ステラ(7)
「すみません、こんな格好で」
「気にしないで。大事な仲間に無理させられないでしょ」
朝食の後、俺とリーシャの使っている部屋に全員集合。
温かくするのも有効ということで俺は毛布をかぶり横になった。フレアの「添い寝してあげましょうか?」という申し出は丁重に断って、
「で、急に家とかどうしたの」
エマの問いにフレアは「前々から欲しかったのよ」と笑った。
「あたし、家って住んだことないから」
なんだ、野生児か?
「フレアは精霊であるお母様に育てられたものね」
「あ、それで家が……」
「そ。ママには家とかいらない、むしろ家を燃やしかねないでしょ。あたしが生まれた時にはもうパパはいなかったし」
こいつ、意外と苦労してるんだな……。
しみじみ思っていると、普段は剣を握っている指がつんつんと指同士で触れ合って。
「エマとリーシャとは、なんていうか、家族みたいなものだと思ってるし? ステラもいてくれたら楽しいかなって」
恥ずかしそうにするなよ、可愛いだろうが。
俺の恨みの半分を占める少女にしおらしくされると調子が狂う。男だった頃の仕打ちも「実は俺が悪かったんじゃね?」とかわずかながら考えてしまう。
エマは「なるほど」と頷いて、
「宿代節約のためかと思った」
「まあ、そりゃ宿代は浮くけど。……節約になるかしら?」
「長い目で見れば得にはなるかもね。部屋数によっては一人一部屋使えるし」
「一人部屋は重要」
「エマの趣味は全員にバレてるんだから別に隠さなくてもいいのに」
「いや、少しは隠してください……」
家があればこの前みたいに不在の間、宿代を払い続ける必要もなくなる。本を読むために夜ふかし、みたいなこともしやすい。
「わたくしとしても、早起きしてみんなを起こしてしまう心配がなくなるわね」
「ステラと同じ部屋なら一緒にお祈りすればいいんじゃ?」
「いや、それじゃリーシャばっかりステラと同室になるじゃない!」
一人部屋になったら夜這いかけられそうだなこれ。
「ステラはどう? 賛成? 反対?」
紅の美少女に顔を覗き込まれて、羞恥心を覚えつつ。
「わたしも一緒でいいんでしょうか……?」
なにしろ汗臭いだのなんだの言われていた俺である。警戒はする。
が、そんな裏事情は伝わるはずがなく。
「いいに決まってるじゃない。むしろ、簡単には逃がさないわよ?」
「そっか。家を共同で買えばもったいなくて逃げられない」
「プレゼント作戦より確実ね」
どんな繋ぎ止め方だ。
「そういうことなら、わたしは構いません。……というか、嬉しいです」
宿の場合、部屋の中はプライベートスペースとはいえ、一歩廊下に出れば共用部分。他の冒険者や旅人と出くわすこともあるし、眠りに落ちようとした瞬間に大きな声がして目覚めてしまうこともある。
そういうのがなくなる上、フレアたちとプライベートを共有できる──それほど許されているというのは、嬉しい。
これに三人が犬猫でも見るような顔をして、
「でも、建てる必要はある? 一から建てると費用が大きくなる」
「だって建てるところから始めたほうが好きに決められるじゃない」
「それはそうだけれど、土地代に職人の人件費、設計の費用とかなりかさむわよ?」
「……そんなに変わってくる?」
「変わる」
「変わるわね」
家っていうのは代々伝えていくもの、あるいは前の所有者から買い取ったり引き継いで大事にしていくもの、というのが基本の考え方だ。
なにしろ、リーシャの言う通り金がかかる。
簡単に作れば安く済むが、丸太小屋や、大きめの石材を積んだだけみたいな家は相応にしょぼい。隙間風のせいで冬場なんかは「屋外よりはマシ」程度にしかならなかったりする。
こういう街中だと空いている土地にも所有者がいるから、まずはスペースを買い取るところから始まるし。
「場所の確保からいろいろやっていたら一年くらいかかってしまうかもね」
「一年もかけてたらその間にあたしたち、この街の一番になっちゃうじゃない!?」
その自信はどこから……と言いたいが、あながち不可能ではなさそうなのが困る。
「というわけで、空き家を買い取るほうが現実的」
「誰か住んでた家ってにおいとか染み付いてたりしない?」
「リーシャが浄化の魔法をかければいい」
「リーシャさんの奇跡って本当にすごいですよね……?」
「そんなに褒めないでください、ステラさん。恥ずかしいです」
頬に手を当てて照れながら、目だけで「お姉様って呼んでくれていいんですよ?」と訴えてくるリーシャ。これがなければ頼りになるお姉さんなんだが。
「む、私だって役に立つ。家を買うとなるとセキュリティは不可欠。鍵をかける魔法は便利だし、魔道具を設置するなら学院に相談するのがベスト」
「あー。宿だと空き巣って入りづらいもんね」
そのへんは安宿だとあんまり効果なかったりするから、値の張るこの宿の利点だが。
「家に住むなら家具も必要だし、最低限金庫の設置は必須。できれば侵入者撃退用の罠も設置したい」
「魔法の罠とかお金持ちの家にもそうそうないですよ?」
「私にとっては人を雇うよりそっちのほうが簡単」
本当に規格外だなそのパーティ。
この主張にフレアは「ふむふむ」と頷き、それからにやりと笑って、
「そこまで具体的に考えるなんて、エマもけっこう乗り気ね?」
「だって楽しそうだし」
「わたくしも賛成。予算の都合もあるし、物件や土地を探してみないとわからない部分もあるけれど」
「そういうことならとりあえず探してみましょ! それと、みんなの希望も聞かないとね」
既存の家を購入するとなるとオーダーメイドとはいかないが、条件に合わない家を除外することはできる。
「あたし的にはなんと言っても庭が欲しいわ。剣も魔法も好きに練習できるじゃない?」
「私は広いお風呂が欲しい」
「わたくしは……キッチンがある程度充実していると、料理もできて楽しいかしら」
口々に言った三人の目がこっちに向いて「で、ステラは?」とばかりに輝く。
俺は瞬きをしながら慌てて思考を巡らせて──やばい、なにも思いつかない。
家を買うとか、冒険者の夢の一つだ。
引退した前のパーティ──剣士と女盗賊は別の街で一緒に暮らすと言っていた。要するに、人によっては叶えたら引退できるレベルの目標。
それ以上、なにを望めというのか。
そこらにいくらでもいるレベルの冒険者だった俺にはもったいなさすぎる。
それでもなにか、と考えて、
「えっと、ふかふかのベッドと、服を収めるクローゼットが欲しいです」
「可愛い」
「可愛い」
「ふふっ。ステラさん、とても可愛らしいです」
疲労回復と、増えそうな衣装対策だったのだが、結果的になんか健気な美少女っぽい意見になってしまった。三人から立て続けに頭を撫でられた俺は「ぐぬぬ」と内心でうなった。
「おっけ。で、もちろん一人一部屋でしょ? どうせなら人を呼べるくらい広いリビングも欲しいし、大事な物を隠すなら地下室とかも欲しいわよね」
さすが、街で指折りの『
これにリーシャが小首を傾げて、
「条件をまとめると……家というかお屋敷ね?」
広いリビングに個室が四つ以上、十分な規模の庭と風呂を備えており、ちゃんとしたキッチン、地下室のある建物。
うん、屋敷だ。
十日くらい住まわせてもらったあの商人邸──とまではいかないにせよ、かなりの金持ちの建てた家が必要になる。
「ま、ちょっとずつ探しましょ? エマとリーシャは学院とか神殿行くついでに歩き回ってもいいし」
「フレアはどうせ体力が有り余ってるから街を散歩すればいい」
「あ、わたしもお手伝いしますので──」
「ステラさんはまずゆっくり休みましょうね?」
そんなこんなで、俺たちの家探しがゆるやかに始まった。
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