母を訪ねて(1)
「あの山に行くのも久しぶりねー」
今回の冒険はなかなかハードになりそうだ。
迷宮探索と違って罠の心配はほぼないものの、遭遇可能性のある敵のレベルが総じて高い。
当然、装備も十分にしていく必要があって──。
俺たちはいつも以上に入念に支度を整えた。
「と言っても、麓までは最近も一回行った」
「……その時のこともあって、お母様が『ぬか喜びさせられた』と怒っている、という可能性はないのかしら?」
「まさか。いくらママでもそこまで鋭く──鋭いかも?」
「フレア?」
「フレアさん?」
そういう可能性はストーンドラゴン討伐の際に考慮しておけ。
「し、しょうがないじゃない。あたしだって大精霊がどれくらいすごいかなんてよくわかんないし!」
「その大精霊に会いに行くんですから本当、大冒険ですよね」
実際はパーティメンバーの里帰りに付き合うだけだが。
「シェリーは留守番お願いね」
「はい。お留守をしっかりと守らせていただきます」
シェリーを連れて行くかどうかは正直迷ったというか、パーティ内でも意見が割れたのだが──。
精霊魔法は得意でも荒事には慣れていない彼女には危険が大きいということで、今回は留守番していてもらうことにした。
帰りを待っていてくれる人がいるというのもそれはそれで気合いが入るというものだし。
「私たちも防御アイテムを買っておいて良かった」
「本当ね。気休め程度だけれど、あるとないとでは大違いだもの」
フレアは物理攻撃を少し逸らす効果のある腕輪を。
エマとリーシャは受ける攻撃を少しだけ和らげる腕輪を調達した。
これらも冒険者の間では比較的メジャーな代物。
……中堅冒険者が思い切って買うレベル、初心者にとっては夢のまた夢の一品だが、俺たちにとってはお守りの一つと言ったところ。
「まあ、そんなに心配しなくてもいいわよ。最短ルートはあたしが覚えてるし、魔物だって警戒してるからそんなにぽんぽん襲ってきたりしないはずでしょ」
「噴火もどきのせいで魔物全体ぴりぴりしてるみたいだけど」
「……さ、出発するわよ!」
「誤魔化したわね」
「誤魔化しましたね」
大丈夫かこれ……って、俺たちはいつもこんな調子だが。
◇ ◇ ◇
今回は冒険者ギルド経由で馬車を手配してもらった。
ストーンドラゴン一体倒して終わりじゃない。
山に登って奥を目指すとなると麓からでも日帰りじゃ済まないだろう。
食料も持っていく都合上、荷物も多くなるし、歩いて疲れるのは避けておきたい。
「ま、ストーンドラゴンくらいなら今のあたしたちの敵じゃないだろうけどね」
腕を上げてるのは俺だけじゃない。
暇を見ては俺と剣の稽古をしているフレア、冒険で得た知識を元に魔法の腕を磨き続けているエマ、神官としての徳を積んでステップアップしているリーシャも以前よりずっと強い。
「落ち着いて対処すれば山の魔物とも十分戦えるはず」
「冷静さを失うのだけは避けましょう。いざとなれば魔晶を砕くことも視野に入れておいて」
馬車の運転は雇われの御者に任せ、麓の村で一泊。
朝の早い時間帯から出発した。
「先に言っておくけど、あたしはなるべく魔力を温存したいの」
「その心は?」
「ママに近づく時に
「……あー」
例によってフレア自身はぜんぜん平気なわけだが、人間である俺たちはそうも行かないわけで。
「わかりました。でも、必要だと思ったらわたしの魔力を使ってでも魔法をお願いします」
「おっけ。っても、あんたの魔力ももうけっこう大事だけどね」
古代語魔法にも神の奇跡にも変換できるという意味では確かに。
「で、フレア。ルートは任せるけど、どっちに行く?」
「大物のあんまり来ないルート。そのぶんちょっと遠回りだけど」
本格的な登山は実を言うと初めてかもしれない。
坂や丘は経験がある。
傾斜自体は経験のあるそれらと大差はないものの、木や岩で視界の遮られる部分があること、傾斜が簡単には終わらないことが違う。
「急ぐと余計に体力使うから堅実に行くわよ。疲れたら早めに言いなさい。警戒しながらでも休憩取ればだいぶ違うから」
「了解です。……でも、そんなところを子どもの頃に歩いたフレアさんって」
「ママが睨みきかせてた上に、近づいてきた敵も一瞬で丸焼きよ? そんなのちょっと大げさな散歩よ。麓に降りてからのほうが怖かったわ」
初めてのお使いのスケールがやばい。
……などと、入山してしばらくはかなり余裕があった。
麓付近は緑も多めで普通の動物も生息している。森や草原を歩くのとそう脅威度は変わらない。
出会ったのはせいぜい、哀れな死体が負の魔力に冒されたゾンビ程度で、
「《
出会い頭に俺の奇跡で無力化、さっさと片付けた。
けれどそのうち、少しずつ様子が変わってくる。
緑が少なくなり、その分だけ静けさが強くなる。
「このあたりから本格的に魔物の領域かしらね。……まあ、このあたりで出てくるのはせいぜい」
フレアの言葉を遮るように、シャー!! と声を上げたのは
全長三メートルはあろうかというそいつは間髪入れずリーシャの銃を喰らい、怯んだところを俺たちの剣で輪切りにされた。
エマがひょい、と蛇の頭を拾い上げると、荷物から瓶を取り出しそこに放り込む。中には──保存用の液体?
蓋を開けた際に匂ったのは、
「エマ。あんたそれ酒でしょ?」
「その通り。でもこれは死体の有効活用。いちいちリーシャに保存の奇跡を頼むより魔力を節約できる」
「確かに、それはそうですけど」
蛇の中には酒に漬けることで無毒化され、いい感じの味わいになるものがいるという。討伐証明に使った後はエマの晩酌に使われそうだ。
と、そこで、上から鋭い鳴き声。
フレアが「おお?」と顔を上げて、
「おー、ワイバーンじゃない。さっきの蛇とかを主食にしてるのかしら」
「おー、じゃないですよ!?」
火も吐かないし身体も比較的小さいものの、
片手間に倒すにはなかなかの相手だ。
「ステラさん。弓は持ってきていますか?」
「一応用意はしてきましたが、荷物を軽くするために矢が少ししか……。それに飛んでいる相手にはそう当たりません」
「じゃあ仕方ない。《パラライズ》」
ワイバーンはエマの魔法で全身麻痺して地面に落ち、剣の餌食になった。
……身も蓋もない。
「というか、これで楽なルートってけっこうとんでもないですね……」
「一位二位のパーティがちょくちょく来てるってのも納得でしょ」
可能な限り省力化し、迅速に歩を進めていく。
そうしていくうちに木や草がほとんどなくなって、
「? 少しずつ気温が上がってきたかしら……?」
「この辺じゃまだまだその程度だけど、ここからどんどん暑くなるから覚悟しなさい」
「フレアさんのお母さんってそんなに影響力があるんですか……?」
「ママの影響もあるだろうけど、どっちかっていうとママのいる場所が問題よね」
ああそうか、火の力が強い場所だもんな……。
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