最も古き迷宮再び(1)

 夜のことである。


 この日はエマ一人が酔いつぶれた。

 彼女はリーシャが部屋まで運び、俺は食事の残りを片付けつつ、いい感じに酔ったフレアを介抱していた。


「フレアさん、水は飲めますか?」

「んー……。ステラ、キスしてー?」

「意識ありますよね?」


 少女は舌をぺろりと出して「バレたか」と笑う。

 中身が俺だってわかっていて誘ってくるんだからすごいと思うが、こいつ的には身体が美少女なら問題ないらしい。

 心まで女の子にしてしまえば問題ない、みたいなことを言われたのを思い出してぞくっとしつつ、


「まったく。戦っている時はあれだけ格好いいのに」

「あれ? じゃあ、戦ってる時なら告白聞いてくれるってこと?」

「そんなことは言ってません」


 馬鹿な言い合いをしていた時、入り口のベルが鳴って誰かが酒場に入ってきた。


「ごめんなさい、今日はもう閉店──」

「夜分遅くに申し訳ありません。こちらに『三乙女トライデント』の皆様が泊まっていらっしゃると聞いて来たのですが」

「ん?」


 恭しい話しぶりと、聞き慣れたパーティ名。

 飛び入りの宿泊客でも飲み足りない酔っぱらいでもなさそうだと視線を向けると、そこには染み一つないメイド服を纏った少女が一人立っていた。

 桃色の髪と、それよりやや色味の濃い赤系の瞳を持っている。胸はエマより少し小さいくらいか。若干物足りないが十分ある。


「それでしたらあちらのお二人が『三乙女』のメンバーですけど……」


 看板娘の案内で彼女がこちらを見る。

 目が合ったかと思うとこっちに歩いて来て、


「初めまして。『三乙女』のフレア様とステラ様でいらっしゃいますでしょうか?」

「そうですけど……」


 俺たちの情報をどこかで聞いてきたのか。

 俺の不審(フレアはぼーっとしているので無反応)を感じ取ったらしい彼女は「申し遅れました」と一礼して、


「私はこの『冒険者の街』を含む一帯を管理する伯爵家の使いでございます。名前は──」

「シェリー?」


 今まさに名乗ろうとしていた名前を、階段から下りてきたうちの女神官が先取りした。

 すると、シェリーと呼ばれた少女はリーシャへと向き直り、俺たちの時よりも数段丁寧なお辞儀を披露する。


「お会いしとうございました、リーシャお嬢様」

「お、お嬢様?」


 驚きの声を上げれば、リーシャは困ったような表情。

 それを知ってか知らずかシェリーは胸を張って、


「はい。こちらのリーシャ様は伯爵家の次女、れっきとした貴族でございます」


 なんと。


「きちんとした家柄なんだろうな、とは思っていましたけど……」


 領主の娘とは、想像以上に大物である。



    ◇    ◇    ◇



「すみません。隠さなければならない事情もないのですが、なんとなく言い出しづらかったもので……」

「いえ。トラブルを避けるためにはそのほうが良かったと」

「その通りです。下々の者に軽々しく身分を明かせばトラブルの元になりかねません」


 おい、その『下々の者』ってのは俺たちのことか?

 あらかた食器の片付いたテーブルに飲み物だけが四つ。冷えた茶を口にしたシェリーはほう、と息を吐きながら俺の目を真っ向から受け止めてみせる。

 ……なんか敵意を感じるな?


「はー。リーシャってばほんとお嬢様だったのね。びっくりだわ」

「フレアさんたちも知らなかったんですね?」

「あたしたちが知り合ったのはこの街だしね。リーシャの実家のことは詳しくないわよ」


 性癖の件ともども、言いたくないことは聞き出さない、か。そう考えると仲のいいパーティである。俺は追放されたが。


「それで? どうして急にここへ来たのかしら」


 メイドと旧知の仲らしいリーシャは不満げに頬を膨らませて、


「というか、直接宿に来るあたり、わたくしたちについて探っていたのでしょう?」

「申し訳ございません。ですが、お嬢様が無事でいらっしゃるか確認することも必要ですので」


 まあ、愛娘が冒険中に死なないか、親としては気が気じゃないだろう。


「だとすると、リーシャさんが冒険者をしているのはかなり異例ですよね?」

「……そんなことはありません。跡継ぎにならない貴族の子や資産家の子が冒険者を志すのはよくあることです」


 確かに、例の商家でも息子が冒険者を目指していたが、そういうのはだいたい男の子だろう。女子が冒険はなかなかハードだ。

 リーシャは軽く目を伏せて、


「わたくしは地母神さまの教えをどうしても学びたかったのです。そして、微力な身で世の中の役に立つには冒険者が一番だと思いました」

「リーシャさんが微力ならわたしなんて役立たずですけど……」

「リーシャお嬢様とそこらの者で能力に差があるのは当然のことです」


 いちいち言葉に棘があるなこいつ!?

 こほん。


「それで? リーシャの家のメイドがなんの用? まさかこの子を連れ戻しに来たわけ?」

「いえ、そうしたいのは山々ではございますが──」

「シェリー?」

「山々ではございますが、今回は別件。みなさまに依頼があって参りました」

「依頼、ですか?」


 ちらりと、メイドの瞳がまたしても俺を刺して、


「十分な報酬はお支払いいたします。依頼達成に際してさしたる危険も発生しない見込みです。……ただし、条件が一つございます」

「ふうん。その条件って?」


 うまい話には裏がある。

 冒険者たるもの、依頼の裏取りや条件の確認は欠かしてはいけない。

 『三乙女』の面々は凄腕なので基本的には心配ないが、依頼人が脅威を全て把握していなかったり、事情の一部を隠していたり、そもそも最初から騙すつもりだったりするケースはある。

 今回はそこまでややこしくはないはずだが、


「はい。『最も古き迷宮』の隠し部屋をこの目で確認させてください」


 果たしてシェリーはそう答えたのだった。



    ◇    ◇    ◇



「じゃあ、迷宮の調査自体は依頼じゃないんだ?」

「ええ。本命の依頼は別でございます。あくまでも『これ』は前提条件とお考えください」

「ふうん。まあ、だいたいわかった」


 翌日。俺たちは『最も古き迷宮』に五人で潜っていた。

 五人である。

 本人が「この目で見たい」と言った通り、シェリーは迷宮までついてきた。それも、メイド服のままで。


『ご安心ください。こう見えて腕に覚えがございます』


 嘘くさい証言を、しかし他でもないリーシャが肯定して、


『この子の言うことは本当よ。魔物相手は不慣れだろうけれど、少なくとも足手まといにはならないはず』


 確かに、シェリーはただの素人ではなかった。

 護身術かなにかを習っているのか、足の運びかたに特徴がある。

 筋力が高くないので相手を選ぶものの、魔物ではなく対人であれば、成人した男相手でも勝てるだろう。

 道中でゴブリンと出くわした際は、履いている丈夫なブーツで一匹を蹴り倒し、踏みつけにして絶命させて見せた。


「……メイドというのはみんなこんなに強いんですか?」

「まさか。シェリーは特別です。こう見えてこの子はわたくしよりも年上ですし」


 なるほど。戦いの際にちらりと見えた耳が長かったような気がしたが、


「シェリーさんはハーフエルフなんですね」

「気安く名前を呼ばないでください」


 否定しないと言うことは合ってるんだろうが、なんだこのキツい態度は。まさか俺の正体がバレて──?


「シェリー……。どうしてステラさんにだけ冷たいのかしら? 返答によっては考えがあるのだけれど?」

「そ、そんな、お嬢様! 違うのです! お嬢様はこの女に誑かされているのです! どうか、愛でるのでしたらこのシェリーを!」


 ……ああ、うん。

 正体うんぬんではなく、単にリーシャが俺と仲良くしているのが気に入らないらしい。

 リーシャに対して妙にきらきらした視線を送っているし、おそらくなんだろう。


 フレアたちと付き合っている俺としては別に珍しくもないし、今更変態が増えようとそこまで驚かない。考えてみるとリーシャの関係者だしな。


「す、ステラさん? その冷ややかな目線は止めていただけませんか? わたくしは潔白ですので──」

「はいはい。そろそろ例の場所に着くわよ。……って、どうせなら他の隠し部屋がないか調べておけばよかったわね」


 みんなに警告を出したフレアが「いい?」とばかりに目配せすると、シェリーはさすがに表情を戻して「お願いします」と答えた。


「ステラ様。迷宮の隠し部屋を暴いたというそのお力、見せていただきます」


 なるほど、そういうことか。

 俺は「わかりました」と頷いて、ただの壁に見えるそこに向かい合う。

 時間が経っているので隠し通路はもう閉じている。

 先にフレア、エマ、リーシャが触ってみるもののなにも起こらず。


「行きます」


 宣言した俺が手を触れると、あの時と同じく、壁が音を立てて動き出した。

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