双子の遺跡(1)
『冒険者の街』の周辺にはいくつも古代魔法王国期の遺跡がある。
『最も古き迷宮』の存在を見てもわかるように、おそらく当時栄えていた地域だったんだろう。だから、今でも新しい迷宮が見つかることがある。
「で、ここがその新しい遺跡ってわけね」
俺たちは今、平原を歩くこと一日の距離にある遺跡を前にしている。
入口は地面を掘り進めただけの簡素なもの。
地道な魔力感知によっておおよその位置を突き止め、掘って掘って本来の入り口へと繋げたわけだ。
そして、遺跡の調査はギルドへと依頼が出されて、
「『至高の剣』が調査に向かうとはなかなかの難所」
アルフレッドたちが調査に来ていたらしい。
「それにしても、珍しい話ね。……まさか、双子の遺跡だなんて」
ここからだと遠すぎて見えないが、ここから少し離れた場所にもう一つ、似たような入り口がある。
そっちが繋がっているのもやはり遺跡で。
「ここと向こう、両方の遺跡を攻略しないと無力化できないなんて、大変ですよね」
◇ ◇ ◇
話は『至高の剣』に声をかけられた後に遡る。
俺たちはアルフレッドたちが拠点にしている酒場へと場所を移した。
俺たちの定宿よりもさらに上等な宿(兼酒場)。
仲間の女たちを守るためということらしいが、なんというか金は大丈夫か。いや、俺たち同様金には困っていないんだろう。
とりあえず席についたら思い思いに注文を済ませて、
「あれ? あなたたちお酒は?」
「飲まないわよ。家に帰ればご飯が待ってるんだから、食べ過ぎも飲み過ぎも禁止」
「ああ、家を買ったらしいね。おめでとう。帰る家があるというのもいいものだろうな」
強めの蒸留酒と魚の香味揚げを注文したアルフレッドが嫌味のない調子で言ってくれる。
これに向こうの女性陣(残り三人は全員女のハーレムパーティだ。もげろ)は「じゃあ私たちもそろそろ」的な視線をリーダーに送る。
まあ、女たちを守るならそれが一番いいだろう。……問題はそれをやるとまず間違いなく既成事実を作られることだ。
って、俺はなんで女の思考をトレースしているのか。
ともあれ、リーダーであるアルフレッドは仲間の視線を無視、あるいは気付かないままに笑顔を浮かべて、
「竜のスケルトンを倒した話も聞いたよ。おめでとう。それからステラは魔剣の入手と、地母神様への入信もおめでとう。……ははっ。なんだかおめでとうと言う事が多すぎるな」
「そう思うなら食事くらい奢ってくれても構わない」
「確かにそうだね。よし。じゃあ今日の支払いは僕が持とう」
「言ったわね? じゃああたしもそいつと同じ酒ちょうだい。つまみは──とりあえず同じのでいいわ。辛いの多めで!」
「私はエール。つまみは鶏のグリル」
奢りの宣言が出た途端にあれこれ頼み始めるフレアとエマ。おい、家に帰って晩飯を食べるんじゃなかったのか。
これにはイケメンも頬を引きつらせて、
「いいのかい? ……いや、もちろんどれだけ注文してもらって構わないんだが」
「別にいいわよ。宿の人にでも頼んでシェリーに伝言してもらいましょ」
手間賃さえ払えばその手の仕事を引き受けてくれる宿は多い。俺たちが利用していたところは少数精鋭だったので人手の都合で断られることもあったが。
無事に伝言は引き受けてもらえたのでじきにシェリーには伝わるだろう。
もし彼女の手が空いていた場合、こっちに合流してアルフレッドの支払いはさらに増えることになる。
「そういうことなら、わたしたちも頼みましょうか、リーシャさん?」
「そうですね。冒険者たるもの、食べられる時に食べておきませんと」
タダ飯とタダ酒は遠慮なく、相手の財布を空にするつもりで望むべし。その日暮らしの冒険者、その鉄則である。
俺たちまで遠慮を投げ捨てて注文を始めると、アルフレッドは諦めたように笑みを浮かべた。
届けられた蒸留酒を舐めるように口にして、
「それにしても、ステラ。君なら至高神様も快く啓示を授けてくれただろうに。少し残念だよ」
「ありがとうございます。でも、わたしには地母神さまの教えが合っていますので」
神殿の人々と話をしてみるとそれをさらに強く実感した。リーシャをはじめ、地母神信仰の聖職者はおおらかな人間が多い。
「至高神の聖職者って偉そうな奴が多くて面倒なのよねー。ステラがあんなふうになったらさすがに嫌だわ」
「あいつら融通がきかなくて鬱陶しい」
「……ははは。まあ、あまり強く否定はできないけれど、そのくらいにしておいて欲しいな」
至高神の教義は『正義』。
正しいことをなせ、という教えが行き過ぎて「俺が正義だ」になっている場合はけっこうある。
アルフレッドはその点、誠実かつ実直なタイプなので好感が持てるが。
女三人侍らせてるのは果たして正しいと言えるのか。
「それで、アルフレッドさん。お話というのは?」
「ああ、そうだった。君たちにとある遺跡攻略を手伝って欲しいんだ」
「遺跡? あんたたち最近そっちやってたんだ?」
「新しく発見された遺跡でね。腕の立つ冒険者が必要だった。それで、長期戦覚悟の攻略をしていたんだ」
それであんなにボロボロだったわけだ。
「新しく見つかった遺跡はかなり危険。なにしろ情報がない」
罠の位置も種類もわからない。遺跡の構造から一つずつ記録していかないといけない。出てくる魔物の種類もわからない。
『至高の剣』でも決して楽な作業ではない。
「ですが、あなたたちが腰を据えて攻略しても中心を押さえられなかったと?」
「いや。僕達は確かに一度、最奥の守護者を倒した。何度も何度も挑戦して、少しずつ情報を集めて、ようやくね」
そこで彼は腰の剣を見て、
「せめて敵がアンデッドなら戦いやすかったんだけど」
「『聖剣』は他の敵相手では並の魔剣と変わりませんものね」
俺も詳しくは知らなかったのだが、アルフレッドの剣は古代魔法王国期の遺跡から発見された『聖剣』だ。
発見されたのがその遺跡だっただけで、まず間違いなく、造られたのはもっと古い。
下手をしたら神代まで遡る由緒正しい代物で、アンデッド相手にはその聖なる力によって絶大な威力を誇る。
それがなかったら切れ味が鋭く、使い手に実力以上の腕を与える壊れない剣というだけだ。……いや、それだけでも十分に凄いが。
アンデッド特攻がなければ重量可変の効果がある分、俺の使っている伯爵家の魔剣のほうが強い。
「本当にね。互いの案件を交換できたら良かったと思うよ」
実際には、俺たちの案件は伯爵家絡みだったのでアルフレッドたちが代わりになることはできなかった。
「問題はここからだ。……守護者を倒した途端、遺跡に『別の遺跡から』魔力が供給され、罠と魔物の復元が高速で開始された」
「! 別の遺跡と機能が同期していたということ?」
「ああ。急いで核を破壊しようとしたものの、守護者の復元が開始されたことで防衛機能も復活し、完全破壊には至らなかった」
「さっさと逃げないともう一回全部の障害をくぐり抜けることになるものね。そりゃ落ち着いてる場合じゃないわ」
この顛末の副産物として、彼らは『隣接したもう一つの遺跡』の存在に気づいた。
「おそらく片方だけを攻略しても、もう片方が魔力を注いで元に戻してしまう仕組みなんだろう。僕達はこれを仮に『双子の遺跡』と呼ぶことにした」
「……なるほど。それで、わたくしたちを」
「ああ。二箇所を同時に攻略し、魔力を削っていけば復元機能も抑え込めるはずだ。だから」
アルフレッドはぐいっと酒坏を煽って、
「共同戦線を張りたい。君達なら信頼もおけるし、戦力としても十分だ。……どうかな?」
もちろん報酬は山分け。
ギルドからは新しい遺跡の調査量+攻略報酬も約束されたため、俺たちと『至高の剣』で報酬の総額を折半にする。
……となれば、断る理由なんて俺たちにはなかった。
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