フレア(5)
「ねえステラ? あの試験って結局どうやってクリアしたわけ?」
「あのゲームには必勝法があるんです。それを知っているか気付ければ勝てますけど、そうでないとほぼ負けてしまうんですよ」
「なにそれ。ズルじゃない?」
「一方的に持ちかけられた話には裏があると思え、という教訓ではないでしょうか?」
裏社会は騙し騙され、実力のない者から脱落していく世界だ。
勉強はできなくてもいいけど頭の回転は早くないと損をし続けることになる。
「そんなふうだからみんなスレてしまうんでしょうけど……」
「うーん。なんとかならないのかしらね、そういうの」
「収入に差があるのはある意味仕方のないことですからね……。領主様が一定のお金を全員にくれる、となったら今度はそれに甘えてしまうでしょうし」
好きでアウトローやってる連中もいるので一概に改善すればいいというわけでもない。
「冒険者自体が荒くれですから仕方ないんじゃないでしょうか」
「んー。あたしはいまいちそういう経験少ないのよね、実は」
「それは、初めての仲間がリーシャさんとエマさんならそうですよ」
『三乙女』にしても『至高の剣』にしても異様に女性比率が高い。
同性で固まりやすいので偏るのはある意味当然だけれど。
「上位のパーティほどお行儀がいいっていうのもありますね」
「ちゃんとした人と話すこともあるもんね」
と、そこで、フレアが足を止めて。
「あ、ここ。ちょっと寄って行きましょ」
とある種類の道具を専門にする店へと俺を誘った。
◇ ◇ ◇
「……ああ、あんたらか。いらっしゃい。話は聞いてるよ」
店内には無愛想な店主一人しかいなかった。
並べられているのは首輪に鎖、鞭、さらにエマがたまに装着しているようないかがわしい形の棒などなど。
要するにいかがわしい道具の店である。
「聞いてるって、さっきの話がもう?」
「この界隈じゃ噂の広がる速さが命だ。今回は重要な情報だったしな」
店主はそこで「それに」と付け加えて。
「あんたらの仲間はうちの常連だ。邪険にはしないさ」
「……エマね」
「エマさんですね……」
これでリーシャだったら俺は世を儚んでしまうかもしれない。
「でも、どうして急にこんなお店に?」
「こんな店とはご挨拶だな」
「いやまあ、あたしもこういうの興味ないわけじゃないし」
言ってフレアが眺めるのは首輪とかそっち系だ。
「ほう。……どっちが使うんだ?」
「女の子にそういうこと聞くなってママから教わらなかった?」
「似合う似合わないやサイズの問題があるだろうが」
「……あ、そっちですか」
展示されている品以外にもいろいろと在庫があるらしい。
「客の情報を売ったりはしないのよね?」
「値段次第だがな。ギルドから『敵対するな』と言われている以上、あんたらの秘密は守るよ」
「そういうことなら。ね、恥ずかしい衣装のオススメってある?」
「ほんとに正面から聞きますね!?」
「だってそのほうが早いし。あと興奮するじゃない」
ああ、これもある種の羞恥プレイか。
「赤い方の嬢ちゃんが着るのか」
「この子のは必要になったら買いに来るわ」
「フレアさん!?」
「そういうことなら、そうだな。ちょっと待ってろ」
店主はいろいろと出してきてくれた。
下着と言うには隠せる面積の少なすぎるものや、本来隠すべき場所が隠れていないもの。
色や幅の違う首輪がいろいろ。
目隠しに口枷、ピアスなんかのアクセサリーまである。
その中に、
「あ、フレアさん。猫耳がありますよ」
「なんで猫耳よ」
「さっき猫耳がどうとか言ってたじゃないですか」
残念ながら耳は赤毛じゃないが、フレアにはなかなか似合いそうだ。
彼女は「ふうん」と小首をかしげてから、俺に囁くようにして。
「あんたが相手してくれるなら買ってもいいわよ」
「わ、わたしですか?」
「……シェリーといろいろしてるくせに、あたしにはしてくれないわけ?」
「わ、わかりました! やればいいんでしょう!?」
俺の言質を取ったフレアはにんまり笑うと、店主に「これとこれとこれと、あとこれもちょうだい」とあっさり表明した。
「あの、わたし、盗まれた時のためにお金ほとんど置いてきてるんですが」
「あたしが持ってるから大丈夫よ」
というわけで、屋敷にさらにいかがわしい道具が増えた。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、ステラ。……みんなが寝た頃になったらあたしの部屋に来なさいね?」
正直、夜になるまで気になって仕方なかった。
言われた通り、就寝時間を過ぎてからそっと部屋を抜け出す。
隠密行動もそれなりには得意だ。
小さな魔法の明かりを頼りに、警備の竜牙兵を素通りして、フレアの部屋の前へ。
そっとノックするとドアがゆっくりと開かれて、
「いらっしゃい、ステラ」
「わっ……!?」
いきなり抱きしめられた。
「ど、どうしたんですか」
「いいじゃない。そういう気分だったの」
そのままキスされて押し倒されるかと思ったが、幸いフレアはすぐに解放してくれた。
……っていうかこれ、もしかしなくても夜這いしてきた構図だよな。
月明かりが照らす部屋の中、フレアは悪戯っぽく笑って、
「どうやってあたしを楽しませてくれるか、考えてくれた?」
「ええと、その、一応は」
こくんと頷いて、
「前にやりたいって言ってましたよね? ……お散歩に行きましょう、フレアさん」
脱いだ服と下着は綺麗に畳んでベッドの上に。
必要最小限しか隠さない、もはや下着と呼んでいいのか怪しいブラとショーツ。
かなりしっかりめの、チョーカーというよりいかにも首輪なそれを、かちっと施錠。
手枷で後ろ手に拘束したら、猫耳をつけて。
「どうですか、フレアさん?」
鏡の前に立たされたフレアはすぐに真っ赤になった。
「ああ。……これ、あたし、こんな恥ずかしい」
息が乱れ、膝が震える。
極度の興奮状態にあるのが丸わかりだ。
それはそうだろう。自由を奪われ、恥ずかしい格好で、しかも、
「わかりますか? わたしはごく普通の寝間着なんですよ?」
「っ」
ぴくん、と、少女の身体が跳ねた。
普段は気の強いフレアが、まるで哀願するように俺を見つめる。
彼女の自由を奪っている。
同時に「もし互いの立場が逆なら」という興奮も覚えて。
「じゃあ、目隠しもしましょうね」
「……はい、ご主人様」
夜、二人きりというシチュエーションが俺の思考までも侵して。
俺はフレアの首に小さな鈴とリードを付けると、部屋の外へと連れ出した。
少女が歩く度に鈴が揺れて小さな音を立てる。
静かな廊下にそれが必要以上に響いて、そのたびにフレアは身を震わせた。
俺は、できるだけ平静を装ってリードを引く。
軽く引っ張ると、腕も視界も封じられた少女は従順に従う。
一歩、一歩。
ゆっくりと、確実に部屋から離れていく。距離感はもう失われているだろう。
自分がどのあたりにいるのかもわからなくなって、そうなるほどに、
「誰かに見つかったら大変ですね?」
「〜〜〜っ!?」
大きく身を震わせたフレアがぺたんとその場に座り込む。
「ごしゅじんさまぁ……」
震えた声。甘えきった様子にさらなる嗜虐心が湧いてきた。
もっと。
フレアなら、どうされたい? 自分がフレアなら、どうされたい?
「フレアさん。……いいえ、フレア? 腕を解いてあげますから、猫は猫らしく、四つん這いになりましょう?」
少女は深く、大きく息を吐いた後、「にゃあ♪」と鳴いた。
拘束を解かれた両手がぺたん、と、床につけられて。
興奮のしすぎで汗をかいている彼女のリードを再び引く。
ゆっくりと。
本当の意味での『お散歩』。
こんなところ、誰かに見られたら本当にまずい。
天才剣士としてのフレアはおしまいだろう。
それでも、いや、だからこそ。
そして。
何歩か歩いたところで、少女は左手、いや前足の一本を後ろに回して、
「こんなところでそんなことしたら危ないですよ、フレア?」
「で、でも、ご主人様……っ」
まずい。二人して深みにハマっている。
このままだと際限がなくなりそうだ。ここはそろそろ引き返すべきか。
思い。俺が踵を返したところで。
身を震わせるフレアの鈴がちりちりと音を立てて。
「そこにいるのは誰ですか!?」
ランタンの明かりが俺とフレアをはっきりと照らした。
「あ」
「っ」
……前に取り決めた通り、フレアの部屋は使用人棟にある。
取り決めた当初、そこはフレアの独り占めだったのだが、その後、とある人物が屋敷に加わったためにそうはいかなくなった。
屋敷唯一のメイドであるシェリーは「やっば」という顔をする俺たちをまじまじと見て、
「へ、変態……っ!?」
「ち、違うんです、これは!」
いや、まあ。
主に変態扱いされたのはフレアのほうで、俺は付き合わされたというかリードを引いていただけで服もちゃんとしてからいいのだが。
ばっちりきっちり、言い逃れできない痴態を見せつけてしまったフレアは。
「〜〜〜っ♪」
ここぞとばかりに、露出狂にとっての興奮のピーク──露出がバレる快感に大きく身を震わせていた。
うん。
身内のシェリーだからフレアの性癖はもう知っているし、その後も大きな問題はなかった。
なかったけど、
「夜のお散歩……。私もフレア様のように、いつか命令されてしまうんでしょうか……?」
シェリーはシェリーでだいぶ性癖歪んでるな、と、あらためて思う俺だった。
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