母を訪ねて(3)

「……さてと、ここからね」


 夕方、空が暗くなってきた頃、俺たちは岩肌にぽっかりと開く入り口に辿り着いた。

 巨人は無理にしても、大型動物くらいなら余裕で暴れられそうな広さ。


「これが山の深いところに繋がっているんですね?」


 暑さもだいぶ強くなってじっとりとした汗が浮かんでくる。

 フレアはそんな中でも汗一つかかずに「そ」と頷いて、


「言っとくけどここからは蒸すわよ。外と違って湿気が逃げづらいから」

「普通、洞窟ってひんやりするものじゃないかしら……?」


 お嬢様であるリーシャは暑さがだいぶ堪えているようだ。水筒の水はすでに一度空にし、精霊魔法で補充している。

 虚弱なエマに至っては疲労ではなく暑さのせいでふらふら、杖にしがみつくようにして立っている。


「無理。これ以上暑くなったら私は干からびる」

「だらしないわねー。ステラはまだぴんぴんしてるのに」

「わたしは基礎体力がありますから……」

「それに、ステラも一割くらいは精霊のはず。たぶんそれが熱耐性に繋がってる」


 というわけで、素のまま進むのはこれが限界だ。


「ここまで来たし進みましょうか。ママに会えれば《熱防御ヒートプロテクション》はかけっぱなしにしてもらえるし」

「賛成」

「休むにしてももう少し戻らないと暑すぎるものね。そうしましょう」

「じゃ、魔力を温存した成果を見せましょうか」


 フレアが自分以外の三人に熱防御の魔法をかけてくれる。

 真夏のような暑さが嘘のように消え、すっきりとした気分に。ほっとした俺たちは水分を補給し、リーシャが治癒の奇跡でみんなに活力を与えて、


「行きましょう」


 洞窟は基本的に下へと続いているらしかった。


「火口に繋がってるってこと?」

「そうそう。だからめちゃくちゃ暑いのよ。それくらいじゃないと火の精霊が生き続けるとか無理なんだけど」


 道はいくつも枝分かれし、部分的に上る箇所もあり、ぐねぐねと不規則に曲がりくねっている。

 方向感覚を狂わされるのでまともにマップを描くことさえままならない。

 そもそも立体的なマップを平面の紙に収めるのは至難の業だ。

 ここはフレアの記憶だけが頼り、というか、それがないと奥にはたどり着けないんじゃなかろうか。


 一応、目印代わりのマーカーを分かれ道ごとに落としては来ているが、


「あんまり目印はアテになんないかもね。この洞窟を使うのはあたしたちだけじゃないから」

「というと……」

「ほら。ああいうの」


 本当、噂をすると招くものなのか。

 通路の向こうからのしのしと二匹のトカゲが現れた。

 全長一メートル以上。

 体表は赤く、燃えてはいないものの見るからに熱を持っている。


「……火蜥蜴ファイアリザード、ですか」

「暑いところが好きな魔物もいるってわけ。で、ここじゃ水の精霊も動きが鈍るから弱点も突きづらい」

「確か、火を吐くこともできるんだったわね。となると……」

「決まってる。《マナボルト》」


 拡大によって二本に増やされた魔力の矢が火蜥蜴を貫き、怯ませたところに俺とフレアが突貫。

 隙を逃すことなく一太刀で重傷を負わせ、そのまま仕留めた。

 火蜥蜴の皮は耐熱素材として重宝するので剥いで回収しておく。


「それにしても、下手を打ったら私たちでも厳しいわね」

「はい。魔力も地味に削られています」

「下手を打たなければいいだけ。……と言いたいところだけど、フレア、他にどんな魔物がいるの?」

「んー。そうね。例えばレッドスライムの亜種のヒートスライムとか」


 ぷよぷよした赤色半透明のゼリー。

 リーシャが銃を撃ちまくり、生命力をこれでもかと削り取って撃破。


岩喰いロックイーターの亜種の溶岩喰いマグマイーターとか」


 熱防御を頼りに接近した俺が渾身の一撃で胴体を叩き割った。


「熱病持ってる赤コウモリとか」


 すばしっこい上に群れているせいでこいつらが一番手強かった。

 一匹一匹は大したことはないが、噛まれると病気になりかねないのが怖すぎる。エマまで加わって必死に叩き落としトドメ。


「よくこんなところで暮らせてましたね……!?」

「まあ、あたしをママと勘違いして襲ってこないやつもけっこういるし」


 マジできついぞ今回。

 というか、これだけ敵が出る上に入り組んでいると森の奥を探索するのと大差ないんじゃないだろうか。

 それは確かにあの『駆除する者スレイヤーズ』くらいじゃないと攻略できない。


「でもさすがにもうそろそろよ。ここまで来ればもう──」


 言いかけたフレアが言葉を切った。

 なぜか。聞くまでもなく俺たちにもわかった。

 脅威。

 今までの魔物とは比べ物にならない強烈なプレッシャー、いや、熱気そのものが進行方向から叩きつけられくる。

 これは、やばい。

 『駆除する者』のリーダーもすごい威圧感だったが、彼には肉体があるし、武器は剣と拳だ。炎そのもの、熱そのもののような『それ』といったいどうやって戦えと言うのか。


 逃げても、この距離じゃ追いつかれる。

 死を覚悟せざるをえないような恐怖の中、俺たちの熱防御が一瞬消えかかる。

 火の精霊力が、よりによって掌握されかけたのだ。

 おかげで肌を焼くような熱気に一瞬襲われたものの──直後にはしっかりとした形で復活して。


 通路の奥から『彼女』が現れる。

 髪も、瞳も、肌も、なにもかもが燃える炎で構成された美女。

 一流画家の手掛けた名画でもこの美しさは再現しきれないだろうと思わせる美を備えた彼女は、目に入る者全てを焼き尽くすのではないかと思えるような燃える瞳で俺たちを見て、


「お帰りなさい、フレアちゃん! 会いたかった!」


 その火勢を大きく弱めると、真っ先に『愛娘』をぎゅーっと抱きしめた。

 ん? あれ? えーっと、なんていうか……。

 ここに来て現れた炎の大精霊。それがフレアの母親なのはさすがに予想がついていたが、


「……あの、思っていたよりもノリが軽いというか。いえ、ノリが軽いとは聞いていたんですが、ベクトルが違ったというか」

「大精霊様ならばわたくしたちよりもずっと長く生きていらっしゃるでしょうに、とても若々しくていらっしゃいますね……」


 それでいいのか大精霊。



    ◇    ◇    ◇



「みなさんもよく来てくれました。私がフレアちゃんのママです。名前はヴォルカ」


 火口だった。

 円を描くように大穴が開いており、その下に煮えたぎるマグマが見える。

 熱気は途方もないレベルで、熱防御なしじゃ数分で干上がってしまうだろうが、大精霊ヴォルカ直々の魔法によって全く暑さを感じない。


「ママ。魔法を切らさないでよね? この子たち死んじゃうから」

「大丈夫。フレアちゃんがいてくれれば力も消耗しないし、魔法を維持するくらい簡単だから」


 人間種族にとっては圧倒的な死地と言えるこの場所で、繰り広げられているのはいかにも呑気な『母娘の会話』だ。


「もう、ママってばあたしが帰って来ないからってやりすぎ。もうちょっとで討伐部隊が来るところだったんだからね?」

「あら。でも、そうなったら警告して、聞かないなら全員焼き殺すだけよ?」


 洒落になってない。

 フレアもこんな危険人物──もとい精霊を放置しておくんじゃない。いっそ世界平和のためにはここに置いて帰るほうがいいんじゃないかとさえ思うのだが。

 そんなことを考えていると、俺のほうにフレアの母──ヴォルカの視線が向けられて、


「ところでフレアちゃん、その子もしかして精霊の血が入ってる? まさか、フレアちゃんの子供?」

「んなわけないでしょ!? ママってば時間感覚狂いすぎじゃない!?」


 まさかの発言にさすがのフレアもガチでツッコミを入れ、


「……ステラさんのママはわたくしです」

「リーシャさん? お願いですからここで変なこと言うのはやめてください」


 大精霊に焼き殺されたらどうするんだ。

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