大精霊の依頼(2)

 大精霊とは、ものすごく大雑把に言えば「超強い精霊」だ。

 並の精霊は精霊使い以外との意思疎通ができないし、物質世界に強い干渉も行えない。

 例えば、人が火を起こせばその瞬間に生まれ、火が消えれば死ぬのが精霊という存在だ。


 一方、大精霊にははっきりとした意思があり、外界に干渉する力もある。

 エマいわく「精霊と大精霊を分けるのは力の総量ではなく存在の格」だそうだ。


「ヴォルカ様はそれでよろしいのですか? 剣に宿ってしまうと自由も制限されるでしょう?」

「別に構わないわ。そうでもしないとフレアちゃんと一緒にいられないし」


 生物であり精霊でもあるフレアは「火のないところでも死なない炎」という便利な存在。

 なのでフレアと一緒ならヴォルカはどこへでも行けるのだが……こんなのが街にほいほい出てきたら大騒ぎである。

 ギルドが上位冒険者を総動員して討伐することになるだろう。


「だからママが宿れる剣を用意したのよ」

「うふふ。私が宿ればその剣はもっと強くなるわよ。具体的に言うといつでも炎を纏ったり放ったりできるわ」


 《ファイアボルト》や《ファイアウェポン》が魔力消費なしで使えるわけか。

 ……いや、めちゃくちゃ強いなそれ。


「ステラちゃんたちも楽しそうな子たちだし、私も冒険に連れていってくれないかしら?」

「もちろん、ヴォルカさんが嫌でなければわたしは大歓迎ですけど……」

「私も賛成。もっといろいろ教えて欲しい」

「大精霊様と行動を共にできるなど光栄の極みです」

「あはっ。あんたたちならそう言ってくれると思ったわ」


 明るく笑うフレア。

 母親の宿った剣を魔剣を振るう半精霊の娘、か。

 どう考えても英雄だ。これでもう、ネームバリューとしては半巨人の戦士に並んだんじゃないか。


「こうなると我が家の宝剣が少し地味に見えてしまうわね」


 俺の腰にある魔剣──実家の家宝を横目にリーシャが苦笑する。

 確かに。俺にはもったいないくらいの剣だし、これで文句を言ったら罰が当たるだろうが、見た目的に地味なのは否めない。

 フレアの剣が燃えるなら威力の面でも遜色はないだろうし。


 と。


 そこで、あまりにも意外な人物が「え? どうして?」と首を傾げた。


「気になってたけど、それって『自在の魔剣プロテアン』よね? 久しぶりに見たわ。まだ使える人間が残ってたのねー。ステラちゃん、もしかしてけっこう特殊な血筋?」

「いえ、わたしは『秘蹟』で無理矢理認められているだけで……」


 自分の持つ二つの『秘蹟』について俺は簡単に説明して、


「ヴォルカさんはこの剣についてご存知なのですか?」

「昔見たことがあるわ。重さもその剣ならフレアちゃんの剣に見劣りしないと思うんだけど──」

「待ってくださいませ、ヴォルカ様」

「そこのところもっと詳しく」

「あれ? あなたたち、もしかしてそこまで知らなかった?」


 知らなかった。というか、長年使える奴さえいなかった。


「その剣は変幻自在なの。使い手の意思次第で斧にも槍にも盾にもなるわ。あ、でも弓矢にするのは気をつけてね? 分離させると回収が大変だから」

「……本当に、知りませんでした」


 ため息。

 みんなの視線が集まるのを感じながら、俺は魔剣を引き抜いた。

 今までは「形を変えてみよう」なんて考えたこともなかった。

 もし、そんなことができるのだとしたら。


「剣よ、槍に──」

「!」


 俺の意思に応えるように、魔剣がその形を変化させる。

 不壊のはずのそれが粘土のように歪み、一瞬にして長柄に。刀身は穂先に変わって、なおも輝きはそのまま。


「……できました」


 できてしまった。


「ほら、すごいでしょう?」


 何故かヴォルカが得意げだが、言いたくなる気持ちもわかる。

 これはすごい。


「この剣にそんな力があったなんて……」

「はい。正しい力を広めれば噂はもっと広がりそうです」

「あははっ。すごいじゃないステラ。これであたしたちのパーティにはすごい魔剣が二本ね?」

「これなら『駆除する者』にもでかい顔はさせない」


 苦労して来た甲斐はあったというか、むしろ出来過ぎなくらいの戦力アップだ。

 ヴォルカも「喜んでもらえてよかったわ」と笑って、


「これなら私のお願いも聞いてもらえるかしら。フレアちゃんも強くなったとはいえ、さすがに荷が重いかと思ってたんだけど」

「? ママ、なにか問題でもあるの? 倒せない敵がいるとか?」

「ええ、その通りなの」


 嫌な冗談は止めて欲しい。

 この大精霊でも勝てない相手っていったい何者だ。そんなのを俺たちに倒せって言うのか?


「そいつはね。私に似て炎を操るの。私がここに居座ってるから普段は大人しくしてるけど、前にフレアちゃんを麓まで送った時なんか、ちょっとの間にこの場所を占領しようとしてたんだから」

「では、相手も大精霊なのですか?」


 恐る恐るリーシャが尋ねると、ヴォルカは「ううん」と首を振った。

 その表情は恐怖ではなく「面倒だなあ」という感じではあるものの、火の大精霊である彼女だ、同属性の相手は決め手がなく苦手なのだろう。


「そいつは悪魔よ。炎の大悪魔バルログ。どっかの悪い魔法使いが召喚したのが山の目立たないところでこそこそしてるのよね」



    ◇    ◇    ◇



 山、というか山脈群のパワーバランスは多くの魔物がにらみ合うことで守られている。

 特に強力な個体に関しては単独で勢力圏を形成しており、ヴォルカはその中に当然含まれる。

 彼女がフレアの剣に宿って自身の領域を明け渡した場合、その領域は他の魔物に占領されてしまう。


 そして、それを狙っているのが炎の大悪魔バルログというわけだ。


「相手がバルログだと確かに厄介。伝承によると炎が効かないし、小悪魔を呼んで自分に近寄らせないようにしてくる」

「片手には鞭を、もう片方の手には銃を持っているわ。人間じゃ近づくのも大変でしょうね」


 知識豊富なエマが情報を語り、ヴォルカが補足。

 銃と聞いたリーシャは珍しく憎悪さえ籠もった表情で唇を噛み、


「神の信徒にのみ許された聖なる道具を、よりにもよって真似るなんて」

「炎の精霊にとっても嫌な相手だけど、あなたたち聖職者にとっても敵なのよね。……どう? 倒すのを手伝ってくれるかしら?」


 バルログ、およびその眷属が相手ではヴォルカは大した役に立たない。


「私はフレアちゃんの剣に宿ったままみんなの防御を担当するわ」


 バルログは身体の内側に炎を宿し、さらに体表を燃やすこともできるという。

 近づくだけで炎に焼かれ傷を負うことは《熱防御ヒートプロテクション》を強めにかけてもらうことで防げる。

 敵の炎攻撃も大きく威力を落とすはずだ。


「はい。神の怨敵、放っておくわけには参りません」


 リーシャがまず頷き、俺たちも「そういうことならしょうがない」と頷く。


「ママが困ってるのを助けられるなんてなかなかない機会だし」

「バルログスレイヤー──達成したらいくらもらえるか楽しみ」

「山の脅威を減らすためにも頑張りましょう」

「ありがとう、みんな。じゃあ、せめて今日はここに泊まっていって」


 ……いや、うん、寝ている間に魔法が切れると秒で殺されかねないんだが。

 炎の精霊魔法に関しては最強、かつ魔力無限状態であるヴォルカが最大拡大、持続時間をこれでもかと伸ばしてかけてくれたので心配はいらなかった。

 ヴォルカは寝る必要もないらしく、念の為交代で見張りを立てた俺たちの相手を楽しそうにしてくれた。


 干し肉を焼くのもあぶるのも一瞬だし、なんというかめちゃくちゃ便利なうえ、


「あ。私が暇つぶしに集めた宝物、剣の修理でフレアちゃんにだいぶあげちゃったけどまだ残ってるから、それも持っていってね」


 これだけ大精霊に親身になってもらった冒険者というのもそうそういないのではないだろうか。

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