大精霊の依頼(1)

「でもママ。ステラってそんなに精霊っぽい? そりゃちょっとはあるだろうけど」

「フレアちゃん、そっちの感覚鈍ってるんじゃない? 半分の半分か、もう少し多いくらいは精霊よ、この子」

「え、初耳なんですが」


 フレアと一緒に首を傾げたところで、今までにも何度か見た『秘蹟ミスティカ』の獲得・開示が発生した。


『精霊の娘 ランク:B(A)

 あなたの魔力を+2(+3)する』


 前に獲得した力が一段階上昇。


「あ、なんかステラの存在がはっきりしたわ」

「なるほどね。フレアちゃんの『秘蹟』を写し取ったんだ。じゃあステラちゃんだっけ? あなたも私の娘みたいなものかも」

「む」


 のほほんとヴォルカが言うと、むっとしたリーシャが俺を抱き寄せた。苦しい。

 ヴォルカのほうは特にママにこだわる気はないらしくそれをスルーして、


「ステラちゃん、身体の調子はどう? なにか変わったところはない?」

「そう言われると、精霊的な感覚が今までと違うというか……」


 物理的な視覚とダブるように、火口で遊ぶ無数の『火の精霊』が《視える》。

 じゃれついてくる彼ら彼女らは、ヴォルカの魔法のおかげで俺たちに触れることはできない──その火力を発揮していないのだけれど。


 あれか。ヴォルカが一足先に俺を感じ取っていたのは感覚が特に鋭かったからか。

 もともと俺の『秘蹟』は昇格しかかっていたが、一歩足りなかった。

 それをヴォルカが察知し、母親と仲良くなったことでフレアとの親密度が昇格条件に足りたと。


「意識して感覚をカットしないと普段は歩きづらいかもです」

「その代わり、火の精霊魔法はいつでも使えるんじゃないかしら。あなたも精霊使いなんでしょう?」

「はい。じゃあ、それこそフレアさんと一緒ですね」

「ステラは他の精霊からも好かれそうね。火の子たちって気が強いのが多いから嫌われやすいんだけど」

「ああ、フレアさんもそうですよね」

「なんですって?」


 きっと紅の瞳に睨みつけられた。

 それを見たヴォルカがくすくすと笑う。


「いい仲間に巡り会えたみたいで安心したわ。フレアちゃんなら死ぬ心配はないと思ってたけど、悪い人に捕まらないとは限らないじゃない?」

「別にそんなのママに心配してくれなくても大丈夫よ」

「いえ、出会ったばかりの頃のフレアは大変でしたよ。……その、いろいろと」

「むしろ服が嫌いなのは今でも変わってない。私たちがお世話してきたようなもの」


 ヴォルカの笑い声がさらに大きくなった。


「ところでフレアちゃん、結婚相手は見つかった? 昔はよく『ママみたいに格好いい人見つけて結婚する!』って言ってたじゃない?」

「いつの話してるのよママ……。心配しなくても、あたしはこのステラと子供作るから」

「あら。半精霊同士ならぴったりね。下手に人間相手だといろいろ苦労も多いだろうし」


 リーシャに抱きしめられたままの俺の片手がフレアに取られる。

 苦労、というのは寿命的な話か? ひょっとして俺も三割強? 精霊になったことで老化が遅くなっていたりするのか?

 俺たちの様子をエマが「やれやれ」とばかりに見て、


「いい機会だし、良かったら教えて欲しい。精霊と人が子供を作る方法について」


 ああ、それは俺も確かに気になっていた。

 全身炎のヴォルカ相手にフレアの『パパ』はどうやって子供を作ったのか。

 問われたヴォルカは「簡単よ?」と首を傾げて、


「精霊は人や動物と違って、相手の生命力そのものをもらって子どもの素にするの。自分の力と相手の力を混ぜ合わせて新しい命を作る感じ」

「ふむ。水とか他の精霊も同じ?」

「ええ。水や大地の精霊のほうが負担は少ないかもだけどね」


 負担。なんだか聞き捨てならない単語だ。

 リーシャも首を傾げて、


「大精霊様。負担とはどのようなものなのでしょう? 人の寿命を縮めるほど大きいものなのですか?」

「それはもちろん。私たちの場合、あの人は死ぬ直前まで行ったわ」

「死ぬ直前!?」

「そうよ。だからあたしはパパの顔見たことないのよねー」


 ないのよねー、じゃない。


「それは、その。精霊に人が吸い殺されたということでは……?」

「失礼ね。そんなんじゃないわ」


 ヴォルカの身体が一瞬ぶわっと燃え上がって、


「あの人と私は確かに愛し合っていたの。私が退屈して暴れていた頃、冒険者だった彼が挑んできてね? 本気で殺し合った末にお互い恋に落ちたの」

「ロマンチックよねー。まさに燃えるような恋?」


 こいつら頭おかしいんじゃないのか?

 いやまあ、フレアも「押し倒されて無理矢理想いを遂げられたら好きになるかも」とか言ってた奴だし、不思議はないんだが。


「大精霊と殺し合った上に生命力まで提供したらそれは死にますよ……」

「でも、そう聞くとフレアの父親もそれなりの冒険者だったっぽい」

「そうねー。もちろん、彼の持っていた剣のおかげもあったけど」


 剣。

 なんとなく、フレアの持っている剣に視線を向けると、紅髪の少女は「そうよ」と頷いて。


「これはパパの持ってた剣を作り直してもらったものなの」

「なにしろ戦いの最中に半分以上溶かしちゃったものだから、そうしないと使えなかったのよね」


 魔剣を半分以上溶解させるとか、さすが大精霊。

 いやもう、会話の内容がほとんど神話である。冒険している実感はあるが、あっけらかんと語られすぎて感動しきれない。


「なるほど、それで理解した。フレアの剣に精晶石が使われている理由も」

「精晶石? フレアさんの剣に嵌まってる宝石のことですが?」


 学院の書庫で本を読んだ気がする。

 確か、精霊を封じることのできる特殊な宝石だったか。


「そ。これがあれば、たとえ大精霊でも剣に封じ込められるの。もちろん、十分に強力な精霊使いエレメンタラーであるのが前提だけどね」

「大精霊の力に耐えられる精晶石なんて売るだけで一生遊んで暮らせるお宝」

「うふふ。ついでに剣に嵌めたことで大精霊でも斬り裂けるおまけつきよ」

「あたしが強くなりすぎてこの剣じゃ軽くなっちゃったけどね」

「なるほど。……フレアさんがその剣にこだわっていた理由がわかりました」


 父の形見となればそりゃ簡単には手放せない。

 詳しい効果まで聞いたうえで考えるとこれは俺の魔剣と同等の、伝説級の剣だ。

 多少軽くともこれ以上の武器なんてそう手に入らない。

 深く頷く俺にフレアは笑って、


「この剣が、ママが待ちくたびれてた理由でもあるのよねー」

「そうよ。フレアちゃんったら『人間の街が楽しくて遅くなるかも』って言って、本当に帰って来ないんだもの」

「数年くらい待ちなさいよ。ママったら何千年も生きてる大精霊でしょうが」

「嫌よ。あの人と恋をしてフレアちゃんを産んでからずっと楽しかったんだもの」


 ん? 夫の剣を返してほしかった……っていう話でも、フレアが心配だった、っていう話でもないのか?


「ねえ、フレア? その剣を用意した理由って、もしかして」


 リーシャがなにかに気づいたように尋ねると、精霊母娘が揃って頷いて、


「そうよ。ママにこの剣へ宿ってもらうためなの」

「自主的に入るなら封印の手間もないし、私もフレアちゃんと一緒に冒険できるでしょう?」


 いや、どこの世界に自主的に剣に宿る大精霊がいるんだよ!?

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