エマ(8)
都までの道のりは思った以上に長い。
『冒険者の街』から簡単に到着できるようならとっくに都は魔物に荒らされている。
馬車というのは馬が荷物を引くわけなので、いくら軽量化しようが速度には限界があるし。
道中は適当な街に泊まりながら進むことになる。
夕暮れまでにはまだ時間があるけど次の街には日暮れまでに着けない──なんていう状況も発生するため、旅の日数はけっこうかさむ。
馬車が野盗や魔物に襲われたらその都度相手をする必要もあった。
王家の紋章が入った馬車を襲うとか、魔物はともかく野盗のほうはどういう頭してるんだと言いたいが、まあ、学の足りない連中には紋章の意味とかわからないんだろう。
中に乗ってるのも女ばかりだし、都との距離がある以上、さっさと移動すれば討伐もされない──という算段なんだろうが、その「女ばかりの乗客」が全員冒険者なのは向こうにとって大きな誤算か。
「まったくもう、雑魚が徒党を組んでも雑魚には変わりないでしょうが」
「フレア? それ、完全に悪党の台詞よ?」
ある程度の野盗ならぶっちゃけ、俺たちにとっては「フレア一人で十分」なレベルである。
無限に放たれる炎弾を見ただけで並のごろつきなら慌てふためく。
フレアだけに任せると暇なので俺も適当に加勢したが──気をつけるべきは伏兵と飛び道具くらい、あっという間に十人以上の集団が地に伏せた。
「え、こいつらどうする?」
「面倒だから殺せばいいんじゃない?」
物騒なことを言い出したのは魔法使いの師弟。
エロいこと大好きなウィズはもう少し博愛精神に満ちあふれているかと思ったが……あれか、男なんていくらでもいるって考えか。
まあ、別に俺たちは正義の味方でもなんでもない。
地母神の信者である俺とリーシャは無益な殺生を忌避しなくてはならないが──ぶっちゃけ、人に有害な相手を『間引く』のはなんの問題もない。
普段なら適当にぶっ殺して死体を浄化して終わりでもおかしくないのだが、一応城の馬車に乗せてもらっている立場として、近くの街に連行してやった。
……おかげで徒歩移動が発生し、余計に時間を食ったので野盗には八つ当たりをしたい気分ではあったが。
「思いがけず時間が空いた。ステラ、せっかくだから一緒に魔道具店や古道具屋を周りたい」
昼過ぎの時点で今日の宿泊先が決定し、半日ほどの自由時間が発生。
結果、エマがうきうきと(傍目には無表情のまま)言い出したので「まあいいか」と思った。
「そうですね。別の街のお店はなかなか見る機会がありませんし」
俺もそれに同意し、一緒に街をまわることに。
「行ってらっしゃい。……まあ、私が一月ほど前にあらかた物色しているけれど」
「師匠は相変わらず一言多い」
『魔女』に審美眼で敵う気はしなかったが、こういうのはなにが出るかわからない期待感こそがメインと言ってもいい。
これは掘り出し物じゃないか、いやこっちのほうが、と言ったやりとりをエマと繰り広げるだけでも十分に面白かった。
「……うん、でもやっぱり、どうしても欲しい物は見当たらない」
「そこまでの品はなかなか見つかりませんよね」
冒険者向けの品なら『冒険者の街』に持って行ったほうが売れるし、俺たちはすでにかなり装備を整えている。
『最も古き迷宮』で手に入れた大量のマジックアイテムは売れる分は売り払ったものの、魔晶(魔力のこもった石で体内魔力の代わりに使用できる)はほとんど手元に残している。
百をゆうに超える魔晶があればさすがにどんな依頼でもこなせるだろう。
……むしろ行く先々で二、三個ずつ売り払ってみたりするレベル。
マジックアイテム探しに見切りをつけた俺たちは、
「そうだ。ステラ、一応この街の盗賊ギルドにも顔を出すべきじゃない?」
「特に盗みの技を使う気もありませんけど……エマさんがそう言うなら」
当然ながら、エマの目的は帰りにエロ道具屋に寄ることで。
「ほほう。……これはなかなか。この店の店主はなかなかの好事家と見た」
「ほう、わかるのか。あんたら、女のくせに相当な数奇者だな」
「すみません、わたしを一緒にしないでもらえますか?」
とは言ったものの、見ただけで用途がだいたいわかってしまう自分が怖い。
早くこんな店出るべきでは……? と思っていると、エマが身を寄せてきて囁くように、
「ステラ。道具を買うならこの店がチャンス」
「わ、わたしは別に困ってませんし」
「本当? ……女同士で繋がるための道具も置いているみたいだけど?」
待て、それはこの前のフレアとの会話を意識しての話か?
それはまあ確かに、店には女が男役をこなすための道具も置いてあるが。
……元男の俺がそんなものまで使って女を抱くのはなんだか本末転倒というか負けた気分になるというか。
「い、いりません。……もしそういう状況になっても、道具を使うのは邪道だと思います」
逸れた思考をごまかしつつ呟けば、エマはきょとんと目を瞬いて。
「……その発想はなかった。ひょっとするとその境地には師匠でも辿り着いていないかもしれない。ステラ、あなたには計り知れない才能がある」
「なんの才能ですかっ!?」
この後しばらく、エマは「女同士なら敢えて道具を使わず自分の指を信じるのもあり」と妙な悟りを開くのだが──まあ、それはまた別の話。
◇ ◇ ◇
「それにしても、別の街なのよね。多少恥ずかしいことしても後腐れないと思うと気が大きくなるわ」
「わかる。せっかくだから遊んでみたくなる」
「ならないでください!」
「あら、ステラってば固いのね。私はこの後、別の宿で夜を明かすつもりだけど」
「ウィズさんはもう好きにしてください」
「……ステラさんがいなかったらわたくし、ウィズさんを加えたメンバーに孤軍奮闘するところでした」
その日の夕食。
旅費は城持ちだというのでついつい贅沢をしてしまう。
と言っても料理や酒を気持ち多めに注文する程度だが、いつなにがあるかわからない冒険者にとっては食べられる時に思いっきり食べておくのも必要なことである。
……エロいことができる時に思いっきりしておくのは果たして必要なのか怪しいが。
「なによ、いいじゃないステラ。別の街なら知り合いも少ないし露出し放題よ? あたしなんて朝からパンツ穿いてないんだから」
「……フレアさん? 気が大きくなってるからってもう少し声を抑えてください」
「私は朝から玩具を入れっぱなし」
「それはせめてわたしには教えておいてください!」
「でもステラに教えると爛れた雰囲気になりすぎるし」
「……ステラさん? 地母神様への懺悔は足りていますか?」
「誓って変なことはしていません!」
前に遠隔操作可能な玩具で派手にやったのはエマも了承済みだし。
と、そんな俺たちのやりとりにウィズがくすくすと笑みをこぼした。
「本当、あなたたちといると飽きないわね」
「私はさっさと師匠から離れたいんだけど」
「そう言わないの。少なくとも王命をこなすまでは一緒なんだし」
「それだけどさ。そろそろ少しくらい教えてくれてもいいんじゃない? 着いた途端に『オーク千匹を皆殺しにしろ』とか言われても困るわよ?」
食事と酒とつまみを満載したテーブルを前に、ウィズは「ふむ」と顎に指を当てて。
「安心しなさい。不測の事態でも起こらない限りはそうすぐに荒事が起こったりはしないわ」
「……本当なのですか?」
眉をひそめたリーシャが城所属のメイドさんに尋ねると、彼女は特に表情を変えないままこくりと頷いた。
「まだ十分な猶予はあると聞いております。ご安心ください」
「……ぜんぜん信用されていないのが不満だけれど、まあそういうことよ。どうせもう少ししたらわかることだけどね」
馬車の移動速度には限界があるとはいえ、徒歩より早いのは間違いない。
あとほんの数日旅をすれば王都に到着する。
「王都。……どんなところなんでしょうか?」
「なに、ステラ。あんた行ったことないわけ?」
ああ、残念ながら男時代含めても初めてだ。
まさか初めてで城に招かれるとは思わなかったが。
「覚悟しておきなさい。都は『冒険者の街』とは比べ物にならないくらい大きいわよ」
そして実際、到着した都はあの街の倍以上の広さを誇っていた。
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