平原ふたたび

 でっぷりと太った豚が二足歩行しているような魔物。

 人間よりも一回り大きく、体格は二回り以上も太い。体系上、武器は斧や棍棒を好むが、子供のウエスト程に太い腕はぶっちゃけそのままぶん殴るだけでもかなりやばい。

 オーク。

 ゴブリン同様、女を好む魔物の群れ。総数は十を少し超えた程度か。


「やだやだ。こいつら鬱陶しい割に大した金にならないのよね」

「金目の物を持ってないし、高く売れる部位もない」

「ですが、放っておけば犠牲者が増えることになります」

「はい! 返り討ちにしてしまいましょう!」


 そろそろ冒険に出ようか、ということで再び草原にやってきた俺たち。

 『三乙女』に再加入して間もなかった頃に比べると、俺もだいぶ動けるようになった。オークはそれを確かめるのにちょうどいい。


「雑魚だし、なるべく魔法は節約する。《スリープクラウド》」

「フレア、ステラさん。銃で援護します」

「おっけ! じゃ、ステラ、油断するんじゃないわよ!」

「はいっ!」


 エマの魔法が四体ほどを眠らせ、リーシャの銃が矢継ぎ早に光を放つ。

 俺とフレアは剣を抜くと、それぞれ別のオークへと挑みかかった。


「ほらほら、遅いわよ!」


 迎撃に転じようとする敵をあざ笑うように急接近から腕を斬り落とすフレア。

 さすが、やっぱり剣の腕ではまだまだ勝てる気がしない。

 だが、


「わたしだって!」


 魔剣の重さを調節することで素早く持ち上げ、重量を戻しながら心臓へと突き入れる。

 業物の刃は見事に敵を貫き、引き抜く際にも抵抗を生まない。

 吹き出した鮮血はそいつの命がもう長くないことを如実に示している。


「次!」

「こっちもです!」


 本来、オークも並の冒険者なら同数相手で苦戦するレベルなのだが。

 一体一体にかまけて周りが見えなくなりさえしなければ、俺たちの敵じゃない。


「……これは、援護いらなかったかも」

「横着は駄目よ、エマ。連携を確認する意味もあるんだから」


 十体以上いた魔物はほんの数分のうちにすべてが倒れ伏し、俺の魔剣によって左耳を切り取られた。


「なんか、ステラに雑用させるのも違う気がしてきたわねー」


 切った耳をまとめて袋に放り込んでいると、フレアが血糊を拭き取りながら言う。


「なに言ってるんですか。わたしが一番下っ端なんですから雑用するのは当たり前です」

「でもさ、あんた例えばあのアルフレッドがうちに入ってきたとしたら雑用させる?」


 あいつが『三乙女』に入るところは想像できないが、


「させます」

「させるんだ」

「下っ端なら当然じゃないですか。それはまあ、新人じゃなくて助っ人っていうことなら話は変わると思いますけど」


 どうでもいい話はともかく。


「大変になるようなら、そのうちもう一人増やしてもいいかも」

「パーティの適性人数は五、六人と言われているものね」


 前衛二人に盗賊、魔法使い、神官、精霊使いを揃えようと思うとそのくらいになる。

 兼業可能な人材は少ない。

 四人しかいないのに各魔法の使い手が二人ずついるうえ、リーシャが中距離攻撃可能なこのパーティがおかしいのだ。

 とはいえ、持てる荷物の量とか雑用の分担という意味で人手はあったほうがいい。


「んー。っても、下手に入れるとバランス崩れそうよね」

「わたしのことは入れてくれたのに、ですか?」


 と尋ねると「あんたは特別」と小突かれた。

 ……うん、まあ、俺もこのパーティに人を増やすのはあまり嬉しくないのだが。


「必要ならシェリーを引っ張ってくればいい」

「ああ、それはいいわね。あの子ならある程度自衛もできるし」

「それ屋敷のほうが手薄にならない?」

「でも、わたしたちとうまくやれる冒険者を探すよりは、メイドさんを増やすほうが簡単かもしれません」


 というか伯爵家にお願いしたら貸してくれそうな気もする。


「ま、その辺はおいおい考えましょ。今日のところはもう一働きして行きましょうか」

「賛成」

「ええ。でも、この死体を供養してからね」


 リーシャの奇跡がオークたちの死体を浄化、土に返していく。


「魔物に手厚くしてやらなくてもいい気もするんだけど」

「アンデッド化を防ぐためにも必要な措置よ。それに、死者に人も魔物もないわ」


 俺はまだそこまで平等に考えられないが。






「……供養していない死体があるとこうなるわけですね」


 しばしの索敵の後、俺たちが出会ったのはずばり、アンデッド化した魔物だった。

 獣に食われたかすべて腐り落ちたか、肉は残っていない。

 元になった魔物はゴブリンにオーク、それに人食い狼といったところか。


「まったくもう。供養できないならせめて燃やしときなさいよ」

「まあ、骨が残るとどのみち『こうなる』可能性はあるけど」


 火にもある程度の清め効果があるのでアンデッド化はしづらくなる。肉を燃やした後で骨を砕いておくとなお良しだ。

 それはともかく。


「スケルトンはほんとに、まったく、これっぽっちも金にならないのよね」

「しょうがないからさっさとぶん殴って済ませたい」

「待って。……ステラさん、あれを試してみませんか?」

「あれ? ……あ、あれですね」


 俺は「わかりました」と頷くと、剣を鞘へと収めた。

 代わりに手にするのは聖印。

 両手で握り、地母神へと祈りを捧げる。


「心優しき我らが母よ、どうかこの者たちに安息を与え給え」


 《死者退散ターンアンデッド》。

 生まれた光がアンデッドの群れを包み込み、そのうち半数弱を消滅させていく。

 残った敵のうち、なんの影響も受けなかった奴はフレアがぱかぱか破壊して、光から逃れようと背を向けた奴はリーシャが銃で頭部を撃ち抜いた。


 戦闘終了。


「……あっけないものですね」


 俺も冒険中に死んだら、こんな風にアンデッドになって、あっさり冒険者に退治されたりするんだろうか。

 せめて魔剣だけは伯爵家に返したいものだが、


「おめでとうございます、ステラさん!」

「わっ」


 柔らかな感触に思考が中断され、俺は抱きついてきたリーシャのぶんも含めて自身の身体を支えた。

 それからようやく感慨が湧いてきて。


「そっか。わたし、《死者退散》に成功したんですね」


 あの程度の相手に抵抗されているようではまだまだ未熟だが、


「ええ。これならもう、基礎的な奇跡は扱えそうですね」

「すごいじゃないステラ。これなら次、アンデッド軍団と戦う時はもうちょっと楽できるわね」

「古代語魔法と精霊魔法、それに神の奇跡。これなら十分、勇者を名乗れる」

「……勇者、ですか。わたしが……」


 正直、まだぴんと来ない。

 けど、種類の違う魔法をすべて扱えるというだけで稀有な才能なのはわかる。

 フレアたちに追いつこうと必死だったけれど、この力は。


「この力は、私利私欲のためだけに使わないようにしないといけませんね」


 別に世のため人のため、無償奉仕をしようなんていう気はないが。

 人のためになることをして金がもらえるなら、人の嫌がることをして生きるよりずっと良い。

 何より、英雄にはずっと憧れてきた。


「そうね。冒険者だって、こうやって未来の犠牲者を減らしてるんだもの」

「私たちなりに人助けしていけばいい」

「はいっ!」


 俺たちは帰り道でさらに一組の魔物に襲われ、これを撃退、冒険者ギルドでいくらかの金を受け取って、


「ああ、ちょうど良かった。君達『三乙女』に頼みがあるんだ。少し、話を聞いてもらえないかな?」


 なんだか妙にぼろぼろになった『至高の剣』──魔物討伐中にも話題に上がった聖剣士アルフレッドのパーティに声をかけられた。

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