最も古き迷宮再び(2)
「しっかりキマイラまで復活してるじゃない」
「正直面倒。だけど稼ぐのにはちょうどいい」
『最も古き迷宮』はまだ稼働中の、魔力供給が継続したダンジョンだ。
罠も魔物も時間を置けば復活する。
そんなものに報奨金をかけていたらきりがないんじゃないかって?
いや、迷宮の魔力も無限じゃない。
時間あたりの生産量には限りがある。強い魔物や罠ほど復元に多くの魔力を消費するので、処理していけば魔物の大量発生を抑えることにつながる。
街への、ひいては世界への被害を防ぐためにも報奨金が支払われているわけだ。
「……それにしても、いつもあのような魔物を相手にしているのですか?」
隠し部屋の入り口前。
きわめて精巧にできた石像(部屋に入るとキマイラになる)を見たシェリーが身を竦ませながら呟く。
「お嬢様が日々、こんな危険を冒しているなんて……」
「あら、さすがのメイドさんもキマイラは怖いのね」
「当たり前。望んで冒険者になった命知らずでも尻もちついて漏らしかねない相手」
「はしたないわよ、エマ。……でも、そうね。確かに危険は多いわ」
答えたリーシャは腰の銃を引き抜いて、
「だからこそ、わたくしたちが戦うことで他者の危険を減らせるの」
「そうね。……さて、作戦だけど。今回はステラにも協力してもらおうかしら」
「もちろんです。それじゃあ、またアレをやりますか?」
ストーンドラゴン戦で使ったフレアとの協力技。
火の半精霊であるフレアは精霊魔法を介することで精霊としての力を全開にできる。
フレアはこれに笑って、
「それもいいけど、せっかくだからシェリーにも手伝ってもらおうかなって」
「……私、ですか?」
「そ。ハーフエルフなんでしょ? 精霊魔法、使えるんじゃないかなって」
エルフは種族的に精霊使いの素質を持っている。ハーフエルフも純エルフほどではないが才能に溢れた者が多い。
シェリーはこれにこくりと頷いて、
「自慢できるほどではありませんが、簡単な精霊魔法なら」
「おっけ。なら決まりね。ステラはあたしに魔力をちょうだい。シェリーの魔法にあたしが応えるから、3人分一気に叩き込みましょ」
他の精霊使いには気を許さないフレアがぶっつけで作戦に組み込むのだから、シェリーはよほど気に入られたらしい。
……というかこいつ、可愛い女なら誰でもいいのか?
若干いらっとしつつも、作戦自体には異を唱えない。キマイラはできるだけ一瞬で倒したほうがいい。
エマとリーシャもこれに頷いて、
「でも、やりすぎないように注意して。最低限首は持って帰りたい」
「わかってるってば。シェリー、合図したら部屋に飛び込んで、すぐファイアボルトをお願い。できるだけ威力を収束させて、胴体に叩き込んで」
「かしこまりました」
そこでフレアは俺に目配せをしてきた。
……もしシェリーが動けなかったら、二人分の威力で攻撃、か?
もちろん、心得ている。次善の策が用意されていることに安堵しつつ、魔法の明かりを灯した剣から松明へと持ち替えて。
「カウントするわよ。3、2、1、GO!!」
始まってしまえば、戦いは前にも増して一瞬だった。
◇ ◇ ◇
エマの電撃、リーシャの銃撃で怯んだところで、シェリーが高速言語での詠唱を始める。
「──キュ、キュキュキュッ」
精霊魔法駆け出しの俺にはうまく聞き取れなかったが、魔法に問題はなく。
「フレアさん!」
「来た来た。よっし、でかいのいくわよ!」
シェリーが起点を作り、俺が魔力を補い、フレアが制御を補佐して。
膨れ上がった特大の炎が一抱えほどの火球に凝縮され、石から戻ったばかりのキマイラに激突、その身体をぶち抜いて奥の扉に吸い込まれた。
後に残ったのは、胴体に焦げ穴を残したキマイラの死体。
「大成功! よくやったわ、ステラ、シェリー!」
「うん。これならちょっとしたドラゴンでも一撃かも」
「火竜とは相性が悪そうだけどね」
討伐証明のために首を切り取り、前回来た時はお宝の入っていた箱をチェック。
結果は……空っぽ。
「残念。さすがに復活しないみたい」
「迷宮内でも復活する宝としない宝があるものね」
これで、前回の最後と同じ状況まで来た。
問題は触れずに帰った奥の扉だ。
「今回はチェックして帰らないといけない」
「けっこう魔力使っちゃったけど、もうひと頑張りするわよ。……キマイラ以上の奴が出てきたら即逃げるけど」
キマイラがもう一匹までなら戦うのか? ……まあ、もう一回ならなんとかなるか。
「あの、今触ると熱いですよね」
「あー。しまった。それがあったわね。じゃああたしが確かめてみましょ」
「フレアさんって熱いの平気なんですか?」
「あの子がやけどしているところは見たことがありませんね」
確かめた結果は「大丈夫なんじゃない?」と頼りない言葉だった。
辛いの得意な奴の大丈夫が信用できないのと同じものを感じたが──俺が触れても、手袋越しならやけどするほどではなかった。
そして、数秒が経過。
「……なにも起こりませんね?」
「起こらないわね?」
「ステラ。念のため素手で触れてみて。やけどしたら後でリーシャが治す」
これでも、俺が軽いやけどを負っただけ。
扉はうんともすんとも言わなかった。
「空振りかあ」
とんだ拍子抜けである。
さらなる脅威と向き合わずに済んだのはありがたいが……。
ほっと息を吐いた俺にシェリーの視線。
「ステラ様の『秘蹟』では不足ということでしょうか?」
「たぶん違う。入り口とこの奥では条件が違うんだと思う」
「というと?」
「入り口は魔力かなにかだけで本人確認をしている。これはステラの『秘蹟』で誤魔化せる。でも、ここから先はたぶん、本人が合言葉を言わないと通れない」
俺の手に入れた二つ目の『秘蹟』は個人に依存する条件をクリアするものだ。
合言葉はその逆。個人に依存せず、知っていれば誰でもパスできる条件なので、『秘蹟』が役に立たない。
組み合わせれば当人以外には利用できない扉になる。
「じゃあほんとに本人じゃないと通れないじゃない」
「他の隠し部屋や遺跡の奥に手がかりがあるかもしれない。合言葉がわかればステラが開けられるかも」
「つまり、ステラ様の『秘蹟』自体は確かなのですね?」
確かめるように問うシェリー。そんな彼女に『三乙女』全員が向き直った。
「やっぱり、あなたの目的はステラ」
「この子になにをさせたいのか、ちゃんと話してもらうわよ」
「シェリー。あなたはまさか、ステラさんにあれを──」
「はい。お嬢様がお考えの通りです」
頷いたメイドの少女は、俺の想像を超えた『本当の依頼内容』を告げてきた。
「ステラ様には、当家の家宝である『魔剣』を手にし、その力を証明していただきたいのです」
◇ ◇ ◇
「……それにしても、地下迷宮というのはひどいところですね。あのにおいはいただけません。人のいていい環境とは口が裂けても言えないでしょう」
宿に到着するとすぐ、シェリーはそんなふうにぼやいた。
自身のメイド服をくんくんと嗅いで不快そうに顔を歪める。
「お嬢様にはやはり、清潔な部屋で素敵なドレスを纏っていただくべきだと思います」
「あの、そんなことより魔剣の話を聞かせて欲しいんですが」
「ステラ様。あなたにはお嬢様の素晴らしさがなにもわかっていないのですね」
信じられない、とばかりに睨まれる俺。
いちいち突っかかってくる奴だ。そりゃお前はリーシャと付き合って長いんだろうが、俺だって一年以上彼女と一緒にいた。
「リーシャさんはとても素敵な方です。わたしたちパーティになくてはならない大切な仲間です。それじゃいけないんですか?」
すると、ふん、と、鼻が鳴らされて、
「お嬢様の美しさ。そして何より清楚で優しい香り。どうせあなたはお嬢様の香りに真に包みこまれたことがないでしょう?」
「シェリー! あなた、少し気負いすぎよ……!?」
リーシャが制止するも、少し遅い。
……あれか。
新手の変態だとは思っていたが、こいつ、主人への異常な愛情だけじゃなくて、いわゆる「匂いフェチ」なのか。
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