魔女の目的
それからまた何日かが経って。
エマを伴って街に出かけていたウィズが意気揚々と帰ってきた。
「ほら、お土産よ」
酒でも飲んでいたのかと思ったら違うらしい。
食堂のテーブルの上に置かれたのは合計四つの鞄だ。小さめでかさばらないサイズ、かつ背負いにも肩掛けにも手持ちにもできる。
デザインも女子向けで他の装備と喧嘩しない。
しかも、これは魔法がかかっている。
「これ、もしかして魔法の鞄ですか!?」
「そうよ。容量は見た目の十倍、重量も中身の劣化も十分の一に軽減される優れもの。あなたたちで一つずつ使いなさい」
「いえ、ですがこれは……」
「あら、気に入らない?」
「じゃなくて、めちゃくちゃ高かったでしょこれ!?」
魔法の鞄は冒険者、および旅商人にとって夢のようなアイテムだ。
十倍の荷物を十分の一の重さで持ち運べたらどうなるか。食料をそれだけ多く持ち運べるし、金貨の運搬にも使える。
それが四つもあれば──荷物持ちを複数人雇うのと同等の効果がある。
戦闘の邪魔にならないことを考えればそれ以上。
当然、めちゃくちゃ値も張る。触媒が高い上に製作者が非常に限られるからだ。
しかしウィズは肩を竦めて、
「別に気にしなくていいわよ。作ったのは私だし」
「……いや、あらためてとんでもないわねあんた」
「お褒めに預かり光栄だわ」
こんなものをもらったのでは屋敷への宿泊費なんてとても請求できない。むしろ「好きなだけ滞在してください」と頭を下げるべきだ。
人数分の魔法の鞄なんて、下手したらこの屋敷と値段が変わらない。
と、ここでリーシャが眉をひそめて、
「ですがウィズ様。こちらはいったいいつ用意なさったのですか?」
「ああ、さすがに用意したのはここに来る前よ。城の使者に運んでもらって、それがギルドに届いたから受け取ってきたわけ」
「なら師匠も一緒に来れば良かったのに」
「嫌よ、そんな堅苦しいの。私は一人旅のほうが性に合っているの。それにね」
ウィズは片目でウインクして、
「あなたたちを先に見極めておきたかったし」
俺たちは顔を見合せ──るまでもなく「やっぱりな」という顔をした。
「最初からそう言えばいいじゃない、回りくどいわね」
「本当、師匠はそういうところが年寄りの面倒くささと子供の面倒くささのハイブリッド」
「言いたい放題ね、あなたたち。まあ、私に萎縮する程度の子たちじゃ困るのだけれど」
「ということは、何かわたくしたちに役割があるですね? わざわざ城から使者が来るということは──」
さすが、こういうのに比較的慣れているリーシャは一足先に予想を立てている。
魔女はその問いににやりと笑って、
「ええ。あなたたち『四重奏』に王命よ。揃って城に参上し、国の重要任務につくように、ってね」
「な」
……なんだとぉ!?
◇ ◇ ◇
「ほら、一緒に受け取ってきたわ。城からの召喚状」
「……本物ですね。公文書の偽造は重罪ですので、ウィズ様がわざわざ偽造する理由もありません」
「……マジなのね。うわあ、王様とか初めて会うわよあたし」
「わたくしも初めてです……」
もちろん、俺やエマが経験者のわけがない。
さすがにヴォルカも未経験なので、ウィズ以外は全員初めてだ。
冷静になって召喚状とやらを見てみても「うわぁ、マジか」としか思えないのだが
「王命は最優先で実行しなくてはならないわ。少なくとも明日の朝には立つべきだけれど……ウィズ様、城の使者と合流するべきなのでしょうか?」
「いいえ、その前にやってもらうことがあるわ」
「お?」
てっきり魔法の鞄は長旅用なのかと思ったが。
「あなたたちには私と一緒に『最も古き迷宮』に潜ってもらうわ。未探査領域も含めた徹底調査、および、罠と魔物の殲滅が目的よ」
「『最も古き迷宮』!? いきなり話が飛んだんだけど!?」
「それが王様からの命令、ではないんですよね?」
「いいえ。本命の王命ではないけれど、無関係ではないわ。この街の冒険者ギルドに陛下から命令が下ったの。向こう数ヶ月──可能であれば半年以上の間、街に重大な危機が訪れないよう、魔物の先行駆除を行うように、とね」
向こう数ヶ月──。
「王命の遂行にそれだけの期間がかかる、と?」
「長く見積もってはいるけれどね。その間、あなたたち『四重奏』がいなくても街が問題ないようにしておく必要がある」
「さすがにわたしたちの活躍を見積もりすぎだと思いますけど……」
「そんなことはないわ。確かに普段の冒険はサボリ気味だけれど、ここぞと言う時に動けば必ず大物を仕留めて帰ってくる。有事の際には必ず、あなたたちが要になるはずよ」
冒険者なんてふらっとやってきてはふらっとどこかへ行ってしまうようなもの。
上位冒険者でもいなくなる時は突然いなくなる。
今までそれでこの街が回っているのだから、そういうものだと思っていたが。
「……相当、今回の件は重要っぽい」
「まあね。と言っても、安心しなさい。私がついてるし、あなたたちならそうそう死んだりはしないでしょ」
『そうだねー。いざとなったら私もいるし』
「ヴォルカが暴れるのは最後の手段にして欲しいけどね。この子たちに経験を積ませるのも目的ではあるから」
ギルドは今、大慌てで冒険者を招集し、討伐依頼を出しているらしい。
金は城から出るのである意味、ギルドとしても張り切り時である。
あの『
「で? あたしたちを迷宮に行かせるのはやっぱり、ステラの『秘蹟』を使うため?」
「ええ。その子がいれば隠し部屋を発見できる可能性がある。うまくいけば深部への近道が見つかるかもしれないわ」
まあ実際、近道らしきものは一つ見つけた。
残念ながらそこは通れなかったわけだが、似たような部屋が他にないとは限らない。
「あそこはまだ底が知れないから、念入りに削っておかないとね。過去にも何度か氾濫が起こりかけたことはあるし」
「って、そんな話初耳よ!?」
「入り口の結界に阻まれている間に冒険者を動員してギリギリ食い止めてるから、大事件にはなっていないのよ。街としてもそんなの広めて人が減ったら困るからなるべく内緒にするでしょ」
じゃあマジで駆除を頑張らないとダメじゃねえか。
少なくともあのキマイラ級の敵を何度も相手にする覚悟は必要そうだ。
しかも今回はダンジョン内で宿泊することになる。
魔法の鞄はほとんど必須だ。
さすがの俺たちも食べ物がないと死んでしま──俺とフレアは精霊混ざってるから食事が少なくて済むし、ウィズはサキュバスだから他の補給方法がある。
まあ、ウィズが誰とエロいことをするかという問題はあるが、意外と食費も浮くな、俺たち?
「装備はしっかりしていかないといけませんね」
「今回はあればあっただけいいわね。水もある程度は持って行ったほうがいいかも」
精霊魔法で出せるとはいえ、下の階層で精霊魔法が有効かどうかもわからない。
基本、空気があれば水の精霊もいるはずだが、なんらかの理由で精霊が嫌う区域というのはけっこう存在するのだ。
「三倍の量の尿を飲水に変える薬もあるけれど」
「師匠、ちょっと黙ってて」
水に酒に油に、保存食もいろいろ用意するとして──問題になったのはシェリーを連れて行くかどうか、だっった。
普通に考えると、魔法の鞄も四つしかないし連れていかなくても問題はない。
ただ、
「シェリーを連れて行くかどうかは任せるわ。魔法の使い手は多いに越したことはないし、同じ食料でも調理の腕で味は変わるかもしれないしね」
「でしたら、私も連れて行ってください! いずれにせよ王都へは同行したいですし、それなら私も皆様と息を合わせられるようになっておかなければ!」
ウィズが判断を俺たちに委ねたこと、当のシェリーが行きたいと言ったことで方針は決定。
ウィズのマントも収納道具になっているわけだし、多少量が減っても食事は美味しいほうがいい。
「というか、一つくらいなら魔法の鞄買い足せばいいわよね」
「うん。むしろ一人二つくらいあっても困らない」
「いえ、あの、そこまでしていただくのも悪い気が……」
「だめですよ、シェリーさん。仲間として戦う以上、ちゃんと生き残ることを考えないと」
結局、俺たちは新たに魔法の指輪と魔法の鞄を購入、シェリー用に銀製のナイフと革製の鎧も調達し、迷宮探索に備えたのだった。
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