シェリー(2)
平原にて遭遇したゴブリン、計七匹。
簡素な棍棒やナイフ、ショートソードを手にした彼らは、女ばかりのバーティを前に奇声を上げ、舌なめずりをする。
「ステラ、あんまり前に出過ぎるんじゃないわよ」
「わかっています」
「うん、むしろフレアが自重して」
「ステラさん、援護しますね」
「……あんたたち、もう少しあたしに優しくしなさいよ」
嘆きながらもフレアの足取りは軽く。
矢のように飛び出した彼女に一歩遅れて、俺も前に進み出た。
上等な拵えの鞘から引き抜くのは当然、伯爵家の魔剣。
高い音を響かせながら陽光に照らされたそれは、即座に魔物の首をひとつはねて見せた。
野菜でも切ったような軽い手応え。
木製の棍棒もあっさり斬り飛ばし、返す刀で腕と胴を裂いた。
軽く振るだけで血が落ち、突けば鋭く心臓を貫き。
「四つ! あたしの勝ちね、ステラ」
「フレアさんには敵いませんね」
俺が三匹倒す間にフレアは四匹を倒していた。
「でも、この剣はすごいです。籠めた力がそのまま乗る感覚で」
「ステラはどんどん筋力上がってるもんね」
「はい。その都度、剣を買い替えるわけにもいきませんし……」
「重い剣は特注になりやすいから時間もお金もかかる」
街の衛兵レベルなら14はいたって普通の値だ。
平均から逸脱するほど武器は売れにくくなるので値段も上がる。腕のいい職人の品ならなおさらである。
「使い手の成長と共に威力を増していく──そんな伝承がありましたが、どうやらある意味で真実だったようですね」
さらに、俺たちはその日のうちに二度、魔物と交戦した。
豚に似た二足歩行の魔物、オーク。
死体漁りの得意な鳥型の魔物、キラークロウ。
魔剣のおかげでオークの筋力にも押し負けなかったし、思った通りに扱えるので飛んでいる相手でも狙いやすい。
俺たちを狙った魔物はみな死体に変わり、高く売れる部位や武器、討伐証明を残してフレアの炎に焼かれた。
街のギルドで換金してもらえばそこそこの金になりそうだ。
馴染みのギルドではないものの、ネットワークにより連携しているので問題ない。むしろ別の街の冒険者のほうが物珍しく噂になるだろう。
「どうしましょう。この剣、手放せなくなりそうです」
「心配しなくてもしばらくは使わせてもらえるわよ」
「うん。……それに、しばらくじゃなくて『当分』になる可能性が高い」
「? どういうことですか?」
しばらく魔物討伐をして噂が広がればお役御免じゃないのかと思いきや、
「ステラさんに預けて使ってもらうほうが伯爵家としても有益ということです」
リーシャが微妙に不満そうな顔でそう教えてくれた。
「魔剣の健在を示せば多少は名誉回復になるでしょうけれど、持っていても有事の際に使えるわけではありません。ならば、それなりに名のしれたわたくしたちに預けるほうがいいでしょう?」
『三乙女』はそれなりどころか、激戦区、冒険者の街で三番目のパーティだが。
「リーシャのいるパーティならいどころがわからなくなる心配もない」
「ああ、どっちにしても監視がついてるってことですね」
もちろん俺が持ち逃げしたら追手がついてひどいことになるだろうが。
「これをそのまま使わせてもらえるなら、みなさんのお役にもっと立てますね」
夢のような話だ。
『至高の剣』のリーダー、アルフレッドの持つ聖剣もそうだが、特別な力を持つすごい剣にはロマンが詰まっている。
男なら一度は憧れるだろう。
俺だって英雄的な活躍には何度も憧れた。どこかの遺跡からなにかの魔剣を見つけて大活躍、とか。
そうすれば『三乙女』にも引けを取らないだろう、と。
俺のつぶやきにリーシャがくすりと微笑んで。
「ステラさんはそのままでいてくださいね」
「? わたしはもっと強くなって、みなさんと肩を並べたいです」
「剣の力に呑まれて世界征服だー、とか言い出すんじゃないわよ、ってことよ」
「言いませんよ、そんなこと」
偶然手に入れた『秘蹟』の力でなんとかやれているだけで、俺は俺だ。俺は自分の身の程というものをよくわかっている。
◇ ◇ ◇
「お帰りなさいませ、ステラ様。お疲れになられたでしょう? まずはお召し物をお着替えください」
伯爵家からは一人一部屋ずつ部屋をあてがわれた。
娘であるリーシャは自分の部屋、俺たちはそれぞれ客室である。
客室にも個々で世話役のメイドがついたのだが、
「どうしてシェリーさんがわたしのところに?」
「お嬢様の希望ですので仕方ありません」
部屋で俺を出迎えたシェリーも若干不満そうである。あれか、仲直り計画的な奴が引き続き進行中なのか。
ともあれ服を脱がされる俺。
自分で脱げると言ってみたものの「お客様をもてなすのもメイドの務めです」と強引に服を剥ぎ取られた。
「……さすがに汗と汚れがありますね」
「だから言ったんですが」
今日はリーシャに浄化してもらっていないし、俺もまだ浄化の奇跡は使えない。
「洗濯に回しますので問題ありません。この程度であれば臭いというほどでも……」
言いながら、カゴに入れた俺の洗濯物を見るシェリー。
しばらくなにやら考えた後、俺の下着(上)を手にとって「すぅ……っ」と深呼吸。
「ええ、外に着ていた服には多少血もついておりますが、内側に身に着けていたものは汗のにおいしかいたしませんね」
「な、なにを当たり前のように評価してるんですかっ!?」
なんだこの変態、嗅ぐならリーシャのを嗅げばいいだろうに。
軽く睨むとシェリーはふっと笑い、
「先にお着替えをいたしましょうね、ステラ様」
「シェリーさん、わたしのこと子供扱いしてますね……?」
「滅相もございません。立派になられたお嬢様に比べるとステラ様は幼さが残っておいでですので、昔のお嬢様を思い起こさせる部分があり、大変結構……などとは決して」
だいたい喋りやがったな、内心。
「お着替えはこちらでご用意しておりますのでご安心を」
「え、昨日今日で調達したんですか……?」
「まさか。皆様をお呼びしようと決まった時点から手配しておりました」
それにしてもなかなか急だが。シェリー曰く「裕福な平民向けレベルの」服が十着近くは用意されていた。
事前調査の結果なのだろうが、サイズがしっかり合っているのが怖い。
デザインは若干少女趣味。リーシャを思い起こさせる部分があるのは、ひょっとしてこいつが趣味の大元か?
ちなみに足元はすべて長い靴下、あるいはタイツ。
──どうやらこいつは匂いフェチらしいが。
椅子に座らされ、手ずからタイツを履かせられた俺は、少々妙な想像をしてしまう。
「あの、シェリーさんってにおいに敏感ですよね」
「っ!? な、なにを根拠にそのような!? そ、そそそ、そのようなことは全くありませんがっ!?」
「いえ、そこで誤魔化さなくても大丈夫です。ただその、もしかして足のにおいとかも興味あるのかな、って」
本人のにおいだけでなく着衣のにおいまで嗅ぐのなら、ひょっとして。服のチョイスがこいつならなおさら怪しい。
じっと見つめると、俺の前で跪いたままのシェリーは、俺の足から手を離さないまま。
「ま、まさか、そのようなことは」
ごくり。
動き回って蒸れた足を前にして唾を飲み込んでしまった時点でもうダメだろ。
しかし、これはまたとない反撃の機会……か?
「……嗅いでみますか?」
視線を下ろしながら尋ねると、メイドは信じられない、という表情をした後、俺の顔と足を交互に見て、
「で」
こんこん。
「失礼いたします。シェリー? 入浴の準備ができましたのでステラ様をお連れして──何故入浴前にしっかり服をお召しいただいたのです?」
「そそそ、そうでした! 入浴ですね、入浴!」
慌ててぱたぱたと準備を始めるシェリーだったが──おい、さっきの「で」はなんの「で」だ?
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※伯爵家の魔剣
最高品質のロングソード+1
必要筋力:可変
重さに応じて威力が上昇
ステラには大きめサイズのためバスタードソードとして両手持ちも可能
破壊不可
重さの変更能力を使いこなせば対人戦で攻撃の威力を見誤らせたり、
持ち上げる時に軽くすることで隙を減らしたり、
精密な急所狙いしながら威力を最大化したり(某TRPG風に言うとファイター技能を使いつつクリティカル-1を適用)
いろいろ応用が可能になる
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