シェリー(1)
迷宮探索の翌朝には迎えの馬車が来た。
座席の整った貴族仕様ではなく、荷馬車のような平面タイプ。
それでも貴族家の所有物なので頑丈で丁寧な造りだ。
馬二頭立てでパワーもある。
「快適な馬車で景色を楽しんでいただくべきかとも思ったのですが……」
「十分よ。むしろこのほうが全員乗れていいわ」
「うん。荷物も一緒に載せられる」
荷馬車なのに揺れが少なく乗り心地がいい。
床面に処理が施されているので座っても尻が痛くなりづらい。
「この馬車、きっと高いんでしょうね」
一台あったら便利だろうと呟けば、
「下々の方が手に入れるは困難かもしれませんね」
相変わらずのシェリーである。
見た目は良いのに性格で台無しだ。悪いが俺は敵意を剥き出しにしてくる相手と仲良くできるほど性格が良くない。
機会があったらぶん殴ってやろうか、と──。
「シェリー。あなたの態度は目に余ります」
俺より先にリーシャがキレた。
「お、お嬢様?」
「あなたは伯爵家の使いでしょう? 必要があって依頼を持ってきたのよね? であれば、主役となるステラさんには一層誠意を尽くすべきではないかしら」
正論である。
正論すぎてリーシャ以外にはとても言えない。下手に言ったら逆ギレされかねない。
「ステラさんに謝罪し、許しを請いなさい。できないのであれば、わたくしは『三乙女』の一員として、この依頼を受けるべきではないと主張します」
「っ」
メイドは唇を噛むと、きっ、と俺を睨んだ。
いや、だからそういう態度を叱られているんだろうに。
俺はため息をつきたくなるのを堪えて、
「わたしをそんなに嫌う理由、せめて教えてもらえませんか?」
「……そんなの、決まってるでしょう!?」
「シェリー」
「可愛くて、優しくて、頑張りやで、聡明な私のお嬢様! 出会ってから二ヶ月も経っていないあなたとお嬢様が仲良くしている、という報告を聞いて、私がどれだけ悔しかったと思う!?」
本当にいろいろ調べられていたらしい。
幸い、俺の正体まではたどり着かれなかったようだが。
シェリーはぎゅっと拳を握ると主に向き直って、
「お嬢様もお嬢様です! 甘やかすなら私を甘やかしてください! 私じゃお嬢様の相手として不足ですか!?」
「し、シェリー……?」
リーシャ、引き気味。
うん、俺としてもここまで真っ直ぐに主張されると毛嫌いしづらい。
俺だって『三乙女』に憧れてきた人間だ。リーシャの良いところはたくさん知っているし、愛着も執着もある。
だからこそ、好意を向けられたい気持ちもわかる。
「リーシャさん。シェリーさんには『お姉ちゃんって呼んで』ってやってなかったんですか?」
「そ、それはそうですよ。……お屋敷を出た時のわたくしはまだ子供だったのですから」
「私は自慢じゃありませんがお嬢様を生まれた時から知っています。ですから、甘やかされた経験はなくとも、お嬢様を甘やかした経験はたくさんあります!」
ふんす、と、胸を張るメイド。お前なにを張り合ってるんだよ。
「それならリーシャさんのお姉さんを続ければいいと思うんですが……」
「ようやく大人になられたお嬢様から『これでもか』と愛されたい気持ちがわからないというのですか!?」
いや、わかる。……って、それはともかく。
「うーん。もうリーシャさんが抱きしめてあげれば解決する気がしてきました」
「そうね。減るもんじゃなし、抱っこしてあげなさいよリーシャ」
「あなたの得意分野」
「……うーん。悪い子を甘やかすのは良くないと思うのだけれど。仕方ないわね」
腕を伸ばし、シェリーを抱き寄せるリーシャ。
「あなたをこうして、しっかりと包み込むのは初めてね、シェリー」
「……あの頃のお嬢様は成長を終えていらっしゃいませんでしたから」
懐かしくなったのか、メイドの濃いピンク色の瞳が涙で潤む。
それから彼女はリーシャの胸に顔をうずめ、頬ずりするように動きながらすんすんと鼻を鳴らし始めた。やりたい放題だなおい。
「ああ、大人になられたお嬢様のにおい……。より一層の中毒性を持ちながら、あの頃の良さも失われていません。そのうえ、旅装束でありながら嫌なにおいひとつしないなんて」
うっとり顔。
においに関しては浄化の奇跡の賜物だろうが。
「申し訳ありませんでした、ステラ様。これまでの無礼な言動をどうかお許しください」
半分顔を埋めたまま振り向いたシェリーは俺にそう謝罪した。
「わかってくれたんですか?」
「ええ。……いくらあなた様でも、お嬢様とこのように抱擁したことはないでしょう?」
「シェリー?」
「わたしはリーシャさんと何度も抱き合って寝ていますが」
「ステラさん、どうしてそこで張り合うんですか!?」
いや、つい。
子供の頃のリーシャしか知らないくせに偉そうだなこいつ、とか思ったら少しくらい言い返してやりたくなるじゃないか。
別にあの胸は俺専用だからとか思ったわけではなく。……いや、あわよくばという思いはあるが。それはともかく。
「抱き合って……!? わ、私だってお嬢様と同じベッドで寝たことなんて一度しかないのに……!?」
「あ、でもあるんですね」
「あります! あれはお嬢様が七歳の時。その日は激しい雷雨で、雷の音に怯えたお嬢様が私に懇願したのです。『シェリー、お願い。今日だけ一緒に寝て欲しいの』と──」
「シェリー。……あなた、わたくしの恥ずかしい過去を暴きに来たのかしら?」
あ、リーシャがまたキレた。
しかも、さっきまでのは雇用主、あるいは聖職者としてのキレ方だったのに、今度は普通に個人としてキレている。
そりゃ子供の頃の話を許可もなくバラされたら俺だってキレる。
慌てて「申し訳ありません!」と謝るシェリーだが、
「許しません。罰としてステラさんを抱きしめて差し上げるように」
「……リーシャさん? それわたしへの罰になってませんか?」
「ステラ様? 私に抱きしめられるのは不満だとでも?」
「いえ、わかります。ステラさんを抱きしめて甘やかすのはわたくしの特権です。それを一時的にとはいえシェリーに譲るのは心苦しいのですが、それでも──」
「わ、わかりました。大人しく抱きしめられます」
馬車の床に座って「いつでもどうぞ」と待ち受けると、シェリーはしぶしぶリーシャから身を離し、俺の背後に回り込んできた。
後頭部にかかるため息。
「せっかくお嬢様のにおいを服に移していましたのに……」
なんかヤバいこと言ったな、今?
「これではステラ様の匂いが混ざってしまいます」
腕が回され、後ろからぎゅっと抱きしめられる。
エルフの血のせいか背が高めのシェリーは俺の髪に顔をうずめるような格好になり──。
すんすん。
「お嬢様以外の方の匂いなんて、私は別に」
すんすん。
「……ふ、ふん。お嬢様をたぶらかした女狐になんて絶対に心を許しませんから」
すんすん。なでなで。すりすり。
「あの、どうしてわたし、頭を撫でられているんでしょうか?」
「……はっ!? わ、私は何を!? ステラ様、まさか何か魔法を使ったのでは……!?」
「わたしはなにもしていません」
さんざん匂いを嗅がれた挙げ句、頭を撫でられただけだ。
そんな俺たちを眺めたフレアとエマは、
「どうやらシェリーにもステラの良さがわかったようね」
「無事解決」
そういう話だったか、これ?
釈然としないまま上を見ると、伯爵家のメイドもまた似たような顔をしていた。
で。
盛大に話を戻して。
「魔剣について、到着までの間にご説明いたします」
真面目な顔になったシェリーが、俺を抱きしめたまま本題に入った。
「件の魔剣は伯爵家の家宝。もともとは、国がまだ荒れていた時代、伯爵様の先祖がとある部族との争いに勝利し、国に引き入れた際に戦利品としたものでした」
「平和に暮らしてた部族を力で同化させたってこと?」
「昔はそういうのが珍しくなかったらしい。国境もはっきり定まっていなかった未開拓時代の話」
昔の話だからこそ武勇伝になってるってわけか。
「魔剣はすさまじい力を持っていました。資格を持つ者が振るえばその戦果は十倍にも膨れ上がったとか」
「この手の話はだいたい盛ってるから、話半分に聞いたほうがいい」
「半分でも五倍ね。もうちょっと減らしとく?」
「こほん。ただ、問題もありました。魔剣は件の部族の血を引く者にしか扱えなかったのです。そこで、当時の伯爵様は族長の娘を妻とし、子を産ませることで魔剣を継承させました」
剣だけじゃなくて女まで略奪してるじゃねえか。
「じゃあ、その子供が今の伯爵家の血筋ってわけね。……ん? じゃあ魔剣を使えるんじゃないの?」
「いえ。それが……」
そこでシェリーは言葉を切り、とても言いづらそうにして、
「部族との融和を進めた結果、濃い血を持つ者がいなくなってしまい──伯爵家自体も部族以外の者との婚姻を重ねたため、すでに何代も前から魔剣を扱える者が誰もいないのです」
「なによその宝の持ち腐れ」
「し、仕方なかったの。魔剣を扱うためだけに近親相姦を繰り返すわけにもいかないでしょう?」
まあ、それはそうだが。
「それで、ステラの出番というわけ」
「はい。もはや魔剣の伝説自体が眉唾ではと囁かれる始末でして、せめてその力だけでも本物と証明したいと」
「確かに、ステラの『秘蹟』なら血筋も誤魔化せる可能性があるわね」
「……魔剣、ですか」
伯爵家の失態はともかく、正直興味あるな。
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