帰還
『双子の迷宮』を攻略した報酬はまたしてもかなりの高額になった。
迷宮二つの無力化、コアの回収、手つかずの財宝──二パーティで分けてもなお、普通のパーティなら「俺たちの冒険はここまでだ」と満足して終わりそうな金額。
「みなさんといると金銭感覚がおかしくなりそうです……」
「なに言ってるのよ。装備の更新費用だっているんだし、腕利きは強い敵とばかりやらされるんだからこれくらい当然よ?」
「それはそうなんですが」
俺とフレアは十分なレベルの剣を持っているし、リーシャの銃もずっと使っていける代物。エマは最悪杖がなくても十分な魔法の腕がある。
やられる前にやれ、がモットーの俺たちは防具も薄めだから装備代がそんなにかからない。
「防御の魔法がかかった装飾品でも買いましょうか」
「それはいい心がけだね。君達は真正面からの戦いに弱そうだ」
「あなたがたは逆に搦め手を覚えるべきだと思いますけれど……」
リーシャに言われたアルフレッドは「これは手厳しいな」と笑った。
「しかし、君達に逆転するチャンスを逃してしまったな」
「そう簡単にランクは上がらせないわよ。……って、そういえば二位との差ってどうなのかしら?」
ギルドスタッフのほうを振り返るフレアだったが、返ってきたのは無情な回答。
「『三乙女』様と二位のパーティとの差は残念ながらまだだいぶございます」
「そっかあ。……トップへの道のりはなかなか険しいわね」
「仕方ない。一位と二位は別格」
「そういえば、街を留守にしていることも多いですよね?」
噂は聞くが、あまり姿を見た記憶がない。
「両パーティには積極的な魔物駆除を依頼しております。森の奥や山間部に赴いていただくこと、迷宮の深部に進んでいただくことも多くありますので……」
「ばんばん点数を稼いでるってわけね。そりゃなかなか追いつけないわ」
まあ、俺たちは俺たちのペースでやればいい。
今日のところは土産話を持って屋敷に帰ることにした。
◇ ◇ ◇
「お帰りなさいませ、みなさま。お待ちしておりました」
「ただいま、シェリー。留守中は変わりなかったかしら?」
「はい。侵入者は一人もおりませんでした」
まあ、そうそう侵入されても困るのだが。
もし誰か入ってきても、
「夕食の支度ができております。お風呂とお食事、どちらを先になさいますか?」
「シェリーさん、わたしたちの帰りがわかってたんですか?」
「門の衛兵に心付けをして帰還を知らせていただきましたので」
「さすが、シェリーは仕事のできる女」
これは別に癒着とかズルというわけではない。
暇な下っ端を伝令に有効活用するだけ。通しちゃいけない奴を通すとかそういうのとはわけが違う。
俺たち高ランク冒険者は街の防衛の一端を担う存在なので持ちつ持たれつである。
俺たちは風呂に入って冒険中の汗や汚れを落としてからシェリー特製の温かい夕食に舌鼓を打った。
「お味はいかがですか?」
「最高よ。まだそんなに経ってないのに、シェリーの料理を食べるとほっとするのよね」
「ふふっ。フレア様、それはさすがに褒めすぎです」
「ほんとだってば。あたし、家庭的な料理ってほとんど食べたことなかったのよ。こっちに来てからも宿暮らしだったし」
「街に来る前って、フレアさんはどんな食事してたんですか?」
「ん? 焼いた肉とか、焼いた肉とか、焼いた肉とか?」
焼いた肉しか食べてねえ。
「フレアの胸が成長しなかったのは栄養バランスのせい」
「ちゃんと身体は丈夫に育ったじゃない! そもそも、あたしってママのそばにいればお腹減らないのよ」
精霊は食事をしない。
火の精霊なら火のあるところ、水の精霊なら水のあるところにいる限り、エネルギーをそこから得られる。
精霊である母から精霊としてのエネルギーを受け取ることで飲食の代わりにしていたらしい。
「あたしって『火のないところでも死なない火の精霊』だから、あたしがいればママも死なないのよ。で、たまに山を散歩して適当な獲物を狩って、焼いて食べてたわけ」
「フレア。お母様はいま一人で平気なの?」
「大丈夫よ。山の地下に火の力が強いところがあってね。そこでのんびりしてるから」
北の山脈か。
そんなところに住んでいたっていうのが驚きだが、まあ、その母親と一緒なら魔物はどうとでもなったのだろう。
「フレアさんのお母さんが討伐されないかどうかが心配ですね」
「大丈夫でしょ。さすがにあんなところまで行く冒険者はそうそういないし、いてもママは人間の言葉話せるから」
人間と子供を作るくらいだ。別に敵対する気もない。話し合ってお帰り願うか、そうでなければ「火の力の強い場所で火の精霊と殺し合い」だ。
それこそ一位、二位のパーティでもできるだけ避けるんじゃないだろうか。
「まあでも、そのうち帰ってあげないとね。一人で退屈してそうだし」
「そうですね。会えるなら会っておいたほうがいいと思います」
「……そうですよね。ステラ様は記憶を亡くされていますから、家族の記憶もお持ちではないのですよね?」
家出同然に飛び出してきた実家を思い出しつつ言ったら、シェリーに悲しい顔をされてしまった。
……そういやそんな設定だった。
いや、忘れていたわけではないが、最近あまり使う機会がないのでスルーしていた。
フレアがそれに気づいて「言っちゃおうかしら」という顔をするので「絶対にやめろ」と目で止める。
「べ、別に大したことじゃありません。わたしにはみなさんがいますから」
「……ステラ様」
感動したように目を潤ませる年上メイド。
「うん。ステラはどこかの遺跡に封印されていた古代人疑惑もあるし、あんまり考えても仕方ないかもしれない」
「わたし、いつの間にかそんな可能性まで出てたんですか!?」
「だって、古代の遺物に次々反応するし。そのほうが説明しやすい」
確かに。
「きっと師匠も喜ぶ。そのうち紹介したい」
「そういうことを言っていると近いうちにお会い出来そうな気がしてきますね……」
「ステラさんはどこか波乱万丈の運命を招いている節がありますものね」
この「言うと招く」的な状況は俺のせいなのか? ……絶対に違うと言い切れないのがまた困るな。
「心配しなくてもステラのことは私たちが守る。それにギルドや学院もステラの味方」
「神殿と伯爵家もついております。安心してくださいね、ステラさん」
「みなさん……。本当にありがとうございます」
温かい気持ちで感謝しつつ、「大きな悪の組織にでも狙われるのか?」と思う俺だった。ないとは言い切れないのが怖い。
フレアも「そうよ、ステラ」と真面目な顔をして。
「また大金が入ったからって隠居しようとか許さないんだから。あんたにはまだまだ、あたしたちと冒険してもらうわ」
「そろそろ『
「『四乙女』にする? でも、四は少し縁起が悪いわね。神話か歴史を紐解いて良い名前を探しましょうか」
「え、あの。わたしのためにパーティの名前を変えるなんて」
『三乙女』は『三乙女』だ。
メンバーが増えようと設立メンバーは別格でいいと思うのだが。
「なに言ってんのよ。あんたも立派なあたしたちの一員。そう言ってるじゃない」
「……フレアさん」
ただの雑用係だった俺が出世したものだ。
フレアたちと一緒に戦って、金を稼いで、メンバーとして認めてもらえるまでになった。
あまり謙遜しすぎるのも嫌味になる。
なら、
「新しい名前を覚えてもらえるように、ますます頑張らないといけませんね」
俺は拳を握って答えた。
「その意気よ」
「魔剣の勇者がいれば良い宣伝になる」
「わたくしたちの活躍が後世に語り継がれることもあるかもしれませんね」
「微力ながらお手伝いいたします、ステラ様」
またしばらくは屋敷でゆっくり過ごせそうだ。
とりあえず魔道具店にでも通うとするか。学院と、懇意にしている商家にも。
指輪か、腕輪か、アンクレットか。良さそうな魔道具を見繕って。
……そんな、しばしの休息はまたしても、降って湧いたようなトラブルによって終わりを告げるのだが。
そのことをまだ、この時の俺は知らなかった。
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