リーシャ(6)
「わたくしだけのけ者にされている気がします」
「り、リーシャお姉ちゃん? どうしたんですか?」
頬を膨らませたリーシャを見て、俺は咄嗟に姉呼びをした。
彼女はそれで一瞬表情を緩ませたものの、すぐに「騙されませんからね」と俺を睨んでくる。
睨むと言っても拗ねたようなそれで、恐ろしさはまったくない。むしろ可愛らしいと思う。
「フレアとエマ、それからシェリーとも肌を触れ合わせたそうじゃありませんか。ずるいです」
「言い方がエロ、もとい、いやらしいです……! シェリーさんは身体を洗ってくれただけですし、お風呂にはみなさんで入ったこともあるじゃないですか!」
というか裸で抱き合って寝たことがあるのだからリーシャが一番回数は多い気が。
しかし、今日の彼女は引き下がらなかった。
実家に帰ってきて少し気が抜けているのもあるかもしれない。むむっと俺を睨んだままに、
「とにかく、今日はわたくしに付き合ってもらいます!」
というわけで、昨日のエマに続いて今日はリーシャの部屋に引っ張って行かれた。
「あの、お嬢様。それでしたら私もお傍に──」
「ごめんなさい。二人きりになりたいのでシェリーは外してください」
「そ、そんな……!?」
いや、そんな「この泥棒猫……!」みたいに睨まれても。
◇ ◇ ◇
リーシャの部屋は客室と別の棟にあった。
俺たちがあてがわれた部屋も宿の一室より広いくらいなのだが、家人の部屋はまた別格。
それが綺麗に整頓され、手入れも行き届いているのだから貴族はすごい。
「ここがリーシャさんの部屋なんですね……」
「そう言われると少し恥ずかしいですけれど」
子供時代の自分を見られているようなもの──と考えるとわかる気がする。
あまりじろじろ見ないほうがいいか、と思いつつもついつい視線を巡らせて、
「あの、これはなんですか?」
テーブルの上になにやら箱が置かれている。
リーシャは「これはですね」と青い瞳を輝かせて、
「わたくしの昔の服が入っているのです」
「リーシャさんが子供の頃の服、ですか?」
「いえ。わたくしの修行時代に家の者が用意した服です。……子供の頃の服を着ていただくのも楽しそうではあるのですけれど」
さすがにその頃の服ではサイズが合わないだろう。……ひょっとすると胸は余るかもしれないが。
「神殿で生活するのに贅沢はできないでしょう? 家に帰る機会もありませんでしたから、新品同様の服がたくさんあるのです」
箱を開けると、確かに綺麗な服がたくさん入っている。
保存状態も良く、使用人たちとしても残念な思いがあったのかもしれない……と感じた。
「せっかくですのでステラさんにどうかと思いまして」
「こ、この上さらに服をもらうわけには……!」
ただでさえシェリーに何着も用意してもらっている。一度着た服は持ち帰っていいと言われているので、古着屋に売るだけでもしばらくの生活費にはなる──って、金に困らない限り売る気もないが。
「お気になさらず。むしろこのまま腐らせてしまうほうが良くありません」
「そういうことなら……」
これだけあったら当分服には困らないかもしれない。冒険に着ていける服ではないのが悩ましいが。
リーシャはにこにこしながら両手を合わせて、
「そうと決まればお着替えをしましょう。どの服が一番ステラさんに似合うでしょうか」
「あ、それがしたかったんですね、リーシャさん……!?」
「二人きりなんですからお姉ちゃんって呼んでくださいね、ステラさん?」
「お、お姉ちゃんは横暴です」
昔のリーシャの服は可愛い系の、いかにもお嬢様、といった雰囲気のもの。
悪い言い方をすると動きづらそう。
使用人たちの、あるいはさらに父や兄の「リーシャ(お嬢様)はこうあるべし」という想いがこもっていそうだ。
思った通り、胸の部分はだいぶ余裕があるわけだが、
「やっぱり。ステラさんに良く似合います」
「わたしじゃリーシャさん──お姉ちゃんみたいにはいかないと思うんですが」
「そんなことありません。こうして着飾れば、どこからどう見てもお嬢様ですよ」
何着かの服を着せ替えさせられた俺は、可愛いの嵐にめまいを覚えると共に「これ全部メイドさんたちが洗濯するのか?」と申し訳ない気持ちになった。
「あの、リーシャさん、ひとまずこのくらいで──」
「ステラさん。……もしお兄様や弟から求婚されても断ってくださいね」
「きゅ、求婚……!?」
待て、どこからそういう話が出てきた!?
鏡に向かった俺の後ろ。俺の肩に手を置いて立つリーシャの表情は憂いを帯びていて、とても冗談を言っているようには見えない。
「あの、どういうことですか……?」
「簡単な話です。魔剣を扱えるステラさんがこの家に入れば、伯爵家に再び魔剣の力が戻ってくるわけでしょう?」
そう言われると確かにそうだが。
「わたしと結婚しても子供には権利が引き継がれないんじゃ」
『
リーシャは目を伏せ「それはそうなのですけれど」と苦笑。
「ステラさんの場合はどこまで影響があるかわかりません。もしかすると、伯爵家の必要としている子を産めてしまうかも」
「それは、かなりとんでもないですね……?」
ランクSSSは伊達じゃないということか。
俺をこの姿にした『秘蹟』の強力さを思えばありえない話じゃない。
「ごめんなさい」
肩に置かれたままの手が震える。
「わたくしがもっとしっかりしていれば、ステラさんに負担をかけることもなかったでしょうに」
「リーシャさんのせいじゃありません」
なにを言い出すかと思えば。
俺はリーシャの手に自分の手を重ねると、笑った。
「リーシャさんは十分頑張っています。むしろ頑張りすぎているくらいです」
「でも」
まったく、こいつは。
フレアは露出狂だし、エマは道具好きのやばい奴だし、ついでにシェリーはにおいフェチだが──リーシャはリーシャで面倒くさい。
好き放題に人を甘やかしてくるのは悪癖ではあるものの、裏返せばそれは、彼女の内に秘められた欲望でさえ「他人に愛を与えるもの」だということだ。
もうちょっとはっちゃけてもバチは当たらないだろうに。
「冒険者になって活躍して、家の負担を少しでも減らそう。もしかして、そんなふうに考えたんじゃないですか?」
「……それは。神殿に入ったのはあくまでも地母神さまの教えに感銘を受けたからで」
「それでもです」
フレアたちと冒険に出ると決めた理由には入っていたはず。
「やりたいことがあったら言ってください。リーシャさんはもっと我が儘を言ってもいいと思います」
案外、伯爵家の人間たちもそれを待っているんじゃないか。
と、我ながら柄にもない、格好つけたことを告げると、後ろからぎゅう、と腕を回された。
小さな「ありがとうございます」の声に続いて、
「それじゃあ、一つお願いしてもいいですか?」
「はい、もちろんです。わたしはなにをすればいいですか?」
明るく答えた俺は、すぐにそれを後悔した。
「わたくし、一度やってみたかったのです。ステラさんの頭を撫でながら、いろんなところを甘やかして差し上げる遊びを」
「遊び? それは本当に遊びですか、リーシャさん!?」
「だめですよ、ステラさん。今は『お姉ちゃん』って呼んでください」
「わ、わわわ……っ!?」
抱き上げられ、ソファの上で膝枕される。
「リーシャさ」
「お姉ちゃん」
「お、お姉ちゃ……んっ!?」
それから俺はリーシャが満足するまで、頭や顎、頬と一緒にいろんなところを撫でられた。
おかげでさらに洗濯物が増えてしまい、俺はそれから数日間、屋敷のメイドさんの顔を見るのが恥ずかしかった。
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