エマ(5)

 屋敷に住むようになって一人部屋になり、リーシャに抱きしめられながら眠ることもなくなった。

 気楽になった一方で少し寂しいような。

 ともあれ、新しいベッドはふかふかで、安眠もしやすい。


 だからだろうか。


 夜の間に眼前に浮かんだらしい新しい『秘蹟ミスティカ』に俺は朝まで気づかなかった。


『精霊の娘 ランク:C(A)

 あなたの魔力を+1(+3)する』


 俺は「3つ目!?」と驚いたのもつかの間、その内容に「……うん?」と首を傾げて、


「あー。これ、あたしの『秘蹟』ね」


 朝食の席にてフレアがあっさりとその疑問を解いてくれた。

 引っ越してきてからの食事はとりあえずシェリーが担当してくれている。普通、メイドは料理をしないのだが、彼女は「こんなこともあろうかと」一通り学んでいたらしい。

 おかげで好きなものを好きなように注文することはできなくなった代わりに、栄養のバランスが取れ、酒場の濃い目の味付けからも解放。

 たまに食べるならともかく、普段の食事はこのほうが良いかもしれない。


「でも、どうしてフレアさんの『秘蹟』がわたしに?」

「『憧憬の学び』の効果ではないでしょうか。ステラさんがフレアと親しくなったことで、その『秘蹟』も学び取ったと」

「だとしたらとんでもない効果」


 まったくだ。

 他人の『秘蹟』までコピーできるとかもはやズルの領域である。

 まあ、そのために相手の性癖まで知って、それに付き合わないといけないようだが。


「えっと、この『秘蹟』は本来Aランクだけど、わたしは部分的に写し取ったのでCランクっていうことですよね?」

「たぶんね。ほら、あたしの」


 ランクと魔力の上昇値以外は同じ『秘蹟』をフレアが見せてくれた。


「でもこれ、『精霊の子』って……。わたしにも精霊に近づいたってことなんでしょうか?」

「さあ」


 いや、さあって。


「こんな例、めったにないだろうしわかんないわよ。っていうかステラが精霊になったとして、なんの精霊になるのって話だし」

「素直に考えれば火の精霊だと思うけれど」

「可愛いの精霊とかのほうが似合う」


 概念の精霊は存在しないだろう。いやまあ、時間の精霊とかは「もしかしたら存在するんじゃないか」とは言われてるんだが。


「とりあえず、あたしの感覚じゃよくわかんないわね。あんたの中にいる生命の精霊と感覚が混ざっちゃってるのかも」

「とりあえず保留」

「ひとまず、魔力が増えたとだけ思っておけばいいと思ういます」

「わかりました。……でも、魔力が増えるだけって微妙ですね?」


 つい思ったことを口にすると、フレアは「はあ?」と語調を荒げた。


「んなわけないでしょ。魔法使える回数に直結するのよ?」

「私でも魔力は35しかない。超一流の魔法使いでも、+3されたら1割近く増えることになる」


 35は絶対「しか」じゃないし、むしろ超一流を自称しても「そうだろうな」としか言えない数値だが。

 確かにそう言われると+3は、というか+1でもなかなか馬鹿にはできないか。


「ま、あたしの『秘蹟』はこれだけじゃないけどね?」

「私も似たような『秘蹟』で魔力+3されてる。35はそれ込みの数値」

「わたくしも魔力+3の『秘蹟』を持っています」

「ひょっとして魔力+3ってありふれた『秘蹟』なんですか?」


 三人はそこで顔を見合わせて、


「一流以上の冒険者の中では比較的ありふれている」

「効果が同じで由来の異なるものが複数あるので目にしやすいのでしょうね」


 なるほど、それくらい持っていないと一流冒険者にはなれないってわけか。

 ……『秘蹟』なしで長年頑張っていた俺はほんと報われないな。いや、報われたからこうなっているんだが。


「あれよね。これ、あたしともっと仲良くなれば+3までいくんじゃない?」

「私たちの『秘蹟』もきっとコピーできる」

「そうなったら合計で+9を目指せますね」


 ちなみに俺のステータスは平均20に到達している。9もプラスされたらフレアたちとほぼ変わらない魔力量だ。

 エマはふむ、と、なにか思案するようにして、


「そうと決まれば私とももっと仲良くなってもらわないと」

「あ、ずるいわエマ。わたくしもステラさんとお話したいのに」

「フレアの次は私の番。リーシャは今までホームにいたんだから少しくらい譲って欲しい」


 もちろん彼女たちのことをもっと知るのはやぶさかではないが、


「エマさん? ちょっと目が怖いんですが」

「大丈夫、悪いようにはしない。フレアとそんなに『仲良く』なったなら、私の趣味ももっと深く知ってもらうだけ」

「けっこういろいろ教わった気がするんですけど!?」


 エログッズを並べて見せられたのはなかなかだったのに、まだ先があるというのか。



    ◇    ◇    ◇



「というわけで、私のグッズを実際に使ってもらおうと」

「丁重にお断りします」


 元が当主の仕事部屋のため、あまり女の部屋っぽくはないエマの部屋。

 荷物こそ移動しているものの、まだ片付けきれていないその部屋で、漆黒の髪と瞳を持つ美女はきょとんと立ち尽くした。


「でも、あとあとのために知っておいたほうがいい。むしろ置き場所があるんだからステラも買うべき」

「どんな『あとあと』ですか」

「フレアとかリーシャとか、あとシェリーとのプレイで使ってもいい。相手に使うのならまだ抵抗も少ないはず」


 いや、それはまあ。

 美女や美少女を快楽責めするのはロマンだし、確かにそそられるものがある。

 例えばシェリーに目隠しをしたうえで俺の服かなにかを嗅がせてやるとか──。

 視界を塞がれると他の感覚が敏感になるからなおさらはっきりと感じられるだろうし、きっと恍惚とした表情に。


「……まあ、その。そうですね。エマさんの趣味も理解したいですし、初心者向けのグッズなら持っておいてもいいかもしれません」

「ふふ。ステラもなかなかこっち側に染まってきた」


 誰のせいだ誰の。


「じゃあ今日はどうしよう。ステラが私に使うのならあり?」

「それはもう一線超えちゃいませんか……?」


 柔肌をさらしたエマに、例えばあの振動するやつを近づけてあちこちを刺激してやる。

 触れられた箇所をびくっ、びくっ、と跳ねさせた彼女が頬を染めながら切なげな吐息を漏らして──うん、駄目だな。


「そもそも、説明を聞いただけだと使い方がよくわからないものも多いんですよね」

「確かに。縄なんかは縛り方が難しい。素人には決してオススメできない」


 エロい縛り方の玄人ってなんだよ。拷問官でも習得してるか怪しいぞそんな技術。

 ともあれ。


「そういうことなら今日は私が実演する」

「はい。それなら穏便……かも? ですね?」

「そういえばステラ、木剣での『遊び方』に疑問を呈していた。こういう棒状の物は基本だから覚えておくといい」


 なんの基本だよ。

 内心でツッコミを入れる間にも、愛用の杖を手に取るエマ。

 彼女はどこかエロい手つきでそれを撫でると全身で抱きしめるようにして、


「こうやって身体を押し付けるのもいいし、そのまま擦るのもいい。逆に杖のほうを押し付けるのもいい。後端を使えばツボ押しのような感じにも使えるし、先端はもちろん刺激が強いから……っ」


 説明しながら気分を出すな。

 というかこいつ、杖をそんなことに使っていたのか。もちろん手入れはしているんだろうが、今度から違った目で杖を見てしまいそうだ。

 とりあえずその杖を他の誰かに貸すのはやめて欲しい。


「木剣ならなおさら使いやすい。比較的短いから取り回しがしやすいし、使う場所によって刺激のされ方が変わってくる」

「あの、木剣を『そういう目』で見るのやめませんか?」


 日常にあるものをなんでもかんでも「使えるか使えないか」で見るようになったらいろいろヤバいと思う。というか俺までそうなったらどうする。


「でも、剣で負かされた相手に自分の剣で辱められる妄想とかすごく捗るからオススメ。一度試してみてほしい」


 だから止めろって言ってるのに!?


 ……結局、エマはそれからある程度満足するまで解説と遊びを止めてくれなかった。

 結果、俺は翌朝さらに『秘蹟』を獲得した。


『探求者 ランク:C(A)

 あなたの魔力を+1(+3)する』 

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