フレア(7)
「煩悩を払うにはどうしたらいいでしょうか?」
朝食の席にて相談するとみんなが一斉に俺を見た。
パーティメンバー三人に加えてシェリー、ウィズ、さらに剣の中にヴォルカもいる。なんだか屋敷も賑やかになってきた。
一同は僅かな間、思案するように沈黙して、
「神に祈りましょう」
「遠慮せずに玩具を使えばいい」
「開放的な格好で歩くのが一番よ!」
「そうですね……香を焚いてリラックスするのはいかがでしょう?」
『思いっきり何かを燃やすとかもいいわよねー』
「ふふっ。甘いわねそんなの✕✕✕✕に決まってるじゃない」
全員違うことを言いやがった。
うん、とりあえず年長二人の意見は無視しよう。参考にならない。
「っていうか急にどうしたのよステラ」
「いえその、なんというかこのところ加速度的に煩悩にまみれているので……」
「でしたら私をいつでもお使いいただければ──」
「シェリーさんの提案はとても嬉しいんですが、いまそれをやるとやりすぎる可能性が大というか」
「やりすぎればいいじゃない。気持ちよければそれで──」
「師匠うるさい」
弟子にぴしゃりと言われたウィズが口をつぐんで、
「ステラさんは地母神の巫女です。確かに煩悩にまみれるのは問題ですので、ここは神殿で祈りに没頭するべきでしょう」
『あれー、でも地母神ってえっちなこと禁止してない神様じゃなかった?』
「……ええ、まあ。略奪愛や近親相姦などのタブーはありますけれど、善神の中では最も自由の多い信仰ではあります」
なにしろ豊穣を司る神だ。
産めよ増やせよは動物にも適用されており、子作りをして種が繁栄するのはむしろ推奨している。
双方合意で他に害がないならいくらでもどうぞという緩い神だ。
むしろするなら子供を作ればいいのに、くらいのノリであって、
「リーシャが煩悩退散とか言っても説得力がない」
「エマに言われたくないのだけれど?」
「一人でも発散できるエマのほうがある意味マシじゃない?」
「わたくしはエマ以下なのですか!?」
「リーシャ、ちょっとその言い方はどうかと思う」
ことエロ方面においてリーシャがエマを見下しているということで……まあ自業自得じゃねえかな、という気もするのでなんとも言い難い。
「あ、道具もなしでお願いします」
「どうして」
「この子、まだオナニー怖がってるのよ。せっかく私がやり方いろいろ見せてあげたのに」
「……師匠、たまには役に立つ」
「って、そこで結託するんですか!?」
やっぱりエマは少し反省したほうがいいと思う。
というか俺が悶々としてるのはウィズのレクチャーのせいもだいぶあるんだが?
「じゃあ残ったのはあたしだけじゃない」
「フレアさんの案もどうかと思いますけど……」
紅髪の美少女は「まあそう言わないの」と笑って、
「なら露出じゃなくて運動メインにしましょ? 思いっきり剣を使えば余計なことなんて忘れるわよ」
おお、フレアにしてはまともな案だな?
◇ ◇ ◇
というわけで、食後に中庭に集まった俺たち。
レオタードのみを纏ったフレアに対して、俺はフレア提供の練習着で、
「また布面積が減ってますよね?」
「実剣使うんだから着てても着てないほうがむしろ安いじゃない」
「それはそうですけど」
怪我は四肢欠損くらいまでなら生命の精霊魔法で治せる。ヴォルカも女性格なので使える。いざとなれば彼女の出番だ。
ヴォルカ自身へのダメージは生命の精霊じゃ治せないのが悲しいところだが。
……というわけで、怪我の治療はタダだが傷んだ服は直すか買い直すのに手間がかかる。
言い負かされた俺はそのまま稽古を開始することにした。
着せられた服はサイドを紐で結ぶタイプのショートパンツに、へそどころか腹がばっちり出る半袖のトップス。
まあ、下着は見えても屋敷内だし、動きやすそうでは……って、だいぶ俺も露出への抵抗がなくなってるな。
ともあれ、今回は集中しないとまずい。
お互い、剣の新しい機能に慣れるため真剣勝負。一応寸止めのつもりではあるものの、勢い余る可能性は十分ある。
「そうだ。負けたほうは勝ったほうの命令聞くっていうのはどう?」
母ヴォルカの宿る剣を手にし、その刀身を燃え上がらせながらフレア。
普通に考えれば、格上からの提案に乗る道理はないのだが。
自在に姿を変える魔剣を構え、俺は血が滾るのを感じた。
「いいですよ。受けて立ちます」
「あははっ。ステラもなかなかノリが良くなってきたじゃない! じゃ、行くわよ!」
そしてしばし、性欲がどうのなんて言っていられない戦いが繰り広げられた。
ある意味、魔物との戦いよりよっぽどきつい。
燃える刀身をかわし、刀身から放たれる炎弾にも対処。疲れを知らないかのように踊るフレアに息を合わせながら、魔剣をその時々で適切な形に変化させて振るう。
いくつも小さな傷がお互いの身体に刻まれていったし、急に動きを止めたり手を抜いたりすれば腕一本くらいばっさり行ってもおかしくない。
──なのに、楽しい。
火の精霊になった影響か、男だった頃の名残か、俺もけっこう好戦的なところがあるらしい。
夢中で身体を動かし、全身から汗を発散させ、疲労で足がもつれるまで戦って。
倒れた地面から起き上がれば、燃える剣が顔のすぐ傍に突きつけられた。
「勝負あり、ね」
「あはは。やっぱりフレアさんにはまだ敵いませんね」
「そう簡単に追い抜かされてたまるもんですか。……でも、あんたも本当強くなったわ」
剣の師にそう言ってもらえると本当に嬉しい。
俺は笑みを浮かべて立ち上がり「ありがとうございました」と礼を言う。
しかし、まだ足がふらふらだ。
しばらく休憩しないと部屋までたどり着けないかもしれない。
「で、罰ゲームなんだけど」
……と、そういえばそうだった。
「いいですよ、なんでも言ってください」
と、ある程度余裕をもって応じられるのは、互いの許容範囲がある程度わかってきたからだろう。
フレアの言い出しそうなことならまあだいたい対応できるという確信があるからこそで、
にやり。
笑うフレアを見て嫌な予感。
「じゃ、ステラ。あんた今日寝るまでノーブラ・ノーパンね?」
「うぇっ!?」
なかなかの罰に、俺は思わず女子らしからぬ声を上げた。
いやしかし、一度了承した以上はやるしかない。
男に──もう男じゃないが、戦士に二言はない。
これがどうしても無理なことなら「知るかばーか!」とか言いながら暴れて有耶無耶にするが、まあこのくらいなら、
「わかりました、やります。やればいいんでしょう? とりあえず着替えてきますからこれで解散で……」
「待ちなさい、ステラ」
くるっと身を翻した俺は腕を摑まれた。
「今から寝るまでノーブラ・ノーパンよ?」
「っ」
この女……っ!? そういうのはゲスな山賊団とかがやるやつだろうに……!
俺は「くっ、殺せ」という気分になりつつ、訓練着の上から下着を抜き取った。
ショーツも紐パンで良かった……いや、良くないのか?
脱いだ下着はフレアに回収された。まあフレアだし、シェリーみたいに匂いを嗅いだりはしないだろうが、
「お二人とも、少し休憩してください。昼食も近いですから軽いものですが、お茶と食べ物を──」
「あ、ちょうど良かった。ねえシェリー、これいらない?」
「ちょっ、フレアさん!? それは反則じゃないですか!?」
飛びかかってでも止めようとした俺だったが、今の格好で激しい動きをするのを躊躇ってしまい、シェリーに話しかけにいくフレアを逃がしてしまう。
手渡された布をしげしげと見つめたシェリーは目を見開き、くんくんと鼻を近づけ──近づけるなよ!?
「これ、ステラ様──っ!?」
「あはっ。……ステラってば胸、どんどん成長してるわよね?」
こいつほんと、自分が露出狂だけあって相手を辱めるツボも承知してやがるな!?
というわけで、フレアのおかげ、あるいは『せい』で俺の煩悩はだいぶ払われたのだった。
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