石竜討伐(1)
「調子が戻ってきたみたいね、ステラ」
「はい。ご心配をおかけしました」
数日で俺の体調は元に戻った。
成長痛も収まって、身体が逆に軽くなったような気がする。
寝込んでいる間は体力と相談しつつ聖典や魔術の本を読んでいた。後は古代語魔法の詠唱を練習してみたり。
触れられる分野が多いと意外にできることも多いものである。
しばらくぶりにしっかりと食事を摂って、今日からまた心機一転自分を鍛えようと、
「朝からすまない! 『三乙女』のメンバーは揃っているか!?」
思ったところで、冒険者ギルドの職員が宿に乗り込んできた。
「なによ、どうしたの? まさか緊急の依頼?」
「そのまさかです! 山にストーンドラゴンが出現したとのこと! 至急ギルドまでお越し願えますか!?」
「ストーンドラゴン? へえ、それは確かに大事ね。いいわ。……エマ、リーシャ、ステラ、いいかしら?」
「もちろん」
「一大事となれば放ってはおけませんからね」
「荷物の準備はできています」
フレアは「おっけ」と笑うと、残った朝食を一気に詰め込んで、
「じゃ、まずはギルドに行って話を聞きましょ」
強い魔物が現れた時、真っ先に話が来るとはさすが、凄腕のパーティだ。
◇ ◇ ◇
フレアたち『三乙女』にこういう緊急依頼が入るのは意外と珍しい。
俺がパーティに加入していた時期はまだ大部分が『街で第五位』だったせいもあるかもしれない。後半になって四位に昇格し、俺が離れてからはやや不調だったらしい。
今は三位昇格を果たしたのでギルドとしても優先順位が上がっている。
「やあ。君たちも呼ばれたのか。奇遇だね」
「げっ。また出たのあんた」
ギルドに到着すると『至高の剣』がメンバー勢揃いしていた。職員によると「一位、二位のパーティが現在不在のため、皆様をお呼びしました」とのこと。
「それで? 状況の詳細を」
「はい。一昨日の夜、最寄りの山に出現したストーンドラゴンを冒険者パーティが発見。昨夜報告を受け、情報を取りまとめのうえ皆様を招集しました」
発見したパーティは近隣の村の依頼で薬草取りをしていたらしい。そこで、木々をなぎ倒しながら動き回るストーンドラゴンと遭遇した。
冒険者の街は西に森、東に草原、北に山、下に遺跡のある、冒険にはうってつけの立地。
北の山はこの中でもかなり扱いの難しい難所だ。最寄りの山は緑の多い普通の山なのだが、奥に複数の山がさらに連なっており、奥に行くほど魔物が強くなり、環境も過酷になる。
しかも、森よりも魔物ごとの勢力図が混沌としている。
普段はいいが、こうやってたまに奥にいる魔物がふらっと出てくることがあるのだ。
「ストーンドラゴンは高い防御力と巨体を持つ恐ろしい魔物です。大きな被害が出る前に討伐していただきたく」
「わかっています。任せてください。民への被害を見逃しては正義の名に反します」
すかさず答えたのは『至高の剣』のリーダー、アルフレッド。
取り巻き──もとい、仲間である三人の女は「さすが私の見込んだ男!」といったふうにうっとりしている。大丈夫か、こいつら。強い魔物を討伐しに行くんだぞ? 観光じゃないぞ?
そんなに自信があるならもうこいつらだけでいいんじゃないかと、
「そうだ。どうだろう、フレア。僕達と君達で勝負をしないか?」
「はあ? 勝負?」
同じく呆れていたのか──まあ俺たちもあんまり人のことは言えないんだが──フレアがきょとんとした顔で問い返して、
「そうさ。どちらが先にストーンドラゴンを倒すか競争するんだ。そうすれば実力がはっきりするだろう?」
「で、あたしたちが負けたらステラを寄越せって?」
「そこまでは言わないさ」
自信の笑みと共に髪をかき上げ、俺に流し目を送ってくるイケメン。気持ち悪いなこいつ。
「ただ、僕達が討伐に成功すればおそらく、順位は再び変動する。彼女に相応しいのがどちらか、自ずとわかるんじゃないかな?」
ほんとなんだこの自信。
「あの、フレアさん。無理に受ける必要は……」
「いいわよ、やってやろうじゃない!」
「ええ……?」
売り言葉に買い言葉。うちのリーダーはこういう挑発に大変弱かった。
いやまあ、負けてもデメリットないなら別にいいが。
はあ、と、エマがため息。黒い前髪を払い、漆黒の双眸でじっとアルフレッドを睨んで、フレアより前へ。
「うちにメリットがない。やるのはいいけど、こっちが勝ったら古代語魔法の触媒を代わりに調達して欲しい」
「まあ、確かにそうだね。構わない。どうせ勝つのは僕達だ」
「あの、アルフレッド……さん? わたしには移籍する気がないので……」
「気が変わったらいつでも言ってくれていいよ、ステラ」
人の話を聞きやがれ!
お前の女たちまでこっちに「お互い大変ね」みたいな視線を送ってきてるぞ。嫉妬通り越して連帯感みたいなのが生まれてるじゃないか。
「じゃあ、僕達は先に出発するから」
勢いで勝負を取り決めて出ていく『至高の剣』。
それを見送った俺たちはため息をつき、
「討伐報酬。それから発見された詳しい位置など、詳しい情報を教えていただけますか?」
さすがリーシャ。こういう細かい部分ではよく気がつく。
俺たちは情報を聞き取りつつ準備を整え、
「ところでエマ。なんで触媒なんか要求したわけ?」
「ゴーレムを作って家に置くから」
「あははっ、そういうこと! いいじゃない、そういうことならぜひ勝ちましょ!」
相手パーティから遅れること少し。北へと出発したのだった。
◇ ◇ ◇
出発時に門で尋ねたところ、向こうのパーティは馬車を手配して向かったらしい。
徒歩と馬車では速度が違う。体力を温存できる利点もあるが、俺たちは慌てず徒歩での移動を選んだ。
「馬車をチャーターするとけっこう高いのよね」
「それに、目立つから魔物が寄ってきやすい」
「山への道は荒れたところも多くなりますから、あまり速度は出せなくなります」
無理して雇う必要はないという判断。
山までは急いでも朝から晩までかかる。途中で一度、野宿する前提でペースを組んだ。
「ステラさん、疲れたら無理せず言ってくださいね?」
「はい。でも大丈夫です。わたし、こう見えて体力17ですよ?」
「確かに、私よりよっぽど高い」
というわけで、エマの分の荷物は俺が持った。
フレアとリーシャの分は自分で運んでもらう。日帰りというわけにはいかないので疲労を一人に溜め込まないほうがいい。
歩くペースもエマに合わせ、道中、襲ってきた魔物はフレアの剣とリーシャの銃が撃退。
「さて、今日はこの辺で野営にしましょうか」
「賛成」
一番疲れた様子のエマが嬉しそうな顔をした。いや、今日は一番なにもしていないんだが。
野営時の料理は俺とリーシャの担当である。
「エマはろくに料理できないのよね」
「フレアだって似たようなもののくせに」
「あたしは肉焼くのは得意よ?」
まあ、それぞれ火と飲み水を提供してくれるので役には立っている。
水が足りなくなる心配がない、というのはかなりの利点だ。液体っていうのはたくさん持つと重い。
さて。食材をケチるほどの距離ではないので、明日に備えてわりとしっかりした食事を摂って、
「夜の見張りはどうしますか? 四交代でいいでしょうか?」
「面倒だし二交代にしましょ」
じゃんけんで決めた結果、俺とフレア、エマとリーシャというペアに。
先に起きていることになった俺たちは、焚き火の音と風の音、鳥の鳴き声だけが響く中、隣り合って座った。
焚き火の明かりだけだと本を読むにはちょっと不向きだ。
むう、と、少し考えてから、首にかけた聖印に明かりの魔法を小さくかける。寝袋にくるまった二人が起きてこない程度。
フレアが「便利ね」と笑って。
「こういうのもいいわね。三人だと一人ずつ見張りってのが多かったから、ちょっと寂しかったのよ」
俺が男だった頃も一人ずつの四交代だったが……?
俺じゃ話し相手として不足だったか。うん、きっとそうなんだろう。当時の扱いを思えばむしろ納得だ。
しかし、これもいい機会かもしれない。
「あの、フレアさん。前から聞きたかったんですけど」
「んー?」
「前にパーティを組んでいたっていう男性は、その、どういう人だったんですか?」
ここで「格好良かったわよ」とか言われたらわりと嬉しいが、
「前にちょっと言わなかったっけ? ヘタレよ、ヘタレ」
この野郎。
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