伯爵家の魔剣
「ようこそお越しくださいました、『
俺たちが買った家の倍くらいある豪邸。
伯爵家の屋敷に到着すると、初老の家令が他の使用人と共に恭しく出迎えてくれた。
初めての経験に動揺する俺に、フレアが「堂々としてりゃいいのよ」と囁く。
「あたしなんてあの街に出るまで人と話したこともほとんどなかったわ」
逆にすごいぞそれ。
「お帰りなさいませ、リーシャお嬢様。ご立派になられましたな」
「ただいま帰りました、セバスチャン。お父様はどちらに?」
「旦那様と兄君様は応接間にて皆様をお待ちです」
「お兄様──やっぱり、そういうことなのね」
屋敷に入る前に、リーシャが「念のために」と癒やしの奇跡をかけてくれた。
さっぱりし、埃や汚れを落とした格好で応接間に通される。
待っていたのは六十近いと思われる男と、二十代中盤の男だ。顔立ちが似ているので親子だろう。リーシャにもその面影がある。
「お久しぶりでございます、お父様、お兄様」
「おお、良く戻ったな、リーシャ。『三乙女』の方々も良く来てくれた」
立ち上がり、リーシャを迎えて抱きしめるおっさん──伯爵。
顔があからさまに緩んでいるあたり、娘が可愛くて仕方ないらしい。
……それにしてもこの男、それなりに腕が立つな。剣を振っている人間特有の筋肉のつき方をしている。
「到着したばかりで悪いが、話を進めさせてもらえるだろうか?」
「ええ。旅と言っても馬車に乗っていただけだもの」
「途中で一回野盗に襲われたけど」
「ああいう連中、いったいどこから湧いて出てくるのかしらね?」
当然、野盗はぼこぼこにして拘束した。
運ぶ余裕がないので野ざらしで放置だが、街の衛兵に連絡はしたので、うまくいけば回収されるだろう。
脱出されても得物も資金もろくにないんじゃそうそう動けない。
上等な茶と菓子を出され、ソファに並んで座り、
「五人で並ぶのは手狭だろう。リーシャはこっちに来なさい」
「お構いなく。狭いのであればこうするまでです」
「り、リーシャさん」
「あ、リーシャずるい」
「私もやりたい」
当然のように膝に載せられる俺。さすがに人前だと恥ずかしいんだが。
これに、伯爵の隣に座った男がくつくつと笑った。
「すまない。どうやら気のいい仲間に巡り会えたようだな、リーシャ」
「ええ。最高の仲間よ、お兄様」
彼が伯爵家の長男。兄妹仲もそう悪くはなさそうだ。
ちなみに長女はすでに嫁に行って家にはいないらしい。
「さて。話はシェリーから聞いていると思うが、ステラ殿の『秘蹟』──『
提示された額は、危険がないことを考えると破格。
「話はわかりました。ですが、なぜ今になってそのようなことを? ……やはり、お兄様が同席していることが理由でしょうか?」
「話が早いな。そうだ。近々、私はこれに家督を譲るつもりだ。それにあたって少しでも泊をつけてやりたい」
「我が伯爵家はもともと武を誇っていた家柄。最近は当主自ら剣を振るう機会もないことから、他家に侮られているのですね?」
「残念ながらな。だからといって決闘を申し込むわけにもいかん」
「父上は領地から得た収入の大半を冒険者の支援に費やしている。それゆえ、傍目からは地味と見くびられるのだ」
「『冒険者の街』にあれだけ危険を抱えていて、こんなに安定してるのはすごいと思うわ。領主様の仕事にあたしは不満なんてないけど」
フレアが言うと、領主親子は「ありがとう」と笑った。
「其方ら『三乙女』の活躍も街の安定に貢献している。リーシャを助けてくれていることも含めて感謝する」
「別に構わない。私たちにとってもリーシャは大切な仲間」
「はい。助け合うのは当たり前のことです」
「……みんな」
図らずも感動的なやりとりになってしまった。
リーシャに涙ぐまれるとこっちまで感傷的になってしまうが、さすがに泣くのは堪えて。
「でも、剣を手にすればいいだけなんですか? みなさん──みなさまに使えないなら同じことじゃ?」
「確かに。そこで、『三乙女』にはしばらくこの街に滞在し、周辺で魔物討伐をしてもらいたい」
もちろん、討伐の報酬は別途支払われる。
滞在中は屋敷で寝泊まりできるし、定宿の宿代も伯爵家持ち。
「実地で剣を振るうことで魔剣の力を人の口に上らせるわけですね」
「うむ。伯爵家に魔剣が健在とわかれば侮る声も弱くなろう。同時に民を安心させることにも繋がる」
俺たちは顔を見合わせたが、特に断る理由が見当たらない。
「いいんじゃない? 魔物退治なんていつもやってることだし」
「魔剣をタダで借りられるなんてめったにない」
「あの、わたしも、使ってみたいです、魔剣」
あっさりと方針が決まった。
みんなの意見を取りまとめたリーシャが深く頷いて、
「伯爵様。『三乙女』がその依頼、確かにお受けいたします」
さて、これで魔剣が使えませんでした、となったら拍子抜けだが。
◇ ◇ ◇
念のために、と、目隠しをして連れてこられた俺たち。
目隠しが外されるとそこは伯爵家の宝物庫だった。
その奥に、ガラス製のケースに収められた一本の剣が。
銀製の刀身。
一目で業物とわかるうえ、刀身には古代魔法語が刻み込まれている。文字はぼんやりと輝いており力の健在を自ら示す。
柄に嵌め込まれた宝石は透明。ガラス玉ではなく水晶か。
施された装飾は思ったよりもずっと流麗で、どこかの部族が持っていた宝、というよりも、由緒正しい宝剣といったイメージがある。
「昔は部屋に飾り、客人に披露していたらしいのだがな。『どうです? 一度抜いてみていただけませんか?』などと揶揄されることが増えたため、いつしかこうして保管されるようになったらしい」
「せっかくの剣なのに使えないんじゃ宝の持ち腐れじゃない」
「本当にな。私も若い頃は『自分になら使えるのではないか』と喜び勇んで試したものだが」
特定の血筋にしか使えないとかなかなかに難儀な剣だ。
「念のために確認するけど、この剣って持ち主に危険はないのよね?」
「うむ。伝承によれば、使い手の意思に応じて自在に重さを変えると言われている。ステラ殿の手にも馴染むだろう」
「使えれば、の話だけど」
エマが付け加えると、伯爵は首を振った。
「いや、使える。私はすでに確信した」
「それはどうして?」
「刀身が輝いているからだ。このような光景を私は見たことがない。資格を持つ者の接近を剣自らが歓迎しているのだろう」
伯爵自らが鍵を開け、剣を取り出す。
彼は懐かしさと愛着からか、一度刀身を指で撫でた後、両手で俺に剣を差し出してきた。
ごく、と、唾を飲み込む。
「お借りいたします」
一言告げてから柄に触れる。
「これは──」
手に吸い付くような感覚。伯爵の手が離れると、俺は一瞬、ずっしりとした重みを感じ──それから一気に剣が軽くなったような感覚。
しっかりと支え、左手を添えて。
「どうなの、ステラ?」
わくわくした様子のフレアに、俺は「ちょうどいいです」と答えた。
「まるでわたしのために誂えられたみたいに。無理なく力が乗る感じがします」
「おお……!」
目を見開き、歓喜する伯爵。
長男もまた笑みを浮かべて、
「私はもう、使えないものと諦めていたが。本当に、使える者には使えるのだな、その剣は」
試しに振ってみてくれ、と言われ、ホールで試し振りをすると、今まで使っていたそこそこいい剣と比べても天地の差。
俺の筋力に合った最上質の剣。しかも魔力強化が施されており、頑丈さも折り紙付き。
念じるとそれだけで重量を変えることができた。
「速さと正確さを重視したい時は軽くすればいいんですね」
「慣れたらいろいろ使えそうね、フェイントとか」
許可ともらってフレアと打ち合いをしてみると、あのフレアをして「高い」と言う彼女の剣に引けを取らないどころか打ち勝っている。
腕の差で負けたのは俺のほうだったものの、
「この剣なら多少格上の相手にも勝てそうです。きっと、慣れればもっと」
「それはいい。是非、その力を存分に発揮し、魔剣の噂を広めてくれ」
こうして、俺たちは魔剣の試し斬りもとい周辺の魔物討伐に精を出すことになった。
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