エマ(4)

 魔物討伐を依頼されたと言っても連日戦い続けろと要求されたわけではなく。

 むしろ伯爵家の面々は「好きなだけ滞在して構わない」と太っ腹な対応をしてくれた。

 後から紹介された次男──リーシャの弟も含め、家人も使用人も穏やかに挨拶してくれるし、時には世間話を振ってくれたりもする。

 ずるずると長期滞在したくなってしまいそうな居心地の良さだ。


「定期的に討伐をこなして、適度なところで宿に戻らないといけませんね」

「そうですね。家の引き渡しも伸ばしていただいているわけですし……」


 家は商家にお願いしてもう少し預かってもらっている。向こう的には金はもうもらっているし、定期的なメンテナンスだけなら大した手間ではないと快く了承してくれた。

 とはいえ、新しい生活の始まりが後に伸びているのも確かだ。

 あまり甘えるのも良くないし、早めに引き渡しを済ませたいところだと──。


「別に急がなくてもいいと思う」

「そうそう。疲れを溜めてミスをしたら命取りなんだから。じっくり行きましょ」


 だと思いきや、フレアとエマはこの態度。


「もう。それはまあ、あなたたちの言うことにも一理あるけれど」

「でしょう? だから今日はお休み。ステラは私が構うからそのつもりで」


 というわけで、俺は朝食後にエマの部屋へと引っ張られた。



    ◇    ◇    ◇



「エマさん、なにをするんですか? 勉強なら紙とペンを取りに戻りたいんですが」

「問題ない。今日は魔法の話じゃないから」

「じゃあ薬学のほうですか?」

「そっちも設備を整えてからのほうがやりやすい。……だから今日はステラに私のコレクションを紹介する」

「あ、わたし自分の部屋で勉強してきますね」

「待った」


 回れ右して出ていこうとしたら首根っこを掴まれた。


「ステラの成長にも必要。あなたは私たちともっと打ち解ける必要がある。違う?」


 エログッズ自慢にそんなもっともらしい理屈を付けられるとは思わなかった。


「……仕方ないですね」


 渋々観念する俺。

 ちなみにエマ付きのメイドさんは食事中に掃除等の用事を済ませたらしく、「ごゆっくり」と退室していった。

 あれこれ世話を焼いてくれるシェリーとは対照的だが、果たしてこれはどちらが特殊なのか。


「メイドには最低限の世話だけでいいと言ってあるから心配しなくていい」


 それ、エロいことすると思われてるんじゃ……あ、うん、合ってるからいいのか。


「ところで、こっちにグッズ全部持ってきてたんですか?」

「まさか。屋敷の人に回収に行ってもらった」


 エログッズを回収に行かされた人は「私、なんでこんな仕事してるんだろう……?」と思ったんじゃなかろうか。


「それで、今日は一人ゲストが来る」

「ゲスト? フレアさんとかですか?」

「違う。……と、ちょうど来たみたい」


 ノックと応答を経て入室して来たのは……伯爵!?


「待たせたかな、エマ殿?」

「大丈夫、ちょうどいいタイミング」

「え。あの、伯爵様にコレクションを披露するんですか……?」


 事と次第によっては処刑されてもおかしくないんじゃ、と思っていると、伯爵が俺を安心させるように笑って、


「実を言うと私もこの手の道具に興味があってね」

「女にひどいことをする悪徳貴族……!」

「ステラ。いくらなんでもそれはひどい。処刑されてもおかしくない」

「ははは。そのあたりは弁えているよ。妻には趣味を隠していたし、先立たれてからはお忍びで娼館に赴いては道具を試しているのだ」


 奥さんのことはきちんと愛したうえで趣味は趣味、罪のない人にも使っていないということか。

 それならまあ、問題ない……のか? いやもう、ちょっとよくわからん。


「さて。誰かに入って来られても困る。部屋の扉には鍵をかけておくとしよう」

「重要」


 自ら「やましいことをしています」という証拠を増やした二人はいそいそと窓を閉め、レース編みのカーテンを閉じて、


「これが私のコレクション」

「おお! さすがはエマ殿、実に『わかっている』。貴殿も女体を責めることを探求する同士だと一目でわかるよ」

「お褒めに預かり光栄。なにしろ私は自分の身体で試せるから、その点においては伯爵よりも有利」

「くっ……!? 実に惜しい。私もこの身が女ならば自分の身体で試すものを」


 本当に試したいか? そのためだけに女になりたいか?


「それにしても……すごい数ですね」

「正直置き場所に困っている」

「ふむ。なんなら一部譲ってくれても構わないが?」

「冗談はよして欲しい。場所については家を買ったので解決している」


 エマもコレクションは本人の性癖通り、女を性的にいじめるためのものに特化していた。

 首輪や手枷、足枷、口枷、目隠し、さらには縄や紐、鎖といった拘束具。

 洗濯に使うクリップのようなものや鞭、パドル、針にピアスなどの痛みを与える道具。

 独特の棒状器具に、魔力によって振動するタイプの責め器具。

 よくもまあこれだけ集めたものである。


「三角木馬や磔台などの置物がないのが惜しいところだな」

「持って歩くわけにはいかないから仕方ない。……もしかして、伯爵は所有していたりする?」

「残念ながら私も持っていないのだ。手入れは使用人に任せることになるが、さすがに嫌な顔をされるのが目に見えているからな」


 そりゃそうだろ。俺だってそんなものの手入れはさせられたくない。


「本当は実演したいところだけれど」

「男性がいるところでは絶対だめですからね?」

「わかってる。私も白熱して伯爵に襲われるような真似はごめん」

「弁えているつもりだが、それでもあまり婦女子を辱めるような真似は慎むべきだろうな」


 伯爵はそれから自分の知らない道具についてエマに尋ねたり、こういう道具も欲しいという話をして帰っていった。


「エマ殿とはいい酒が飲めそうだ」

「是非、今度は伯爵のグッズを眺めながら」

「それはいいな。近い内に必ず」

「……エマさん? 本当に伯爵様の愛人になったりとか、しないでくださいね?」

「しないしない。私は女の子にしか興味ない。ステラは良く知っているはず」


 いやうん、まあ、正直エマが一番そのへん緩そうだから心配なんだが。


「それより。……せっかくだからどれか試してみない?」


 部屋には二人きり。

 急に蠱惑的な声を出されたので俺は思わずぞくっとしてしまう。

 エマがコートに手をかけ、前をはだける。

 ……こいつ下着しかつけてないぞ。しかも黒の上下で、かなり高そうなやつだ。伯爵に見られていたら「誘惑するつもりか?」と勘ぐられていたに違いない。


「い、いえ、わたしはそういうのは」

「そんなこと言って、ステラだって興味あるはず。例えばそう、この目隠しとか」


 柔らかい素材でできているので肌を痛める心配のない目隠し。まあそれくらいなら……と試してみると、視界が完全に塞がれてしまう。


「わりと厚手なので光も遮られますね。透かして見るのはまず不可能です。この手のグッズなら盗賊としての訓練に使えるかもしれません」

「もう。……そんなつまらない使い方より、ちゃんと目の見えない不自由を感じて。ほら」

「ひうっ!?」


 肌をなぞられた俺はびくっと身体を跳ねさせた。

 慌てて目隠しを外そうとするも、その前に両手を取られて手枷を嵌められてしまう。


「ちょっ、ちょっとエマさん!?」

「大丈夫、悪いようにはしない。……ステラは少し露出癖があるみたいだから、この状態で服を剥いであげるだけ」

「いや、あれはフレアさんの意地悪ですからね!?」

「そんなこと言いながら感度が上がってる」

「やっ、ちょっ、んんっ!? ほ、ほんとにだめですってばぁっ!?」

「ほらほら、身体の力を抜いて。自分がどんな格好か想像しながら指に身を任せて」


 それから俺は、帰りが遅いのを心配したシェリーが部屋のドアをノックするまでエマにさんざん肌をくすぐられた。


「助かりました、シェリーさん。ありがとうございます」

「いいえ。……それにしても、少し汗をかいていらっしゃいますね? 入浴の支度をしましょうか?」

「あの、それってわたしのにおいを嗅ぎたいからだったり」

「そ、そんなわけないでしょう!? 本当に失礼な人ですね!?」


 めちゃくちゃ怒られた。

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