フレア(4)
運良く資金を稼げてしまったのもあって、家──屋敷を引き取ってからしばらくは足りないものを揃えたり、新しい生活に慣れるための時間になった。
俺たちの世話をすることになったシェリーはと言えば、大きな屋敷に自分一人と聞いて「やりがいがあります!」と張り切っていた。
「でも、一人じゃ大変じゃないですか?」
「大半の部屋は使っていないわけですから、毎日掃除する必要もありませんし。それに、ここなら私、メイド長ですよ?」
「メイド長って、一人しかいないじゃない」
「確かに。未開の地に行けば自動的に王様になれる理論」
人の住める平地にはほぼ未開の地なんてないけどな、今の時代。
さて。
俺も新たに自分のものとなった部屋を整えるのに苦労した。
シェリーも手伝ってくれたのでまだいいが、伯爵家からもらってきた服だけで2、30着である。なんだか一気に物が増えてしまった。
俺の部屋に(俺の)服を見に来たフレアは「ふーん」と声を上げて。
「可愛いけど、大人しい服が多くてつまらないわね」
「リーシャさんの服と、シェリーさんが選んだわたしの服ですからね」
「もっと露出の多い服買いましょうよ、ステラ。お金はあるんだし」
「服は当分いまので十分です、さすがに」
むしろボロくなるまで着古すほうが大変なレベルだ。
とはいえ、フレアをあまり無碍にするのも良くない。
「あの、フレアさんのインナーってどんな感じなんですか?」
「これ? これは良いわよ。ある程度伸びるし水もそこそこ弾くし、すべすべしてて気持ちいいし」
「でも蒸れませんか? あまりに風通しが良くなさそうというか」
「あー、うん。それはね。あたしのはまだ形的にマシだけど。胸の間とかは汗が溜まりやすいわ」
だろうなあ……。
引っ張って風を送り込むという手はあるが、下手な場所を引っ張ったら人目が気になる。下手するとただの痴女である。フレアにぴったりだ。
「でも、ステラがそんなこと言う、ちょっとはわかってきたじゃない。それとも興味出てきたってこと?」
「自分から露出する気はありませんけど……まあ、そうですね」
ここは素直に頷いて、
「心境の変化というか、みなさんの趣味にもっと積極的に付き合おうかな、って」
「なにそれもっと早く言いなさいよ。じゃあさっそく今日あたりノーパンで散歩を──」
「だからわたしは露出しませんってば!」
慌てて止めた。フレアは不満そうに頬を膨らませて、
「じゃあなんならしてくれるのよ?」
「だから、フレアさんと装備を合わせるとか、フレアさんの露出に付き合うとか、そういうのです」
「確かにそれもけっこう嬉しいわね……。じゃあ、具体的には?」
「そうですね……」
俺はしばらく考えてから、フレアを中庭に誘った。
◇ ◇ ◇
「罰ゲームつきで訓練?」
「はい。わたしが一発当てるか、フレアさんの剣がわたしに当たったら小さな罰を受けてください」
「あたしが当てても駄目なわけね。つまり剣以外は狙うなってことか」
得物はごくごく普通の木剣。
俺は訓練着に着替え、フレアは普段着。余裕というか、普段から動きやすい服装なのであまり着替える意味がないとも言う。
「いいわよ。あんたも強くなってきてるし、あんまり大きなハンデもいらないかもね」
「そこまで自信はありませんけど……。それで、罰ゲームはですね」
訓練の邪魔にならない位置に黒い顔料と筆を用意。
「なんて言うのが一般的なんでしたっけ。フレアさんの肌に数え棒を一本引きます」
長い縦棒が一本、その棒と交差するように四本横棒を引くと、ひとかたまりが「5」を表す単位になる。
指折りだけ、頭の中でカウントするだけだとわからなくなりやすい大きめの数を把握するための知恵である。
「ああ、街で子供が似たようなことしてるの見たことあるわ。その子たちのはマル描いたりバツ描いたりだったけど」
「はい、そういうのをイメージしました。でもあれ、けっこう恥ずかしいですよね?」
「普段肌に落書きされることなんてないもんね」
言って、木剣を構えるフレア。
了承ということらしい。むしろ嫌がるどころか目がらんらんと輝いている。
「じゃあ、一本も描かれないのを目指すわ。そのほうが面白いし」
「わたしも自分から当たりに行くのはなしにしますね」
そうして、訓練が始まって。
「はい、これで5本目です」
「ひぅっ。ほんとくすぐったいわね、これ」
短いスカートを捲り上げたフレアが、腿を滑る筆の感触に声を上げる。
「5」を表す塊を作った俺は「これ、けっこうエロいな」と今更ながらに思った。
スカートが短いせいで、落書きは動かなくてもちらちら見えてしまう。
見慣れないものがあるとついつい目が行ってしまうもので、太腿を視られていることに気づいたフレアは、運動量に比してかなり早く息を荒げていった。
「あっつい。身体が火照ってしかたないわ」
ぱたぱたと服の中に風を送り込む彼女。だから、そういうのを止めろと。
これはインナーはひとまずお揃いにしないほうがいいな。……俺の場合、ちまちま胸が育っているようなので、今作るとすぐ着られなくなる可能性もあるし。
「フレアさん? 雑念を作ると余計に失敗しやすくなりますよ?」
「お生憎様。あたしは燃えてる時のほうが強いのよ」
確かに、身体を火照らせたフレアは動きの苛烈さを増した。
増したが、そのぶん勢い余ったり狙いが甘くなることも増え──俺の攻撃が当たらなくなった分だけ、俺の身体に攻撃が行くことが増えた。
結果は、
「十二本、ですね」
「十二本ね。あたしもまだまだだわ」
適当なところで訓練を終了。
さすがに気になるのか、フレアは太腿の落書きを隠そうとスカートを引っ張ってみたりいろいろし始めた。
「っていうか、あたしだけこれやるの不公平じゃない?」
「わたしは別に露出したいわけじゃないですし」
「じゃあこれ罰ゲームじゃなくてご褒美ゲームじゃない」
露出狂界隈ではご褒美だったか。
「あー、あっつい。お風呂沸かすのもアレだし、このまま水かぶろうかしら」
「またそういうはしたないことをする……」
「いいじゃない。どうせ女しかいないんだし。あんたもやる?」
「そうですね。たまにはいいかもしれません」
空気中には水が含まれているため、水の精霊は少しならどこにでも存在する。
「お願い。あたしとあの子に冷たい水をぶっかけて」
ばしゃ、とかけられた水は冷たくて気持ちいい。汗のべとつきもある程度洗い流されて、これはなかなかやみつきになりそうだ。
浄化の奇跡を使えるようになるか、精霊魔法を本格的に習得すれば俺も似たようなことができるんだが。
「なにをやっているかと思えば」
「エマ」
「エマさん」
振り返ると、エマが黒い瞳をジト目に変えてこっちを見ていた。
彼女の視線の先にはフレアの落書きが。
さっきの水で多少滲んでいるのがまた味を醸し出しているような、そうでないような。
「十二……。十二本、ううん、十二回?」
「っ」
淡々とした呟きにフレアがびくっとする。
「べ、別に変なことしてたわけじゃないわよ?」
「本当? それにしては、二人して水まで浴びて怪しい」
「いや、剣持ってるじゃない!」
「木剣は訓練だけじゃなくて、そっち方面にも使える。ちゃんと処理して毛羽立ちを抑えて、やすりで磨いてやればなおさら」
「なんの話ですか!?」
さすが道具使いのエマ。日常の道具までもそっち方向のアイテムに変えてしまうとは。
「……それにしても、ステラ相手に一方的に十二回なんて情けない。ううん、ステラにはやっぱり道具の扱いの才能がある?」
「そんな才能いらないですから!?」
「っていうかそういう話じゃないんだってば!」
予想外のハプニングもあったものの、フレア的には大満足の一幕になった。
これをきっかけにその後、彼女の好みのプレイに「落書き」が加わることになるのだが、それはまた別のお話。
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