シェリー(4)

「はぁぁ……」


 仕事を終えて帰ってきた後。

 悩み事からついついため息をこぼしてしまうと、シェリーが「どうなさいました?」と尋ねてきた。


「魔物討伐は滞りなく済んだと伺いましたが」

「はい、そっちは問題ありません」


 相変わらず、俺たちが固まっていると魔物のほうから寄ってくる。今日も四種類ほどの魔物を叩くことができた。

 ギルドで報告する際にも否応なく注目されるため、冒険者の街の第三位『|三乙女』の名前は魔剣の噂と共に街に広がっている。


「気が重いのは人間関係のほうで……って、こんな話をしても仕方ないですよね。すみません」

「いいえ、そのようなことはございません」


 と、思ったよりも優しい返答。

 てっきり「まさか私に相談に乗れとでも?」とか言ってくるかと思ったのだが。


「人に話すことで気が楽になることもございます。私でも協力できることがあるかもしれません。……お悩みは『三乙女』の皆様とのことですか?」

「あの、シェリーさん。いったいどうしたんですか? なんだか妙に親切では?」

「……ステラ様を邪険にするよりも、気に入られて取り入るほうが得策だと思っただけです」


 あ、少し調子が出てきたな。


「わたしに取り入っても大したものは出ませんよ?」

「いいえ。……この間、お嬢様ととても『仲良く』していらしたでしょう?」

「っ」

「具体的にどのようなことが行われたかは存じ上げませんが、察することはできます。どうやら本当に、ステラ様はお嬢様に気に入られているようで」

「す、すみません」


 しかし「謝る必要はございません」と首を振られる。


「私も、ステラ様に悪意がないことは理解いたしました。悪意を持って取り入ろうとしているのであればとっくに関係を進めているでしょう」

「……そうかもしれません。というか、まさに悩みはそこなんです」

「関係を進められないこと、ですか?」

「というか、一方的にされるがままになっていること、でしょうか」


 フレア、エマ、リーシャから愛情を向けられているのはもちろん理解している。

 妹や後輩を可愛がるような気持ちも混ざっているはずだが、三人とも男に興味がないうえに特殊な性癖のため、調理済みでやってきた豚のごとき俺を「逃がしてなるものか」と思っているらしい。

 それ自体は嬉しいし、役得なのだが。


「受け身の状態をこのまま続けていていいのか、と」


 男としてプライドが許さないし、このままだと本当に「心まで女の子にされ」てしまいそうだ。

 と、これは口には出さないが。

 シェリーは「ふむ」と考えるようにして。


「つまり主導権を握りたいのですね。……だいぶ皆様にご興味が出てこられているようで」

「そういうわけじゃ……。いえ、そうなんでしょうか?」

「良いのではないでしょうか。そのほうが皆様も喜ばれるでしょう」

「でも、自分から積極的にアプローチするのも難しいというか」


 露出にしろ道具にしろ姉妹プレイにしろ「やろう!」とはなかなか言いづらい。


「では、私で試してみてはいかがですか?」

「え」


 顔を見つめると、シェリーはいたって真面目な様子だった。


「実を申しますと、皆様の様子を把握するためにもお嬢様のお世話をするためにも、皆様付きのメイドを派遣しようという話が進んでおりまして」

「派遣って、『冒険者の街』にですか?」

「ええ。これまでは宿暮らしでしたので逆にお邪魔になりかねませんでしたが、今後は屋敷で生活なさるのでしょう? でしたらメイドの一人や二人、いたほうがいいのでは?」

「それは確かに……」


 派遣扱いなら俺たちから出す給料は少なくてすむかもしれないし、多少なりとも気心の知れた相手なので屋敷を任せやすい。

 まさかシェリーがリーシャの信用を損なうような真似をするはずがないし。


「というわけで、今のうちに信頼を稼いでおこうかと」


 うん、自分の都合に正直なのは逆に安心するが。


「いえ、でも、するとなったら『そういうこと』ですよ? なんというか、その、問題がありませんか?」

「私はステラ様でしたら構いませんが」


 お前誰だ。

 しかし、俺より年上の少女に冗談を言っている様子はない。

 十分に可愛い容姿。桃色の髪は女の子らしさが強くて惹かれるものがあるし、若干気の強そうな濃い桃色の瞳も、逆に気を遣わなくていい気がして安心する。

 が、こいつにしおらしくされると裏がありそうで怖い。


「まさか、わたしに乗り換えるつもりですか?」


 冗談めかして挑発すると、意外なことにさっと表情が曇って。


「別に私も、本気でお嬢様に選んでいただけるとは思っていないのです。身分が違いますし、何年も家を離れていた方ですから」

「……シェリーさん」


 そう真面目に来られると困るというか、俺がいじめたみたいになってしまうのだが。


「ですので、ステラ様に取り入ることで間接的にお嬢様との関係にも入り込めるのではないかと」

「申し訳なくなったのが吹き飛ぶくらいに正直ですね?」


 シェリーを可愛がる俺をリーシャが可愛がる。すると必然的に、二人まとめてリーシャに愛でられる機会も生まれる、とそういうわけだ。

 ここで急にもじもじと自身の指同士を絡み合わせて、


「……正直、ステラ様の匂いは好きですし。私としてはなんの問題もありません。むしろ他の方よりは、ずっと」


 ぞくっとする。

 俺にだって人並のプライドはある。衝動を伝えてくる器官がなくなったせいで切羽詰まった感じはないのだが、できるならそう、魅力的な相手を好きなようにしたい、という気持ちはある。

 フレアたちの影響をもろに受けている──俺も変態になりつつあるということなのかもしれないが。

 俺はシェリーの瞳から目を離せなくなった。


「あの、どうすれば、いいですか?」

「それをお尋ねになられては主導権を放棄しているようなものですが」


 くすりと、シェリーは笑って。


「本日は夕食もお風呂も済んでいますし、後は眠るだけ。邪魔が入る可能性もほとんどありません。朝まで、ステラ様の思うようになさっていただいて構いませんよ」

「……それって」


 そういうこと、か?

 男だった時は全く縁のなかった行為。どうして美少女になった途端、こうも女相手にチャンスが巡ってくるのか不思議だが。

 頬を朱に染めたシェリーがこくん、と頷く。


「私としては、ステラ様の匂いをたっぷりと感じさせていただければ」

「わかり、ました」


 抗えるわけがない。

 俺は心の求めるまま、シェリーをベッドまで誘導した。

 ここで一緒に寝たこともあるわけなので、ここまではまあ特に変な行為ではないのだが。

 恐る恐る手を伸ばすと、少女はされるがまま俺に抱き寄せられる。

 彼女の頭を、胸のあたりで抱きしめて。


「……ああ」


 深呼吸をする音。これじゃきっと、向こうには俺の鼓動がまる聞こえだ。


「ステラ様を感じます。どうして、こんなに安らぎ、心惹かれるのでしょうか」

「ひょっとしたら、これも『万能鍵マスターキー』の効果なんじゃないでしょうか」


 要するにあれは誰かの代替品になる力だ。リーシャを強く求める彼女にもそれが効いて、リーシャの代わりに「好みの匂い」として惹きつけているとか。


「だとしても、私の好みの匂いであることに変わりはありません。ステラ様の匂いが都度変化しているわけではないのでしょう?」

「それは、そうですけど」

「それよりも、ステラ様のやり方をお見せください。……さあ、ここからはどうなさいますか?」

「え、えっと、それじゃあ」


 本当、世の男はこういう時にどうしているのか。

 内心めちゃくちゃパニックになりつつ、俺はシェリーを跪かせ、靴を脱がさせた。

 普通なら失礼にあたると思いつつ、片方の爪先を顔に近づけて、


「わ、わたしに奉仕しなさい?」

「どうして疑問形になってしまわれるのか、残念でなりませんが」


 ほう、と、恍惚のため息がつま先にあたって。


「……喜んでご奉仕させていただきます、ステラ様」


 忠誠を誓うような口づけの後、痺れるような喜びが俺の中に湧き上がった。


 結局、その後最後まではいかなかったのだが。

 ……いや、男女の仲と違って明確な終わりがあるわけではない。互いが満足すればそれで終わりでいいのかもしれないが。

 とにかく、シェリーのおかげで俺はほんの少し自信をつけられた──ような気がした。

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