フレア(8)

 移動には城の手配した馬車を使えることになった。

 御者は王城御用達のしっかりした人物で、さらにメイドが一人ついてきてくれる。


「どうぞよろしくお願いいたします」


 恭しく一礼した彼女の耳は尖っており──俺は思わずシェリーを見てしまった。


「メイドさんにはエルフの血を引いた方が多いんでしょうか?」

「エルフが人間に仕えることは極稀ですが、ハーフエルフは市井で迫害されることが多いですので……貴人の側仕えとなる者は多いかもしれませんね」


 と、答えてくれたのは城のメイドさん。

 寿命の長いハーフエルフは長期間仕えることが可能なため、教育等の面での利点もあるのだそうだ。

 シェリーも頷いて、「私もお嬢様の幼少期からお仕えしております」と同意。

 確かに、小さい頃からずっと同じメイドに頼れるのはかなり大きい。人間同士だとどうしてもメイド側の結婚、出産、加齢の問題が出てくるし。


 うんうん頷いた俺は、ふとリーシャが黙ったままなのに気付いた。

 彼女はなにやらメイドさんを注視している。


「リーシャさん、もしかしてお知り合いですか?」


 その声ではっとした彼女は「いえ」と首を振って。


「父に連れられて一度、城へ参じたことはありますけれど、幼い頃でしたので覚えてはおりません。お会いしていたとしても顔を合わせた程度でしょう」


 じゃあなにが気になってたんだ……?

 首を傾げる俺。メイドさんはにっこりと微笑んで人差し指を唇に当てた。

 内緒だ、と?

 なんだかよくわからないが……リーシャもウィズも深刻そうな様子ではないので特に知らなくても問題ないだろう。


「それにしても大きな馬車よね。座席のしっかりした馬車って四人乗りくらいのイメージだったんだけど、これは六人乗って荷物も置けそう」

「腕の良い職人が手掛け、魔法の強化も施された特注品よ。四人乗りだと護衛騎士に側仕えにで実質一人乗りになりかねないでしょ」

「こんな馬車に乗れる機会は一生に一度かも」


 魔法強化も見越して軽量化が行われているから馬がちゃんと引けるわけだ。

 もちろん二頭立てのうえで馬自体もしっかりしたものが選ばれている。

 俺たちの場合、自分の身は自分で守れるから余計な護衛はいらないし。


「あれ? でも六人乗りだと一人余りますね?」

「ご心配なく。御者台にスペースが余りますので私はそちらに」

「お城に仕えていらっしゃる方にそんなことをさせるわけには……。でしたら私が御者台に」

「交代で乗り換えればいいんじゃない? あたしも外の景色見たいし」


 というわけで、俺たちも含めた全員が交代で乗ることになった。

 魔法の鞄のおかげで荷物もそこまでかさばらない。


「じゃ、出発しましょうか」


 今回の旅にあたってはギルドや学院、神殿だけでなく、かつての定宿やなにかとお世話になった商家などにも挨拶をした。

 今生の別れというわけではないが。

 出発の日にはけっこう色んな人が見送りに来てくれて、手を振りながらの出発に。


 不覚にも感動してしまい、フレアに「なに泣いてんのよ」とツッコまれた。

 そう言う彼女も目が若干潤んでいたが、それは言わないことにして。



    ◇    ◇    ◇



「あの、ところで──差し支えなければみなさんの『秘蹟ミスティカ』について教えてもらえませんか?」

「なによ今更」


 街道に出てしばらく。

 外の景色を眺めるのに飽きてきたところで切り出すと、フレアがきょとんとした顔で俺を見た。


「いえ、確かに今更ですし、パーティでも不用意に教えるものではないんですが」


 よほど信頼できる相手でなければ裏切りの可能性も考えて伏せたほうがいいこともあるし、誰も知らないからこそ切り札になる──という状況も考えられる。


「ウィズさんがぜんぜん詳細を教えてくださらないので、備えられることは備えておいたほうがいいかと」

「ああ、なるほどね。確かに今回は今までと勝手が違うし」


 国王がわざわざ『冒険者の街』から凄腕を呼び寄せる事態だ。

 よっぽど強い魔物に脅かされているか、騎士や兵士では対処しづらい特殊な荒事が待ち受けているか。

 なにがあってもいいように手札は増やしておきたい。


 頷いたフレアは「まあいいけど」と呟いて、


「あたしの持ってるもういっこの『秘蹟』は戦いの役に立たないのよね」

「あれ、そうなんですか? わたしはてっきり──」

「派手にばーんと燃やすようなやつならとっくに使ってるっての」


 そりゃそうだが、じゃあなんなんだよ? 大したことなくて恥ずかしいから黙ってたのか。

 と。

 紅の瞳が俺をじっと射抜いて。

 らしくもなく恥ずかしがるような素振りを見せたフレアは、馬車の音にかきけされそうな声量で呟いた。


「……処女を捧げた相手に永続的な加護を与える、ってやつよ」

「っ。ええと、その。……そうだったんですか」


 めちゃくちゃ反応に困る効果だった。

 俺がなんと言っていいか迷っていると、エマがにやりと笑って、


「お母さんみたいな恋に憧れるにも程がある」

「うるさいわね!? いいじゃない憧れたって!」


 思いっきり頬を引っ張られて顔を腫れさせたエマだったが、俺もリーシャも癒やしの奇跡を使おうか? とは申し出なかった。

 それにしても、やり直しのきかない特殊な効果か。


「……あれ? あの、フレアさん。その『秘蹟』ってまだ未使用なんですよね?」

「ステラ? あんたそれ『お前処女?』って聞いてるのと一緒よ? ……まあ、処女だけど」


 ということは、前にフレアが「無理矢理想いを遂げてくれればよかったのに」って言っていたのは……?

 もし俺(男時代)が薬を盛るとか全身縛るとかして乱暴していたら、その『秘蹟』が発動してパワーアップしていたわけで。

 待て。恋した相手に力を与えるとか英雄物語のヒロインの役回りだからな?


「フレアさん。わたし、今、フレアさんの露出癖を直したいと切実に思っているんですが」

「わたくしも同意見です。フレア? あなたの趣味はあまりにも致命的過ぎるわ」


 リーシャと意見が合った。

 うん、初めてを大事にしてるくせにレイプ願望めいた性癖は駄目だろう。

 それくらい強引な相手が好きだってことなんだろうが……。

 ジト目で見つめていると、フレアはきっ、と俺を睨んで、


「……じゃあさっさとあたしと最後までしなさいよ」


 今度は俺が目を逸らす番だった。

 そうなるのか? いや、そうなるんだが。あらためてそう言われると困るというか。


「え、エマさんとリーシャさんも二つ目の『秘蹟』を持っているんですよね?」


 無理矢理話題を変えると二人からも「ヘタレ」という目で見られたものの、無事に話をそらすことには成功して──。


「わたくしは、その。心から愛する相手との間の子供が健康で丈夫な、才能あふれる子に育つという『秘蹟』で……」


 遠慮がちにリーシャがこっちをちらちら見てきた。

 ……全然、話が変わってねえ。


「え、エマさんは?」

「残念ながら私は普通。力量以上の魔法を無理矢理扱う時に負担が減る」

「この子ったら、背伸びをするのが昔から好きなのよね。私の使う魔法を『ずるい』と真似しようとして。……まあ、おかげである意味では私を超える才能があるわけだけど」


 うん、エマの『秘蹟』が普通で良かった。

 良かったが……みんななんだかんだ性癖というか願望に根ざした効果なんだな。

 そう考えると俺の手に入れた『秘蹟』は……うん、あらためて「俺は相当拗らせてたんだな」という結論にしかならない。

 それにしても、無理に聞いておいてなんではあるが、どれもこれも役立てるのが難しそうな効果である。


 と、俺の袖がそっと引かれて、


「あの、私は『十歳までに三年以上仕えた相手の居場所と健康状態がわかる』という『秘蹟』なのですが……」

「あら。じゃあステラがリーシャと子供を作ってシェリーに面倒見てもらえばいいじゃない」


 簡単に言うなよ、この魔女。

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