石竜討伐(3)

 今日の相手はストーンドラゴン。

 剣では刃が立たないとわかっていたため、俺は別の武器を用意していた。

 ちゃんとした武器屋で買った、質のいい弓。

 それも、俺が引ける範囲でできる限り威力の高いもの。

 盗賊は狙ったところに当てるために敢えて軽い武器を用いるが、今日の俺は戦士、あるいは狩人として弓を引く。人に比べてでかい身体だ。大雑把な狙いでもどこかには当たる。

 矢は、貫通力も射程も度外視した破壊力重視。楔のような形状をしたそれをつがえ、距離と角度を保ちながら放つ。

 ガン、といい音。

 大したダメージにはなっていないが、竜の持つ石の鱗が僅かに欠けた。石と石の間にうまく入ってくれればもっと威力が出るはずだ。


「その調子です、ステラさん! そのまま撃ち続けてください!」


 リーシャも銃を引き抜き、二丁を連射。

 ちまちまと攻撃を重ねる俺たちをストーンドラゴンの双眸が鬱陶しそうに捉え、


「《ファイアーボール》」


 エマの放った火球が竜の顔面脇に直撃!


「炎を防げても、爆発の衝撃までは防げない」


 着弾した火球が炸裂、悲鳴を上げ身をよじろうとする竜に、アルフレッドの持つ大ぶりの剣が殴った。


「君達か! できれば僕達だけで片付けたかったけど、仕方ない、協力してくれるか!?」

「とどめを刺すのはあたしたちだけどねっ!」


 フレアは敵の顔面に炎を叩きつけ、


「こっちよ、デカブツ!」


 成人男性の数倍もの体長を持つ竜を挑発する。

 バランスの取れた前衛であるアルフレッドより、スピード型のフレアのほうが囮役には向いている。一発直撃するだけでも危険だが、うちのリーダーは危なげもなくひらひらと攻撃を避けていく。

 代わりにアルフレッドが側面へとまわり、尾の一撃に気をつけつつも、竜の身体を削り取る!


「《パラライズ》。──失敗」


 エマのかけた麻痺の魔法に竜は抵抗。効果は霧散し、効果を発揮しない。状態異常系の魔法は抵抗されると弱いのが玉にキズだ。


「仕方ない。それなら、《エンチャントウェポン》」

「ありがたい!」


 フレアとアルフレッドの剣に即席の付与が飛び、威力を上乗せ。削られる岩の量が目に見えて上がった。


「これなら──!」

「いえ、まだ油断はできません……っ!」


 リーシャの銃に命を削り取られ始めたせいか、ストーンドラゴンはさらに凶暴化。尾の攻撃が地面に凹みを作り、体当たりと牙がフレアたちを襲う。

 距離を取っている俺でさえ気を抜くと巻き込まれそうだ。

 しかし、さすがに二パーティ合同なら──。


「撃ちます! 避けてください!」


 回復を終えた向こうの精霊使いからの忠告。

 俺の精霊視に映る薄い緑色。風の精霊が槍使いの獲物に力を与え、


槍投げジャベリン!?」


 男の精霊使いは一人前に達すると、戦の精霊を鼓舞して槍を投げさせることができるが──これは二人がかりでの擬似的な再現だ。

 風を纏った槍は勢いよく飛び、フレアたちの避けた後をすり抜けて、敵の関節に突き刺さった!」


「やるじゃない! これなら!」

「絶好のタイミング。《ライトニング》」


 電撃が槍に突き刺さり、金属部分を伝わって内側から竜を焼いた。絶叫、尾がでたらめに暴れまわり、余裕のなさを如実に示す。


「チャンスだ! 一気に畳み掛ける!」


 アルフレッドは剣を片手で支えると、至高神へと祈りを捧げる。聖なる力を打撃力に変えて神の敵を討つ、攻撃用の奇跡。

 残る魔力をギリギリまで捧げたのか、膨れ上がった輝きが石の鱗を大きく弾き飛ばして、


「詰めが甘い。確証もなく全力を吐き出すのは二流のやること」


 ストーンドラゴンは、未だ健在。

 手負いになってなお、俺たちを殺し尽くすことを諦めていない。仲間からはぐれたか、あるいは一匹狼を気取ったのか、いずれにせよ奴にもプライドはあるらしい。

 そんな相手に二発目の雷が突き刺さり、


「フレア。とどめは任せる」

「おっけ。……ステラ、あれをやるわよ!」

「はい!」


 あれってなんだ? とならないように打ち合わせは済ませてある。

 半人前どころか見習いレベルだが、俺は精霊の存在を感じ取れるようになった。特にフレアの存在ならばはっきりと感じられる。

 そして、俺には平均以上の魔力がある。


 通常、精霊魔法は精霊に呼びかけ指示を出すために時間をかける、あるいは独自の圧縮言語を用いて時短するのだが、半精霊であるフレアに本領を発揮させるのに凝った行為は必要ない。


「決めてください、フレアさん!」

「もちろんよ! ……焼け死になさい、ドラゴン!」


 他にろくな使い道のない俺の魔力をありったけ。

 それがフレアの精霊としての力を喚起。本人の魔力もさらに動員して、特大の炎を作り出す。

 それは、冷静さを欠いた今のストーンドラゴンにかわせるものではなく。


 ──石の鱗を持つ竜は、絶叫と共に炎に巻かれ、窒息と蒸し焼きによって絶命したのだった。



    ◇    ◇    ◇



「あー、もしかしてやりすぎた? ……でもないか。岩だから思ったほど焦げてないわね。中の肉は駄目だろうけど」


 ゴブリンを群れごと焼き殺せそうな火力を放っておいてあっけらかんと言い放つうちのリーダー様。

 竜が確かに死んでいることを確認すると剣を振り下ろし──。


「駄目ね。ねえアルフレッド、ここ斬ってくれない? この剣高いのよ」

「……やれやれ。僕の剣も決して安物ではないんだけどね」


 あいつの使っている剣は古代魔法王国期の遺物だったはずだ。安物どころかめちゃくちゃ高い。その代わり、耐久力が馬鹿みたいに上がっているので不朽に近く、刃こぼれする心配がない。

 ナンパ男ではあるが根はいい奴なのか、それともフレアの点数稼ぎも狙っているのか、言われた通りに首を斬り落として。


「負けたよ。とどめは君の──いや、君たちのものだ。ついでに危ないところを助けられた」


 こうやって素直に負けを認められるのは美徳だろう。

 俺は少しだけアルフレッドを見直して、


「は? あたしたちの勝ちだなんて見ればわかるじゃない」

「フレアの言う通り。それより、約束通りゴーレムの核を調達するのを忘れないで」


 お前らもう少し雰囲気ってものを考えてくれないか。

 まあ、あんまりでかい顔されても困るのは事実だが。


「アルフレッドさん。これで、わたしのこと諦めてくれますか?」


 釘を刺しておこうと尋ねれば、イケメン聖剣士はふっと笑って、


「また出直すよ。必ず君を口説き落としてみせる」


 諦めろよ!?

 ドン引きする俺をよそに、彼はマントをなびかせて歩いていく。女子三人組が慌てて俺たちに駆け寄ってきて「助けてくれてありがとう」と頭を下げた。


「……ね、あなた、彼のこと本当になんとも思ってないのよね?」

「はい。地母神さまに誓って」


 にわか信者だが、神の名を出すのは効果があったらしい。彼女たちは微笑んで「それじゃあ」とリーダーの後を追っていった。

 ちゃっかり槍は回収していったが、だいぶボロボロになっていたので帰ったら買い直しだろう。


「討伐報酬が入らないのに装備が駄目になって、踏んだり蹴ったりですね」

「自業自得よ。……と言いたいところだけど、少しくらい報酬分けてあげてもいいかもね」


 俺たちはストーンドラゴンの首に保護の奇跡をかけたうえで回収、村に戻って一泊した。

 『至高の剣』ご一行様は気まずかったのか先に馬車で出発しており、もう一度顔を合わせることはなくて済んだのだった。

 なお、その夜のフレアは上機嫌で、


「ねえエマ、リーシャ見た? あたしとステラの合体技! めちゃくちゃ格好良かったでしょ?」


 名前を挙げて自慢された俺は正直少し恥ずかしかった。

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