『四重奏』
「どうでしょうか? こんな感じになったんですが……」
何日か経って、新しい装備がようやく決まった。
肌着状のチェインメイルの上に巫女の衣を纏い、胸と肩を革製の防具で覆う。
左手には竜骨製の碗甲。右手には魔法の腕輪。
腰に伯爵家の魔剣と予備のナイフを差し、足には魔法のアンクレット(左右ワンセット)を装着。
新調したマントは前を閉じて留めればちょっとしたコート代わりにもなる一品。
靴も丈夫なブーツで、ちょっとやそっとで壊れる心配はない。
これに仲間たちは歓声を上げて、
「いいじゃない! ちょっと露出度は低いけど」
「すっかり一人前の冒険者」
「わたくしとしてもなんだか誇らしいです」
「ステラ様、とっても素敵です……!」
「み、みなさん。褒めすぎですよ……」
逆に俺のほうが恐縮してしまった。
ただ、俺としてもこの出で立ちに不満はない。
マジックアイテムを買うのにけっこう金を使ってしまったけれど、それを考えてもむしろ「いい買い物をした」と胸を張って言える。
「これもエマさんのお陰です」
「気にしなくて良い。むしろ私もステラのおかげで新しい発見ができた」
「ステラさん。腕輪とアンクレットがマジックアイテムなのですよね?」
「はい。腕輪は防御と魔法抵抗の効果で、アンクレットは脚力向上です」
このアンクレットが、俺の『秘蹟』で隠された効果を発揮したアイテムだ。
元はサイズ調整の魔法がかかっているだけの古臭いアクセサリー扱いだったのだが、俺が触れたうえでエマが鑑定すると脚力向上の効果があることがわかった。
「両足に身に着けていないと効果がないんですが、明らかに身体が軽くなりました」
「二重付与の腕輪も高かったでしょ? 思い切ったわねー」
「でも、かなりまけてもらったのでむしろ安い買い物だったと思います」
効果が二つ以上あるマジックアイテムは部位の競合を抑えられる点から需要が高く、価格が一気に跳ね上がる。
防御も魔法抵抗もメジャーな類とはいえ必要とする者も多いことからけっこう値が張るのだが、例の商家が「ステラさんなら」と値引きしてくれたのだ。
なんだかんだ、あの商家には世話になりっぱなしである。
「腕輪をつけているだけで攻撃をかわしやすくなって、魔法の抵抗もしやすくなる──装備のおかげで一回り強くなったみたいです」
「装備だけじゃないわよ。あんたの実力も確実に上がってるわ」
「ええ。わたくしたちが保証いたします」
「みなさん……。ありがとうございます」
俺のステータスは平均24を越えた。
昔の俺からは考えられない高水準。ステラの身体は運動性能だけじゃなくて思考力や記憶力まで俺とは別格だ。
ある意味別人になったようなものである。いや、女としてなんだかんだやってきた今、元の俺と同一人物とはもう言えないか。
前の身体にももう未練はない。
……と。
「あの。そういえば、皆様の新しいパーティ名は決まったのでしょうか?」
シェリーが何気なく尋ねると、俺たちは揃って難しい顔になった。
「え? え? どうしたのですか?」
「いや、別に大したことじゃないんだけどね。……そっか。そういえばシェリーは配膳とかで忙しいから食堂にいないことも多いのよね」
「パーティ名の決定は非常に難航している。具体的に言うといいのが思いつかない」
「もう『
「だめです。それでは他に示しがつきません」
まあ、『三乙女』を名乗るたびに「四人いるじゃん」とか言われるのは面倒ではある。
毎度それで「あ? 喧嘩売ってんのか? 上等だ表出ろよ」とやるわけにもいかないし。
「もう『四』が縁起悪いとか気にしないほうがいいんじゃない?」
「同意。神話から取るのも諦めたほうがいいかもしれない」
「あまり前の名前から離れると覚えてもらいづらいかもしれないわね」
「決まらないとギルドに届けも出せませんし」
考えるのに疲れてきた俺たちは遠い目をしながら頷きあった。
「……なんだか急に話が進みましたね?」
「諦めたとも言いますけど」
わりとストレートな名前で良ければ案はぽんぽん浮かんでくる。
いくつもの候補があっさりと上がって、
「せっかくだしステラ、あんたが決めなさいよ」
「え? わ、わたしですか?」
「うん。ステラなら適任」
「一番、わたくしたちの姿を俯瞰する位置にありますし」
なかなかの大役な気がするが……。
そういうことならと、俺はしばらく考えてから一つの名前に決めた。
「じゃあ、わたしは『
四人の奏でる旋律であり、一人一人が鋭い槍の如き精鋭──四重奏であり四重槍でもある。そんな意味合いだ。
「ん。おっけー。じゃあ、あたしたちは『三乙女』あらため『四重奏』ね」
「さっそく明日ギルドに変更届を提出しよう」
「それから神殿や各所にも連絡しておかないとね」
ようやく新しい名前が決まってほっと一息。
変更は特に問題なく受理され、俺たちは正式に『四重奏』になった。
これからは『三乙女』のおまけではなく『四重奏』の一員になる。
下手なことはできないと、俺はより一層気合いを入れて。
数日後、北の山が火を吐き出し、周辺の街や村は例外なく騒然となった。
◇ ◇ ◇
山が怒った。
街に噂が広がる中、冒険者ギルドほか各機関は迅速な情報収集を行い、
「山から上がった爆炎による目立った被害は確認されておりません」
ギルド職員は書類を手に俺たちへそう告げた。
「驚いた魔物が活発化し、暴れ出す事例は複数挙がっておりますが、当日現地にいたランク1パーティによって鎮圧済みです」
さすが『冒険者の街』最上位パーティ。
ここでエマが手を挙げて、
「つまり、噴火じゃなかったってことでいい?」
「はい。盛大な音と炎は上がりましたが、溶岩が吐き出されたわけではありません。あくまで直上に炎が吹き上がっただけで、言うなれば巨大なファイアーボールが炸裂したようなものと──」
「ううん。ファイアーボールじゃなくてファイアボルトね」
職員の推測をフレアが訂正する。
ファイアーボールは古代語魔法。爆発する火球を放つエマの得意技だ。
ファイアボルトは精霊魔法。炎の矢または槍を放つもので、拡大して放てば、俺たちがキマイラを焼き殺したみたいな真似も可能だが。
「もしかして、フレアさんには心当たりがおありなのですか?」
職員の問いかけにフレアは「まあね」と頬を掻きながら答えた。
「噴火じゃないって聞いて確信したわ。……今回の件、あたしたちが解決してくるから他のパーティは動かさないでくれない?」
「他でもない『三乙女』、いえ『四重奏』の皆さんであればもちろん信用いたしますが……。原因についてはお教えいただけないのでしょうか?」
「んー。まあその、たぶん火の精霊の仕業なのよ。あたしの知り合いのね」
本当は知り合いというか実の母親だが。
俺たちは前もってフレアからその推測を聞いていた。
『たぶんあれ、ママが退屈して合図してきたんだと思う』
『退屈して……って、あれがただの個人的な連絡なんですか!?』
『うん。ほら、ママってあたしよりノリ軽いから』
『ええ。それはもう、大いに理解したけれど』
『娘への連絡だけであんなことされたらたまったものじゃない』
これは一度、フレアを里帰りさせねばならない。
とはいえあの山はかなりの難所だ。
前に戦ったストーンドラゴン級の魔物がうようよいる場所。
場所によってはサイクロプスやギガントなんかの巨人もいる。
『この街に来る時は麓までママに送ってもらったけど、今回はあたし一人じゃたぶん途中で死んじゃうと思うのよね』
『なら、私達が同行する』
『フレアのお母様にもご挨拶しておきたいしね』
というわけで、怒れる──もとい、退屈している炎の精霊を宥めるため、俺たちは北の山へと挑戦することになった。
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