話を聞くだけで収めていただきたいと心より望んでおります」
なるほど、リリアーナにとっては夢への第一歩だがプラムたちにとっては妥協案というわけか。
「えっと……そうするとわたしたちは」
「冒険者になるための心得も是非お教えくださいませ」
「是非、苦労や困難について重点的にお話ください」
どっちだよ!?
ここでの生活についてはリリアーナが金を出すっぽいから彼女の要望を聞きたいが、大本の依頼人である国王はプラムたちと同じ考えのはずだ。
リリアーナに満足してもらいつつ、冒険者になるのは諦めてもらうのが一番良い方法か……?
冒険者なんて、恵まれている人間がなりたくてなるものじゃない。
俺だって、もし一国のお姫様だったらこんな稼業に足を踏み入れなかったに違いない。
でも、そういうことだとすると……俺たち、あんまり話し相手に向いてないかもな?
規格外だらけの仲間たちをあらためて見て、俺はそう思った。
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