フレア(3)
……人生終了せずに済んだ、か?
あの後、俺は特に追求されることなく朝を迎えた。
なにも言えずにいると、フレアが数秒で寝息を立て始めたからだ。
寝ぼけていたのだろう。
日が高く昇ってから起きてきた彼女はなにごともなかったかのように「おはよ」と挨拶をしてきた。
若干警戒しつつ「おはようございます、フレアさん」と返し、服を着替えた。フレアは俺をじっと見て、
「ほんと綺麗な身体してるわよねー、あんた」
「ありがとうございます」
「っていうかあたしの荷物隣じゃない。リーシャとエマ、取込み中だったりしないわよね?」
ぶつくさ言いながら昨日の服を着込み、部屋を出ていった。
うん、これはバレてないな。
ほっと息を吐き、無事に済んだことを神に感謝したところで、
「そうだ、ステラ」
「わひゃっ!?」
出ていったばかりの少女が再び顔を出した。
「なに変な声出してるのよ。朝ご飯食べたらまた特訓するからね」
「あ、はい。わかりました」
こくこく頷く。なんだよ、フェイントみたいな真似するなよ……。
泥酔している時で本当に助かった。これからは気をつけよう。
俺はしっかりと心に誓って。
◇ ◇ ◇
「で、クライス? あんたなんでそんな格好してるわけ?」
なんでバレてるんだよ!?
……順を追って話そう。
二日酔いのエマを尻目にけろっとした様子のフレアは朝食をしっかり平らげると、俺を宿の地下にある特別な部屋へと誘ってきた。
ベッド他、最低限の家具しかない石造りの部屋。
騒音に煩わされたくない客や、逆に人に聞かれたくない声を出したい客、訳ありで人目を避けている客などが使う場所らしい。
「どうしてこんなところへ?」
きょろきょろと室内を見渡しつつ尋ねると、
「いつも裏庭使うのも悪いし、ここのほうがまだ暴れやすいでしょ」
答えて拳を握ってくる。
「たまにはこっちも練習したいしね」
壁沿いに配置された家具に気をつければ空間的にはそれなりに広い。照明さえ魔法で確保すれば、荒事で宿の壁を壊したりする心配をしなくて済む。
なるほど、と俺は頷いて、
「お手柔らかにお願いします」
「それはあんたの頑張り次第かしら」
当然のごとく俺はフレアに敵わなかった。
剣ほどではないにせよ、フレアは格闘も一線級だ。こっちの攻撃はあっさりと捌かれ、 手加減した向こうの技をこっちは必死に防がないといけない。
冷たい地下室だというのに汗が吹き出し、下着が肌に張り付く。
濃密なトレーニングを施された俺は、棒のようになった手足を止めて「もう無理です」と降参。
「なによ、だらしないわね」
紅の髪、紅の瞳を持つ美少女は軽く呼吸を乱しながらも「やれやれ」と首を振った。
「そんなんじゃ敵にやられちゃうわよ。ほら、こんなふうに」
「やっ……」
腕を引っ張られ、背中を床に押し付けられる。
俺の上に馬乗りになった少女は両手をわきわきと動かし、脇の下や腹、首筋を好き放題に弄り回して。
弱いところをくすぐられた俺は高い声で悶絶。物凄い羞恥を感じながら「なにするんですか!」と抗議した。
けらけらと笑うフレア。
「ごめんごめん。ステラがあんまり可愛いから」
いや、可愛いと言われても嬉しくないが。
今のこの身体が可愛いのは確かだ。美少女ぶりで言ったら粒ぞろいの『三乙女』以上と言っても──。
「で、クライス? あんたなんでそんな格好してるわけ?」
ここで話がようやく追いついてくる。
なにを言われたのかしばらく理解できず、俺はぽかんと瞬きをした。
いや、その話はもう終わっただろ? お前ここまで普通だったじゃん? なんで今になって追求してくるんだよ、おかしいだろ?
動揺を抑えきれないままに作り笑いを浮かべる俺。
「な、なに言ってるんですか? そのクライス、さん? って誰ですか?」
「あんた昨夜返事したわよね、クライスって呼ばれて」
きっちり覚えてやがる!?
逃げられない。体力はすっかり奪われているし、フレアの体重もかかっている。少女の冷ややかな目がこちらを見下ろし、
「安心していいわよ。ここなら誰にも聞かれないから」
それは俺の処刑を存分に行えるって意味か?
「……な、なんのことだかわかりません。酔って勘違いしているんじゃ」
「考えてみるとおかしいのよ。あんた変なところで男っぽいじゃない? 仕草とか。喋り方も無理矢理丁寧にしてるみたいなところあるし」
いやお前そういうキャラじゃないだろ、推理とか始めるなよ!?
「冒険の技術は覚えてるのに、スカートは初めてみたいな態度だったわよね。生理もめちゃくちゃ動揺してたし、女の子同士で妙に恥ずかしがるし」
「わたしも記憶がないのでそう言われても……」
「記憶喪失のわりに思い出そうとしないし、そもそもあんたの持ってた技能があいつと一致するのよ。……これでまだしらばっくれるつもりなら『クライス』があれからどうなったのか聞き込みして回るけど?」
「命だけは勘弁してください」
俺は瞳に涙を浮かべて懇願した。
こっちにジト目を送ってきたフレアはたっぷり間を置いたうえでため息をつき、
「まさか本当にあんただったなんて」
「……な、なあ、この事、エマとリーシャは知ってるのか?」
「知らないわよ。リーシャはお人好しだし、エマはあんたに本気で惚れてるし」
「いや、あの、ええとだな」
「説明」
「はい」
こいつだけ気づいたのはむしろ野生の勘か。
観念した俺は洗いざらい白状した。
「『
「ふうん? じゃあ魔法で変身してるとかじゃなくて、これが今のあんたの身体なんだ。正真正銘女の子ってわけ」
「ああ。愛着のある身体だったが、泣く泣く捨てた」
「っていうかその顔と声でクライスの喋り方されるとめちゃくちゃ違和感あるわね」
そりゃそうだろうな、ステラの姿に男口調は似合わない。
「……はあ。なにが記憶喪失よ。体のいい嘘じゃない」
「そうでも言わないと誤魔化せないだろ」
「まんまと誤魔化されたわ。だってあんたいい匂いするし、可愛いし、身体柔らかいし、素直だし」
あ、これ殺されるんじゃね?
可愛さ余って憎さ百倍。騙されていた怒りが爆発すればただじゃ済まない。
「男に興味なさそうだったのも『そういう』わけ? すました顔してあたしたちの身体見て喜んでたわけね?」
「べ、別に喜んでなんか──」
「じゃあアルフレッドみたいなイケメンのほうが好みなんだ」
「正直お前らと仲良くなれて大喜びしてました」
こうなったら煮るなり焼くなり好きにしろ。俺は破れかぶれの心境で答える。
すると、フレアの指が俺の首に添えられた。
絞められる……!? せめてひとおもいにぐさっとやってくれればいいものを、いやまあ、仕方ないんだが……!?
思えば短い天国だった。
観念して瞼を閉じる。まあ、最後にいい夢が見られた。あの時『秘蹟』を使ったのは後悔していない。この約1ヶ月間、本当に楽しかった。
「俺の死体を処分する時は気をつけろよ。気づいていないんならエマたちには知られないほうがいいだろ」
俺は、審判の時を待って。
「────」
「────」
「────?」
いつまで経ってもなにも起こらない。
不思議に思って目を開けると、ものすごく不服そうなフレアの顔があった。
「殺さないのか?」
「そりゃ、殺したいくらい怒ってるわよ? でも、そんなことしたらもったいないじゃない」
「勿体ない!?」
「勿体ないでしょ。こんなに可愛いのに。まだなんにもしてないのに。本当ならキスとか、その先とか、あとお揃いの衣装で露出したりとか、いろいろしたかったのに!」
「どさくさに紛れてなに言ってんだよこの変態が!」
「女の子になって昔の仲間に近づこうとした変態に言われたくないわよ!」
やばい、返す言葉もない。
「じゃあどうするんだよ。まさか、俺を見逃すのか?」
返答は数秒の後に来た。
「そうね。黙っててあげるわ」
「なっ!?」
「ただし条件があるの。それはね」
首に添えられていた指が代わりに俺の頬と胸をなぞって。
「これからもあたしたちと冒険すること。それで絶対逃げたりしないこと。あたしたちのしたいことにできる限り付き合うこと、よ」
それは条件というか、罰として成立しているのか……?
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