ステラ(8)
「あの、リーシャさん。さっきはありがとうございました」
話の後、俺は仲間たちを部屋に招いた。
考えてみるとリーシャたちが本気だったはずがない。あれは伯爵の勧誘を拒むための方便だったのだろう。
その場で気付けなかった自分が情けない。
「わたしを助けるためにわざとああいうことを言ってくだたんですよね? 本当に──」
「あら、わたくしは本気ですよ?」
本当に突飛なことを言い出す奴らだな!?
「もちろん、選ぶ権利はステラさんにあります。わたくしはあくまでも求婚するだけ、ですけれど」
微笑と共にものすごいことを言うリーシャ。
貴族のお嬢様には「あなた、わたくしと結婚しなさい」という権利がありそうなものだが。
「どうしてわたしなんですか? やっぱり魔剣のためですか?」
「ステラさん、さすがのわたくしでも怒りますよ?」
軽く俺を睨んだリーシャはすぐに表情を戻して、
「生涯を共にしたい、と思える相手はあなたが初めてだからです。あなたとなら笑いあって過ごしていける。そう思っています」
「……お嬢様」
同席する形になったシェリーが涙ぐむ。
が、これは感動的なシーンのせいではなく、単に「お前は対象外」と暗に言われたせいだ。完全にとばっちりである。
「言っとくけど、あたしたちだってステラとなら結婚したいわよ?」
「立候補はさせてもらう」
お前らもか。
「……もう一度聞いてもいいですか? どうしてわたしを?」
「可愛いから」
「押したら私の色に染まりそうだから」
「わたくしを肯定してくださる心根に惹かれました」
うん。フレアは論外というか欲望丸出しだし、エマとリーシャは言い方こそ違えど「性癖を許容してくれるから」だ。
可愛くて性癖を分かち合える美少女なら俺でなくてもいいということに、
「あのさ、ステラ? どうして自分にってこだわるけど、それってそんなに大事?」
「へ?」
「条件の合う人が他にいたらそっちのことも好きになる、っていうのはそうかもしれないけど、そんなの当たり前じゃない。好きになる方からしたらあんたがもう一人いるようなものなんだから」
「……確かに、そうですね」
人には個性があるが、似たような人間はもちろんいる。その人だけの特徴なんてそうそうありはしない。探せば代わりがどこかにいる。
だから、大事なのは選ばれたという事実、か。
──本当に、美少女になった後で、美少女から求婚されるとか意味がわからないが。
俺はリーシャたちから求婚されたこと、それが冗談でも方便でもないことを噛みしめる。
そのうえで「女の方からプロポーズされるのは男としてプライドが許さないな」と思った。
いや、今は女なんだが。
中身は男なわけで、そこは気になる。
「あの。……返事は今すぐじゃなくてもいいですか? わたし、そういう話は自分から切り出したいんです」
告白くらい自分からしなくちゃ格好がつかない。
そう思って告げると、
「じゃあとりあえず練習してみればいい」
「は?」
「そういう段になったほうが自分の気持を理解できる。告白すれば、私たちへの感情をステラ自身も整理できるかもしれない」
それは確かにあるかも……? いや、本当にあるか?
半信半疑な俺だったが、フレアたちまで「いいわねそれ」「やってみましょう、ステラさん」と言うので押し切られてしまう。
「で、では」
こほん。
みんなが注目する中、「でもこれ素直にやるだけなのも癪だな?」と思う。そもそもリーシャたち相手だと本気っぽくてなんかいきなりはやりづらいし。
ちょうどいいからそこにいる四人目を使うか。
俺は身体の向きを変え、少し離れて立っているシェリーの前に。
驚きで目を見開いている彼女へとまっすぐに、
「シェリーさん。……好きです、わたしと結婚してください」
言えた。特に噛むこともなく、最後まで。心臓は予行演習なのにものすごいことになっているが。
まさか俺がこんなセリフを口にすることになるとは。
シェリーは驚きを少しずつ収めると、代わりに優しい笑顔を浮かべた。
その形のいい唇がゆっくりと開かれて、
「お断りします」
ですよねー。
「……突然私のほうへ来られたのでどうしようかと思いました。確かに練習でしたら脈のない相手が一番ですね」
「わたしにはシェリーさんでももったいないくらいだと思うんですが」
「ステラ様。そういった文句は女性を口説く時にとっておいてくださいませ」
そこまで変なことを言ったつもりはなかったが。
「ちょっとステラ。それで誤魔化すつもりじゃないでしょうね?」
「ちゃんと私たちにもして欲しい。とりあえずリーシャだけでも構わないから」
「わ、わかりました! わかりましたから!」
今度こそリーシャの前に立つと、それだけで緊張が段違いだった。
なにしろ憧れの冒険者であり、腕の立つ神官であり、人としても女としても見習いたい相手であり、とびきりの美女。
そのうえ伯爵家のお嬢様と来ればもう、これは夢なんじゃないのか? としか思えないのだが。
俺は意志の力を総動員して逃げ出したいのを堪えると、
「……リーシャさん。わたしと、幸せな家庭を築きましょう」
さっきと同じ文句じゃつまらないとか思ったのが良くなかったか、なんだか妙に気合いが入っているというか、本気っぽい告白になってしまった。
急に恥ずかしくなった俺は誰かがなにかを言う前にと口を開いて、
「あの、やっぱり練習は恥ずかし──」
「はい。わたくしで良ければ喜んで。……幸せになりましょうね、ステラさん」
満面の笑顔。瞳にうっすら涙すら浮かべて、リーシャが「Yes」の返答をした。
ぱちぱちぱちぱち。
「おめでとう、ステラ」
「おめでとう、リーシャ」
「お二人とも、本当に良かったです。……思ったよりもずっと早いですが、計画通りですね」
「え、あの、練習ですよね、これ?」
他の三人から笑顔で祝福を受けた俺は慌てて尋ねるも、微笑んだリーシャは俺に耳打ちするようにして、
「あら? わたくしは本気だと、さっきも言いましたよ?」
確かにそうだけど、それとこれとは別というか。
……エマに焚きつけられた通り、告白してみて「あ、好きだな」と素直に思った。リーシャと一緒になれるならこれ以上の幸せはない。
きっとフレアやエマでも一緒だろう。
なら、なんの問題もないというか、これを本当にしてしまってもいいのかもしれないが。
「本番、楽しみにしていますね、ステラさん」
幸いにも、助け舟はリーシャのほうから出された。
そうだ。いくらなんでも今、すぐに結婚を決めるのは早すぎる。
俺たちは冒険者としてまだまだ活動する。落ち着くのはもっと先でも構わない。
その時が来たら──その時が来たらもう一度、今度こそ本気で告白すればいいだろう。
っていうかこれ、どうするんだ。
練習とはいえ告白して、OKされて、他の二人まで本気だとわかって。
「……ずるいです。これじゃみなさんのこと、今までと同じように見られません」
「別にいいわよ? むしろステラは真面目過ぎたくらいだし」
「もう少しエロい目で見てくれてもぜんぜん構わない」
「エロい目って……」
うん、エマのおかげで逆に少し落ち着けた。
性癖方面でも主導権を握ろうと思っていたところである。
彼女たちとそういう関係になるのは問題ないというか、今までもそういう関係だったわけで。
なら、もう少し開き直ればいいという話か。
俺は納得のうえでひとつ頷いて、
「あの、ステラ様? 私がお邪魔になった時はいつでも言ってくださいね?」
遠慮がちにそんなことを言ってくるシェリーに、とりあえず微笑を返してみた。
さすがに「なんなら交ざればいい」とは言えないし──。
「どうせならシェリーも交ざればいい」
「いいわね。あんたも好きなんでしょ? なら遠慮することないわ」
本当にこいつらは遠慮がないというか、すっぱりしているというか。
今度は呆れのため息を漏らした俺は、とにかく、こいつらとこれからも過ごしていくことをあらためて誓った。
それから二、三日ゆっくりと身体を休めて。
俺たちはシェリーと共に馬車で帰還、ようやく家の引き取りを果たしたのだった。
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