シェリー(3)
「勘違いしないでくださいね」
「なんですか急に」
「さっきのは魔がさしたというか、気の迷いというか……とにかく! あなたなんてお嬢様に比べたらなんでもありませんから!」
服を脱がせてくれている相手から睨まれたのは初めてだ。
脱衣所には二人きり。
ぶつくさ言いながら俺を全裸にしたシェリーは自分の服に手をかける、って。
「シェリーさんも一緒に入るんですか……!?」
「? 脱がなければ身体を洗って差し上げられないでしょう?」
まあ服が濡れると面倒ではあるが。
「お風呂くらい自分でできます!」
「本当ですか? 髪用のソープと身体用のソープの見分けはつきますか? うっかり魔道具の本体に触って傷をつけたら弁償していただきますが」
「………う」
その手のことには自信のない俺である。
しぶしぶ「一緒に入ってください」とお願いすると「そうですよね」と笑われた。
「若干、気分が良いですね。お嬢様を奪うお邪魔虫ではなく、メイドの後輩ならもう少し気分も違ったでしょうに」
こいつすぐ調子に乗るな?
てきぱきとメイド服を脱ぎ、裸身を晒すシェリー。エルフの血のせいか、無駄な肉のついていないスレンダーな身体。
わりと色白で、肌は滑らか。見惚れてしまう程度には美しい。
……昔の俺なら、こいつでも十分高嶺の花だったはずだ。
「お世話の際は本来、浴衣を身につけるのですが、洗濯物が増えますので省略します。ステラ様相手なら問題ないでしょう」
「わたしになら見られてもいい、と?」
「礼を失しているとお怒りになるほど育ちが良くはありませんでしょう?」
「……確かにそうですね」
育ちの平凡さには自信がある。自慢じゃないが。
「ところで、もしかしてシェリーさんは、リーシャさんのお風呂の世話もしていたんですか?」
「! よく聞いてくださいました! もちろん、お嬢様の幼い頃はよく担当させていただいておりました! 当時のお嬢様はそれはもう可愛らしく──もちろん今もお綺麗でいらっしゃいますが、幼い頃はそれはもう天使のようで!」
若い女(※意図的な控えめ表現)に対する熱意がすごい。ひょっとしてそっちの趣味まであるのか。
今回、リーシャがシェリーを傍に置かなかったのは身の危険を防ぐためもありそうな。
「じゃあ、傍でにおいを嗅いだり?」
俺は首のあたりを指で撫でながらさらに尋ねる。
「今と違って、運動して汗をかいたりはあまりしなかったんでしょうか」
「……ごくっ」
と、言葉を止めてこっちを凝視するシェリー。
ちょろい。ちょっと意味ありげに動いただけでこうなるとか若干心配になるくらいだ。
汗のにおいを嗅ぎたがるとか本当、なかなかの変態だが。
「嗅いでみますか?」
「……ま、まさかそんな。確かに今は誰も見ていませんし、私はステラ様をお世話する立場ですからなんの問題もありませんが」
いや、問題はあるだろ──と、ツッコミたいのを堪えて。
「いいですよ。少しくらい、減るものじゃないですし」
「っ」
さっきお預けを食らったのもあってか、伯爵家のメイドはその濃いピンク色の瞳で俺をじっと見つめ──。
数十秒の沈黙の後、ゆっくりと顔を近づけてきた。
ふぅぅー。
深く吸うために息が吐かれて、いざ。
がちゃ。
「あ、いたいた。今ならあんたたちが入ってるって聞いて来たんだけどあたしも一緒に……って、どうかした?」
「べ、べべべ、別になりもありませんが!? そうですよねステラ様!?」
「はい。ただシェリーさんにわたしの首のにおいを」
「ステラ様、それ以上口にされるようなら刺し違えてでも対処しますのでそのつもりで!?」
ちょっとした冗談だったんだが、ものすごい慌てぶりで若干かわいそうになってきた。
そんな俺たちを見た闖入者──フレアは「?」と首を傾げた後、なにか納得したのか目を輝かせて、
「二人とも裸を見せ合っちゃって、ずるいじゃない」
すぐさま服を脱ぎ始めた。
「あたしの身体なら隅々まで見ていいわよ? 恥ずかしいところなんてないっていうか、むしろ恥ずかしいところまで見て欲しいっていうか──」
「な。なんですか、ステラ様。フレア様はおかしいのでは? 同性とはいえ見せつけてくるなんて変態ですよ、変態!」
「シェリーさんが言わないでくださいね?」
「わ、私が変態みたいに言わないでください! 私はただ人のにおいに敏感なだけですから!」
変態が集まると騒がしくなる運命なのか、俺たちはわいわい言いながら三人で風呂に入った。
◇ ◇ ◇
風呂に入り、豪華な夕食をいただくと後は寝るくらいしかすることがない。
「ステラ様。寝床を準備いたしますので少々お待ちくださいませ」
「ありがとうございます。それじゃあ、その間にわたしはお祈りと剣の手入れを済ませますね」
魔剣の刀身は血がこびりつかず綺麗なものだったし、戦闘都度拭き取りもしたが、念のため丁寧に磨いておきたい。
地母神の寵愛を受けるには毎日のお祈りは欠かせないということで、日課にするべく朝晩と食事の際の祈りを心がけている。
余裕があれば他の装備の手入れもしておきたいところだ。
と、シェリーは俺を不思議そうに見て、
「冒険者というのは本当に大変なのですね」
「? ええ、まあ、そうですね。人間は道具がないと魔物にも罠にも勝てませんから」
鱗も牙も爪も持たない分を道具で補わなくてはならない。その道具は本番で役立ってもらうためにもきちんと手入れが必要だ。
……結局、シェリーが寝床を整えて戻ってくるほうが俺の作業が終わるよりもずっと早く。
「私は続きの使用人部屋で休ませていただきますので、なにかあればベルでお呼びください」
「ありがとうございます。……夜中に呼び出されるかもしれないなんて、メイドさんも大変なんですね」
「大したことはございません。主人のために尽くすことがメイドの務めですので」
主人のため、か。
伯爵家、特にリーシャへの忠誠の篤いシェリーにとって、俺はおまけのようなものなのだろうが。
……リーシャの世話をしていた頃からこうやって続き部屋で寝泊まりしていたのか。
「あの、夜這いとかかけないでくださいね?」
「かけるわけないでしょう!? 私をなんだと思ってるんですか!?」
お嬢様が大好きなにおいフェチだが?
「ふ、ふん。……まあ、添い寝して欲しいと仰るのなら考えて差し上げなくもありませんが?」
「そうですね。わたしはリーシャさんとよく一緒に寝ているので、そのほうが落ち着いて眠れるかもしれません」
「っ。……ということは、ステラ様と一緒に眠れば、間接的にお嬢様と添い寝したことになるのでは?」
ならないと思うが。
「仕方ありませんね。お客様の安眠のために必要ということであれば、このシェリー、ひと肌脱ぎましょう」
「えっと、ありがとうございます?」
人肌の温もり。
俺は寝間着姿になったシェリーに抱きしめられるようにして寝床に入った。貴族用のベッドは二人で寝ても余裕である。
これはこれで、俺としても役得。
シェリーも、風呂に入っていい匂いになった俺を抱きしめつつ、なんだかんだご満悦の様子で。
「ふふっ。……なんだか昔を思い出します」
俺が寝付くまでゆっくりと子守唄を歌ってくれた。
そのせいか、幼少期のリーシャと昔のシェリーのイメージを夢にみたような、見なかったような。
なお。
「シェリー? お客様と一緒にベッドで眠りこけた挙げ句、寝過ごして仕事をすっぽかすとは何事ですか!?」
翌日寝坊したシェリーは同僚? 上司? に怒られた。やっぱり疲れが溜まっていたんじゃないか、こいつ?
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