国王からの依頼

「……でっか」


 思わず素で呟いてしまう程度には、王都は広く栄えていた。

 面積が倍なら直径は倍には達しない。

 驚くほど見た目は変わらないだろ、と思っていたのに十分驚くに値する規模だ。

 中心に城がでん! とあるのも影響しているかもしれない。

 これだけ大きいと端から端まで移動するのも一苦労だ。


 馬車の窓に張り付いてぽかんとしてあると、ウィズがふふんと笑って、


「初めての人間のその顔は何度見ても悪くないわね」


 あんたの都でもないだろうに。


 ともあれ馬車はそのまま城へと向かっていく。

 堀にかかった跳ね橋を越えて噴水広場に停車、降りると総勢二十名を超えるメイドや執事に出迎えられた。

 もちろん騎士や兵士もずらり。


「……メイドさんはいったい何人いるんでしょうか」

「正確には、ここにいるのは侍女だけれど。まあ、この何倍もの数はいるでしょう」


 簡単に言うと雑用をするのがメイドで主人の世話をするのが侍女。

 掃除や洗濯も世話じゃん? と思ってしまうが、着替えやスケジュール管理などはそうした雑用と明確に分けられているらしい。

 地方貴族レベルだといちいち分けたりせずメイドで統一しているところも多いみたいだが。


「あれ? でもそうすると……」


 俺たちとここまで一緒に旅してきたメイドさんは出迎えの『侍女』と(細部の意匠は違うものの)大まかに同じお仕着せを纏っている。

 ということは、


「申し遅れました。私はこの王城で王女殿下のお世話を任されております『侍女』でございます。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます」

「……そんな」


 貴人の世話を担当する侍女は基本的に貴族のご令嬢である。

 同じメイドとして仲良くなったつもりだったらしいシェリーが魂の抜けたような表情をしていた。



    ◇    ◇    ◇



 荷物は城の人間によって運ばれていき、俺たちは待合室へ通された。

 剣や装備など手荷物はそのまま。


「城内で帯剣を許されるなんて特別待遇よ。感謝しておきなさい」


 城内は攻城戦を想定してか入り組んだ造りになっていたが、それだけでなく通常は帯剣さえ制限されるらしい。

 異様に美味しいお茶とお菓子を供されつつ、偉い人間との立場の違いに戦慄。

 しばらくして「陛下がお会いになられます」と連絡が来た。


「……あの、今更ですがみなさんだけで行っていただくわけには」

「『勇者』がなに言ってんのよ。さ、早く行くわよ」

「その話まだ有効だったんですか!?」

「全ステータス30近いくせによく言う」


 いや、だってそれお前たちの影響だし。

 染み付いた平民根性のせいかめちゃくちゃ尻込みしつつも謁見の間に引っ張って行かれた俺は、リーシャから最低限の礼儀作法をレクチャーされる。

 顔を上げていいと言われるまで跪いたままでいないといけない……などなど、教えられなかったらあっさりやらかして処刑されそうだ。


 おまけに、入場した謁見の間は空気からして違って。

 前後左右、数多くの護衛や側近から視線で刺されると「襲われたら切り抜けられるだろうか」とか余計なことを考えてしまう。

 とにかく跪いて顔を伏せていると、ウィズが立ったまま平然としているのが足の状態でわかった。

 でも誰もなんの文句も言わない。……冒険者も突き抜けると国王への不敬が許されるのか。


「面を上げよ」


 国王に王妃、その他もろもろとの謁見は、おそらく平民なら孫の代まで自慢できる快挙だろう。


「よく来てくれた。其方ら『四重奏カルテット』の活躍は我の耳にも入っている。その功績の数々、我からも礼を言おう」

「もったいないお言葉でございます、陛下」


 パーティに外交担当リーシャがいてくれて本当に良かった。


「特に『勇者』ステラ。粒揃いのパーティを纏め上げ、一段上に押し上げた才覚と力量は素晴らしい」

「あ、ありがたき幸せでございます」


 顔を伏せて答えつつ「なんで王様まで『勇者』扱いしてくるんだよ!?」と思う俺。

 十中八九、傍でにやにやしている魔女が原因だと思う。

 いや本当、こういうのは今回限りにして欲しい──。


「其方らとは今後も顔を合わせる機会があろう。どうか良い付き合いをして欲しいものだ」

「はい。根無し草とはいえ、我々はこの国の一員であると認識しております。陛下とこの国の安寧のため力を尽くさせていただければと」

「その志、誠に見事である。……そこで、其方らの真っ直ぐな志を見込んで頼みがある」


 来たか。

 ……元はと言えばこのためにここまで来たのだ。

 さあ、いったいなにが来るのか。

 魔物退治か、輸送任務か。それともなにか面倒な調べ物か。

 戦々恐々としつつ言葉を待つ。

 すると、俺たちが入ってきたのとは別の出入り口が開き、一人の人物が謁見の間へと入ってくる。


 同行していたメイドさん──もとい侍女さんが『彼女』と合流し、まるでそれが本来の立ち位置であるかのように背後に控えて。

 眩い金色の髪に翠色の瞳。

 どこか親近感を覚える容姿を持ち、いかにも上等なドレスを纏った彼女──歳の頃は十三、四歳と思われる少女は、王妃の座る椅子の傍に立った。


「其方らにはこの、我が国の第三王女の話し相手を務めて欲しい」

「え」


 第三王女? 話し相手?


「これはどういうわけか冒険者に傾倒している。この歳まで冒険への憧れが収まらないため、やむなく本物の冒険者を呼び寄せ相手をしてもらうことにしたのだ」


 にこり、と微笑む第三王女。

 屈託のない笑みは、本来俺たちみたいな荒くれに向けられるべきものではないのだが。

 おい『魔女』、思ってたのとだいぶ違うぞ。

 抗議の意味で睨んでみてもウィズときたら素知らぬ顔。

 こいつ、ぜったい知っていながら黙ってたな。


 というか「半年くらい帰れないかも」ってそういう意味か!?


「無論、報酬は弾ませてもらう。姫の住む離宮に其方らの部屋を用意し、待遇に関しても十分なものを用意しよう。……どうだろう、引き受けてくれるだろうか?」


 国王からの『お願い』は「やれ」という意味である。

 腕一本で世を渡る冒険者なら「いやでーす」と言ってもギリギリ許されるだろうが……その場合に「よし、なら処刑な」と言われない保証はない。

 まあ、思ったよりずっと穏便な内容だったのは正直ほっとしたが。

 ちらりと王女の様子は窺うと、彼女は再び笑顔を浮かべて、


「想像していた以上に凛々しく美しい方々とお会いでき感動しております。……どうか、わたくしに皆様の冒険のお話をお聞かせくださいませ」


 何故、王都から『冒険者の街』の冒険者に招集がかかったのか。

 何故、『駆除する者』や『至高の剣』ではなく俺たちに声がかかったのか。

 その理由もよくわかった。

 パーティメンバー全員が女で、メンバー内に貴族令嬢が含まれており──おまけにフレアは大精霊の娘でエマはウィズの弟子と身元が割れている。

 シェリーにしても伯爵家のメイドであるため、怪しいのは一人だけ。


 その俺に関してもウィズが直々に確かめたので問題ない、といったところ。

 つまり、俺たちは王女様の相手をするのに相応しいと選ばれたわけで。


「……身に余る光栄にございます。陛下、および殿下のご希望とあらば全身全霊を全うする所存でございます」


 リーシャが「そう答えるしかないでしょう」とばかりに答えるのを聞きながら、俺は「どうするんだこれ」と心から思った。





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次章、最終章(予定)

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