『魔女』

「あれ、奇遇だね。また会っちゃった」

「こんにちは。先日はお世話になりました」

「あはは、固いなあ。あ、でも地母神の巫女さんだもんね。それはそうか」


 学院で本を読み耽り、そろそろ帰ろうかとロビーへ行くと顔見知りと会った。

 と言っても会話らしい会話はこれが初めて。

 『駆除するスレイヤーズ』の紅一点。古代語魔法使いの少女は俺を見つけると人懐っこく駆け寄ってきた。

 今日はオフなので俺は衣を纏っていないものの、冒険中に衣姿は見せているし、聖印はさげているのでけっこう目立つ。

 学院内だと知識神はともかく地母神の聖印はかなり珍しいし。


「この口調は戒律というより癖というか……。それより、そちらも学院に用事ですか?」

「うん。ボクたちっていつもあちこち飛び回ってるでしょ? だから師匠への報告とかいろいろやることがあってさ。とりあえず今日のところは切り上げようかってところ」


 彼女らは俺たちより何日か遅れて帰ってきたため、まだ街に着いて間もないらしい。

 ……それにしても『ボク』か。

 髪もショートではあるものの、しっかりと少女らしさはある。胸が小さめなのを合わせても男の子に見えるほどではない。

 むしろ、可愛らしい女の子なのだが。

 これはこれで似合っているというか、少しでも気丈に見せることでトラブルを避けるとか、そういう意味合いもあるのかもしれない。


「お疲れ様です。学院に本格的に所属しているとしがらみも多そうですよね」

「んー、そうでもないよ? というか、学院の外でまともな師匠見つけるほうが大変だし。……あ、でもキミのところは例外か」

「あはは……。わたしもエマさんもかなり『例外』ですね」


 凄腕の魔法使いとたまたま会って弟子入りしたエマと、そのエマから魔法を習っている俺。

 エマの師匠もふらふら放浪しているらしいし、血筋──ではないけれど、流派の伝統みたいな感じかもしれない。

 苦笑して頷くと、少女は「そうだ」と笑って、


「ね、良かったらどこかでご飯食べながら話さない? いろいろ聞きたいこともあるんだよね」

「はい。わたしで良ければぜひ」


 今日は「読書に夢中になって遅くなるかもしれないから夕食は食べてくる」とシェリーに伝えてある。

 このところ外食が多くなっている気はするものの、懐には余裕があるし──と。


 ざわ。


 知識人が多いせいか普段、それほど騒がしくはないはずのロビーがにわかに動揺を見せる。

 なにかあったのかと首を巡らせると、その場にいた者たちの視線が入り口の方へ釘付けになっていた。


「ああ、ここに来るのも随分久しぶりね」


 艶めいた女の声。

 彼女の後ろには仲間──ではないだろう、おそらくただの追っかけと思われる魔法使いが何名もくっついてきている。

 追っかけどもの表情はどれも興奮気味。

 中にはいい年したおっさんや、老人に足を突っ込んでいる奴もいるのだが。

 俺と話していたボクっ娘魔法使いも「え、あれ、もしかして」と声を上げて、


「あれ『魔女』様じゃない? うそ、こんなところでお会いできるなんて。握手とかできないかな!?」

「『魔女』……」


 件の人物は二十代前半、いや中盤? あるいは意外と二十歳前かもしれない、年齢不詳の美女だ。


 長い金髪に橙色の瞳。

 魔法使いマジックユーザーが長髪を維持しているのはそれだけで凄腕の証。


 服装は──フレアが着ているレオタードと似た素材だろうか、伸縮性と密着性を兼ね備えた黒い服、あるいはインナーで首から手首、足首までを覆っている。

 さらに銀製、かつマジックアイテムと思われるチョーカー、ブレスレット、アンクレットを装着、手袋の上から左右一つずつ指輪をつけている。

 リーシャ以上に豊満な胸となだらかな下腹部を強調するようにベルト状の防具──というか拘束具を身に着け、足にはブーツ。

 マントも身につけてはいるものの、前は完全に開いており隠す気が見えない。


 顔以外の一切を晒していないにも関わらず妖艶さを「これでもか」と漂わせる様は、俺には『魔女』というより『痴女』に見える。

 魔法使いには変態しかいないのか……?

 というか、この雰囲気、どことなく既視感を覚えるのだが。

 いきなり現れたすごい人、いや、やばい奴にあっけに取られていると、ボクっ娘がつんつんと肘でつついてきて。


「ね、ちょっと話しかけてきなよ。キミ、一応関係者でしょ?」

「……というと、あれですか。わたしも断片的な噂は聞いていましたけど」


 見るからにエロそうで、かつ凄腕の古代語魔法使い。

 もしかして、というかもしかしなくてもエマの関係者だ。

 ということは。


「──あら」


 ロビーを見渡していた彼女と目が合う。

 橙色の瞳に見つめられた途端、背筋がぞくっと震えた。

 鼓動が早くなり、身体が熱くなる。

 なんだこれ。……興奮、しているのか? 確かに俺の恋愛対象は女だし、彼女が文句のつけようのない美人なのは確かだが。

 思っている間に『魔女』は微笑み、こっちへ歩いてくる。ボクっ娘がわくわくしながら俺の腕を掴み、逃亡を封じた。


「あなたが『三乙女トライデント』──いえ、『四重奏カルテット』のステラね?」


 いきなり名前を言い当てられて再びぞくっとする。

 声も、なんというか肌を優しく撫でられているみたいな感覚があってこそばゆい。

 ボクっ娘も『憧れのお姉様』を前にしたような表情になっているし、これはつまり他人をこれでもかと惹きつける魔性の類か。

 並の男だったら一目で虜かもしれない。……ああ、だからあの取り巻きか。


「あの、どこかでお会いしましたか?」

「いいえ。あなたは有名だもの。既にこの国の中心にもその名は届いているわ」


 国の中心!? それってつまり王都、もっと言えば城ってことで……。

 うだつの上がらない一般冒険者だった頃には考えられない話だ。

 いやまあ、伯爵家の魔剣を再び表舞台に上げた件で噂が広がっているだろうから不思議じゃないと言えばそうなんだが。


「弟子をお持ちではありませんか? わたしの魔法の師は──」

「ええ。皆まで言う必要はないわ」


 『魔女』の指が手袋ごしに俺の頬に触れ、そっと撫でる。

 うおお、と、男性魔法使いが歓声。いや、女性魔法使いもきゃーきゃー言っている。


「エマは私の弟子よ。つまり、あなたは私の孫弟子ということになるわね、ステラ?」

「───っ」


 やっぱり。

 彼女が、噂に聞いていたエマの師匠。

 魔法の師であり、エマ以上の魔法の使い手であり、そして、性癖的な意味でも師である女性。

 ……やっぱり変態じゃないか。


「あ、あの! ボク、『魔女様』にずっと憧れていました! どうすれば魔女様のようになれますか!?」

「あら、それはありがとう」


 勢い込んだボクっ娘相手にも魔女は動揺を見せない。

 というか『駆除する者』のメンバーを務めている時点でエマと遜色ない腕のはず、性格を考えれば格上くらいのはずだが、


「そうね。私のようになりたければ快楽を知ることかしら」

「か、快楽?」

「ええ。男も女もたくさん相手にして、喜びを深く知るの。そうすれば自ずと魔法の腕も磨かれるわ」


 そういうコツを聞いてるんじゃねえよ!?

 ツッコミを入れたいのはやまやまだったが、さすがに初対面の相手に失礼だし、俺もその手の行為で成長した身だし……あながち間違いとも言えないのが困る。

 魔女はさらに「良ければ私が直接教えてあげたいけれど」と、とんでもないことを呟いて。


「でも駄目ね。あなたからはあの坊やのにおいがするし。あの子に拗ねられるのは勘弁だわ」

「……あの坊やって」

「いるでしょう? 図体が大きいくせに我が儘の直らない坊やが」


 思わず顔を見合わせる俺とボクっ娘。

 あれか。あの男を『坊や』扱いか。……この人、うすうす感じてはいたけど見た目通りの年齢じゃないな。

 ボクっ娘が目を細めて、小さく、


「『魔女』様が半分サキュバスだというのは本当なんですね」

「そうよ。だからあまり一箇所には留まることができないの。その場にいる人間を全員、虜にしてしまうから」


 とんでもないなこいつ。

 それにしてもこうもほいほい、ハーフエルフだの半精霊だの半巨人だのハーフサキュバスだのが出てくると、そういう存在が珍しくないように思えてくるな。

 まあ、そういう俺も四分の一以上精霊なんだが。


「ステラ。あなたに会えて良かったわ。お願いしたいことがあるの」

「お願い、ですか?」

「ええ。あなたたちの住んでいる家に案内して欲しいのよ。エマにも久しぶりに会いたいし、それに」


 彼女は両手を左右に持ち上げて、嫣然と笑った。


「路銀が心許なくて宿に泊まれそうにないのよ」


 あ、駄目だこいつ。

 俺は心の底からそう思った。

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