第三章
ステラ(10)
「ねえステラ、本当に大丈夫なんでしょうね?」
「心配ないですよ。わたし、こう見えてけっこう性格すさんでるので」
「まあ、見た目の割に言葉遣い適当なのは知ってるけどさ」
俺──ステラは今でこそ金髪に翠の瞳の美少女、外見年齢はようやく幼さが薄くなってきた感じだが、元は二十歳を超えた平凡な男だった。
有名冒険者パーティ『
そうして、元の身分を隠して再び元の鞘に収まり、今に至る。
ステラは俺の理想が詰まった姿。
仲間たちの教えを受けすくすくと成長する、万能の『勇者』候補。
今日はオフなので身軽な服装だが、可愛いと仲間からも評判の容姿は十分に人の目を集めている。
腰には見るからに上等とわかる剣。
この地を治める伯爵家の宝──使い手の意思に応じて自在に重さを変える魔剣がある。
そんな俺は、仲間の一人であるフレアと一緒に『冒険者の街』の裏通りを歩いていた。
「あたしたちみたいな可愛い子がこういうところ歩いてると危ないじゃない?」
「自分で言うのはさすがにどうかと思います」
フレアは紅の髪と瞳を持つ美少女だ。
もうちょっと成長したら美女と言ったほうがよくなるかもしれない。
気の強そうな瞳や控えめな胸は好みの分かれるところだろうが、見た目が整っているのは間違いない。
彼女は剣士兼精霊使い。
親しい相手以外には秘密ではあるものの、その出自は精霊と人間の間に生まれた『半精霊』だ。
「心配しなくても、わたしたち二人ならなにかあっても勝てますよ」
「まあね。あたしたちより強い奴なんてそうそういないし」
フレアの剣の腕は一流。
格闘術もかなりのレベルで習得しており、その腕力はそのへんの力自慢を大きく上回る。
そのうえ精霊としての自分の力を精霊魔法を介して操れるのだからそのへんのチンピラじゃ相手にならない。
俺もそのフレアから戦いの技術を教わっているため、中堅PTのメイン戦士に引けを取らないくらいの腕はある。
「それにしても、この辺はほんとごちゃごちゃしてるわね」
「懐に余裕のない人が多いとどうしてもそうなりますよね」
『冒険者の街』はその名の通り冒険者の多い街だ。
伯爵家や冒険者ギルド、衛兵隊などが治安維持に努めているものの、どうしても柄の悪い人間が普通よりも多くなりやすい。
また、冒険者崩れのごろつきや金に困った者なんかもいるので──奥のほうへ行くと身なりの悪い者が多く、ゴミの散乱する区域もある。
普段はこういったところには立ち入らない。
家を探すのにあちこち当たった時もここは最初から論外とされていたのだが、
「盗賊ギルドってのはどうしてこう変なところにあるのかしら」
「あんまり大きな声で言えないこともしてるからでしょうね」
そう。
俺たちがここに来たのは盗賊ギルドに用があるからだ。
俺たち『三乙女』のライバルパーティ『至高の剣』。
当初は敵視されていたところもあったものの、この前の冒険で仲良くなり、そこの盗賊から紹介状を書いてもらった。
どうせなら盗賊ギルドにも所属しておくといい、と。
街中で悪さをする気がないなら別に必須ではないが、どうせなら登録しておくかとやってきたわけだ。
同行することになったのはフレア一人。
他に二人の仲間と一人の使用人がいるが彼女たちは留守番。
魔術師のエマは腕っぷしはからきしだし、神官のリーシャはお嬢様なのでこういうところには向かない。
フレアならチンピラに絡まれてもぶん殴って撃退できるのでまあ平気だろう。
「で、ギルドってどこにあるわけ?」
「それを誰かに聞かないといけませんね」
さらっと答えると、フレアが脇を小突いてきて、
「あんた知ってるんでしょ、クライス?」
「前の名前で呼ばないでください。知ってますけど、わたしが知ってたら不自然じゃないですか」
まあ、紹介状があるんだからついでに場所を聞いておけばよかったという説はあるが、こういうのには手順というものがある。
「ギルドの場所を『突き止められる』かどうかも含めて 加入の審査なんですよ」
ギルド員からの紹介なら審査はほぼパスできるが、ここは敢えて正規の手順を踏んでおく。
「盗賊ギルドに行きたいんですが、場所を知りませんか?」
俺はその辺の奴を適当に捕まえてそう質問した。
返答は「知らねえな」。「そうですか」と頷いて別の人にあたる。
そんなことを何度か繰り返して、
「盗賊ギルドに行きたいんだって? 俺たちが案内してやるよ」
俺とフレアの前に四人の少年が現れた。
身なりのよろしくない、いわゆるストリートキッズ。日雇いの仕事、あるいは『盗み』で食いつないでいるような連中だ。
「……ね、大丈夫なのこいつら?」
「……あまり歓迎されてないかもしれませんね、これは」
小声でフレアに答えてから「お願いできますか?」と笑顔で答える。
俺たちの見た目に若干頬を赤くした彼らは「こっちだぜ」と歩き出す。
方向が違うとでも言うように、軽くぶつかるようにして俺の横を通り、
「今盗った財布、返してもらえますか?」
「……なんのことだ?」
まさか即座に咎められるとは思わなかったのか、リーダー格の少年が額に汗して振り返った。
「わたしの財布にはちょっとしたマジックアイテムが入っています。ここで探知の魔法をかければ光るはずですが、やってよろしいですか?」
ついでに地母神の聖印を見せてやる。
地母神は善神の中でも一番の穏健派。女子供に優しいことでも有名ではあるが、自然を穢す者や盗人には優しくない。
畑を食い荒らす獣は駆除されても仕方ないのと同じように、人の物を盗る輩には説教あるいは罰を与える。
にっこり。
威圧された彼は「……ほらよ」と俺の財布を投げ返してきた。
ちなみに中身はほぼ抜いて軽くしてあるし、マジックアイテムなんて本当は入っていない。
俺は別に携帯していた紹介状を取り出して、
「ギルド員からの紹介なんですが、『本当の』ギルドの場所に案内していただけますか?」
「……くそっ。なんだよ、カモだと思ったのに。こいつら見た目がいいだけの雌猫じゃねえか」
「失礼ね。今は猫耳なんて付けてないわよ」
「そういうことじゃなくてですね」
裏の流儀を知ってる女、という意味だ。
少年はめちゃくちゃ面倒くさそうに俺たちを再度案内し始める。
方向は、彼が最初に向かおうとしたのと真逆だった。
◇ ◇ ◇
「悪かったな。ガキ共が悪さをしちまったみたいで」
「まさか、副ギルド長様が直々にお相手してくださるとは思いませんでした」
「え。副ギルド長って、めちゃくちゃ偉い人じゃない」
久しぶりに来た盗賊ギルド。
一見してそうとわからない入り口になっているものの、中に入ると広い。
そのギルドの、昔の俺でさえほとんど立ち入ったことのない奥へ案内されて、ほとんど会ったことのない副ギルド長に応対された。
「紹介状は読ませてもらった。確かに本物だな」
「では、わたしの加入を認めていただけますか?」
「ああ、試験に合格したらな」
そう来るか。
ギルドの場所を見つけるのはあくまで「試験の一つ」。
人となりを見極める試験、定番はいくつかあるが、
「ここに十二枚のコインがある」
テーブルに小銭を並べる副ギルド長。
「俺とお前で交互にコインを取っていく。一枚から三枚までの好きな枚数だ。パスはできない。相手に最後の一枚を取らせたほうが勝ち」
「先行はどちらが?」
「お前さんにくれてやる」
俺は迷わず「では三枚」と答えた。
副ギルド長はくくっと笑って、
「知ってたか」
「このゲームは先手が奇数枚で返し続ける限り絶対に勝てるようになっています。初手で三枚取るのは『強欲に生きよ』という教えですね」
「ちなみに初期枚数が十枚だったら?」
「一枚だけ取って謙虚さを示すのが正解です」
「正解だ」
はあ、と、ため息。
「お前達『三乙女』に楯突く気はねえよ。ギルドに神殿、学院、伯爵家まで揃っていやがる」
「末端には指示が行き届いていませんでしたが」
「あいつらには後でお仕置きが必要だな。もしあんたらに傷でも付けてたら貴族様と全面戦争になってたかもしれねえ」
俺は無事、その場で真新しい『ギルド員の証』を受け取った。
その様子を見ていたフレアがはあ、と感心して、
「ステラ。あんたってひょっとしてけっこう頭良かったの?」
「フレアさんはわたしのことをなんだと思ってたんですか……?」
この一件以来、俺たちは街の裏通りを歩いても絶対にチンピラに絡まれなくなった。
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