祝勝会
街に帰還した俺たちはストーンドラゴン討伐報酬のうち二割を『至高の剣』の取り分とし、ギルド職員に預けた。
残りの八割は自分たちで山分けである。
「わたしは大したことしていないので申し訳ないですが……」
「なに言ってるのよ! あたしの力を引き出せる精霊使いなんてステラくらいよ?」
「確かに。フレアが素直に従う相手は少ない」
「ステラさんは得難い才能の持ち主ですね」
その日の夜は宿に戻って祝杯を挙げた。
なにもない日でもわりと飲んでるが。特にフレア。お祝いの日は酒の種類や量がグレードアップする。
ポテトと鶏肉のグラタン、豆のポタージュ、ニンジンのグラッセにチーズ盛り合わせ、焼いたソーセージ等々。
豪華な料理がテーブルに並び、思い思いの酒で乾杯。
「ストーンドラゴンのおかげで家を買う費用も心配なさそうね」
「留守を守る番人も用意できそう」
「ゴーレムが守る家とかちょっとしたダンジョンですね」
「そうするとわたくしたちはダンジョンマスターになるのかしら。少しわくわくするわね」
強敵との戦い。豪華な報酬。次々と生まれる新しい目標。仲間たちとの交流に美味しい食事。
俺が思い描いた「理想の冒険者」の姿が今、ここに実現していた。
「みなさんのおかげでわたし、とても大きな冒険ができました」
男だった頃も「楽しくなかった」と言えば嘘になる。
ただ、あの頃はフレアたちについていくのに必死だった。年下の横暴な女たちに不平不満もあったし、休みの日も装備の点検や技術の向上で忙しかった。
今も忙しいのは変わっていないが、あの頃よりも格段に毎日が充実している。
これも全部、美少女になったおかげなのか。
あるいは素質溢れる身体に変わったからなのか。
「ありがとうございます。わたしを拾ってくれて」
酒が入ったせいか妙に感傷的になっている。
素直な感謝を口にすれば、フレアは「なによ、あらたまって」って恥ずかしそうにした。
紅の瞳が光の加減か、若干潤んで見えた。
「仲間なんだからお互い様でしょ? それに、あたしたちの冒険はまだまだこれからよ?」
「その通り」
黒髪黒目のエマはいつも通り──と見せかけて、若干不健康なくらいに白い肌が酒のせいで朱に染まっている。
「迷宮の開けてない扉もある。他にも隠し部屋があるかもしれない」
リーシャも穏やかに酒のグラスを傾けながら「そうですね」と微笑む。青い綺麗な瞳は俺をじっと見つめていて、
「ステラさんの記憶も取り戻して差し上げなければ」
「いえ、それは無理にとは……。特別困っていませんし」
「そうはいきません。ある日突然記憶が戻って、代わりにわたくしたちのことを忘れてしまう、などということもあり得るのですから」
確かにそういう例は聞いたことがあるが、俺には「失われた記憶」なんてないんだよな……。
まあ、そのうちリーシャも諦めるだろう。
「これからもよろしくお願いします。フレアさん。エマさん。リーシャさん」
知らず、俺の顔には笑みが浮かんでいた。
それを見た三人もまた満面の笑みを浮かべて「もちろん」と答えてくれたのだった。
◇ ◇ ◇
潤沢な資金に任せて好き放題に飲んで食べて。
終わってみると泥酔者二名。飲み過ぎでテーブルに突っ伏したフレア、エマを俺とリーシャは「困ったものだ」と見下ろした。
「いいですか、ステラさん。聖職者たるもの、常に自分を律しなくてはなりません。仲間に介抱されるのではなく、仲間を介抱できるようになりましょう」
「はい、お姉様」
美女、美少女とはいえ酔っ払いはみっともないし面倒くさい。
真っ赤な顔で意識を朦朧とさせ、酒臭い息を吐く二人を見て「エロい」とは思わなかった。
その点リーシャはしっかりしている。顔は赤いが足もふらついていないし、仲間の面倒を見る余裕がある。尊敬をこめて普段はしない呼び方をすると、
「……ステラさん。もう一度言ってください。いえ、ベッドの中で何度でも」
「リーシャさんも酔ってるじゃないですか!」
「冗談です」
嘘つけ、絶対半分以上は本気だったぞ。
俺を抱きしめようと回した腕をリーシャはものすごく残念そうに離すと「手分けして部屋に運びましょう」と言った。
「エマはいろいろと問題があるので、フレアをお願いしていいでしょうか?」
「わかりました。身長的にもフレアさんのほうが運びやすそうです」
「ふふっ。筋肉の分、体重はあまり変わらないはずなのですけれど」
言ってリーシャがエマを抱き起こすと、首のあたりから「じゃら」と音がした。
「じゃら?」
「……鎖、のようですね」
首に黒革のチョーカー──というか、デザイン的にはむしろ『首輪』──が巻かれており、その金具に短い鎖が接続されているようだ。
帰ってきた後、部屋に荷物は置いたが着替える時間はとっていない。ということはこいつ、こんなものつけたまま戦っていたのか。
「邪魔じゃないんでしょうか……?」
「エマいわく、精神集中の助けになるそうですよ」
「わたしはないほうが集中できそうな気がします」
首輪以外にもひょっとしたなにかつけているんだろうか。
確かにこれは年長者に任せたほうがいい。いや、俺のほうが本当は年長だが、外したり引き抜いたりとか俺がやるのは問題だと思う。
「
「わかりました」
フレアは薄着なので脱がなくてもあまり支障がないし、脱がせるにしてもやりやすい。自分から露出している女なら罪悪感も少なめだ。
比較的小柄で細身な身体を、華奢な見た目に似合わぬ筋力で抱き上げる。酔っぱらいでも身体は柔らかいのが良いのか悪いのか。
下が見えないので転ばないように気をつけながら階段を上がり、俺とリーシャで使っている部屋へ。窓を開けて夜風を入れながら水差しから水を飲ませる。ついでに俺も──ってこれ、間接キスか?
「ん〜……」
若干寝苦しそうなので下着だけ残して服を脱がせてやった。酔って顔が赤いせいか若干目の毒である。
女を酔わせて連れ込み宿に──とかよくあるよな。
思うんだが、前後不覚になるほど酔わせたうえにエロいことなんかしたら「気持ち悪い」と粗相される可能性が高くないか?
それなら素面の時に口説いたほうがまだ……って、それができないからヘタレと呼ばれるわけだし、それで成功するならもっといい人生送っているわけだが。
なんにしても。
「本当、綺麗だな」
なんだかんだ言って俺もけっこう飲んでいる。
酒の影響というのは飲んでいる時よりも飲んだ後のほうが来ると思う。丸暗記して覚えた水作製の魔法で水差しの中身を補充し、自分とフレアの口へ交互に与えた。
しばらく、このままフレアの寝顔を見ていようか。
こいつは『
男女の関係になれると本気で思ったことはなかったが、その美しさに妄想したことはたくさんあるし、見惚れたことはもっとある。
だから、少しくらいは役得があっても、
「ゆっくり休めよ、フレア」
俺は、誰も聞いていないと思って気を緩めて、
「んー……クライス、水」
お姫様の寝言に「はいはい」と応答。
……応答してから、呼ばれた名が違うことに気づいて。
硬直した俺は、恐る恐るフレアの瞳を覗き込み。
薄く開かれた瞼の奥にルビーのような色合いがあるのを見て「あ、終わった」と思った。
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