ステラ(6)

 他パーティからのスカウトをはねのけた翌日、目が覚めると体調が最悪だった。

 具体的に言うと腹が痛い。全身がだるい。さらに下腹部、というか下着に違和感。成長痛のほうは慣れてきたのかだいぶマシになっているんだが、


「なんだこれ」


 リーシャに抱きしめられて動けない俺はそのまま彼女が起きるのを待って、


「あら、このにおい……ステラさん、もしかして始まっちゃいましたか?」

「始まる……なんですか?」


 痛みとだるさの波状攻撃でなにもする気が起きないが、いついかなる状態でも必要なら動くのが冒険者。もぞもぞとベッドの上で起き上がって下着を確認。

 さすがにリーシャも服を脱がしてくることは最初以降なくなったのが幸い──。


「って、なんですかこれ……!?」


 下着の内側がべっとりと赤く染まっている。

 見慣れた色ではあるが、だからこそ怪我や病気を連想。身体の内側となると深刻な事態の可能性もあるのでは、


「落ち着いてください、ステラさん。これは女性特有の生理現象です。……あ、もしかして初めてですか?」

「はい。少なくとも、覚えている限りでは」


 はあ、と、ため息をついて俺は「その証拠」を眺めた。

 もちろんステラになる前はこんな経験ないわけだが。


「……これがあの伝説の」

「伝説って。高齢になるまでは毎月来るんですよ?」

「これが毎月……?」


 人類の半分が毎月これを経験しているというのか。端的に言い表すなら今の俺は絶不調。しかも、たしかこれは一日では終わらなかったはず。


「人間って重大な欠陥を抱えてるんじゃないですか?」

「まあ、その、正直わたくしもそう思います」


 男のアレが外側についてるのと合わせてどうにかしてくれないか。



    ◇    ◇    ◇



 とりあえず下着は新しいものに穿きかえた。

 身体を拭く気力もない俺にリーシャが浄化の奇跡をかけてくれ、いったん身体はさっぱり。

 重い身体を引きずるようにして階下へ移動して、


「あー、生理ね。ステラもそういうお年頃よね」

「はっきり言わないでください」


 気分は昨日にも増して最悪である。

 正直、朝食もあまり喉を通らない。食べたくない以上に身体が受け付けない感覚がある。

 これに比べたら成長痛なんてただ痛いだけで大したことはない。


「女性がときどきすごく機嫌悪くなるのってこれが原因だったんですね」

「まあ、そう。フレアみたいにいつでも沸点低いのもいるけど」

「エマ。あたしは売られた喧嘩は買う主義よ?」


 パンにベーコンエッグ乗せてがつがつ食ってるフレアが羨ましい。俺は彼女と対照的にパン粥を緩慢な動作で口に運んだ。


「大変ね。あたし生理ってないからよくわからないのよ」

「……リーシャさん。なんだか聞き捨てならないことを聞いたんですが」

「まあ、その、フレアはそういう体質なので……」


 苦笑しつつも若干むっとした様子を見せるリーシャ。彼女もこの半精霊ハーフエレメンタルの言いようには思うところがあるらしい。

 人間にしか見えないと言っても違うところはあるもんなんだな。

 昔の俺はそのあたりのことを全然知らなかったわけだ。


「あれ? そうすると、みなさんは普段どうされていたんですか? ……昔お、男性と冒険していたことがあるんですよね?」

「たいていの女冒険者は気合いでなんとかしてるって聞くわよ」


 こんなの気合いでなんとかなったら苦労しねえよ!

 こんな状態じゃ剣もまともに振れないし、精神集中にも支障をきたす。地図なんかじっと眺めていた日には気分が悪くなりそうだ。


「ステラはなんか特に重そうね。そういう子は……どうするのかしら?」

「私は薬を使ってる。自分の体質に合わせてるから症状をかなり抑えられる」

「地母神さまの奇跡にはその痛みと不快感を和らげるものがありますので、わたくしはそれを」

「わたし、早く神聖魔法を使えるようになりたいです」

「生理現象自体を止めることは自然に反しますので、地母神信仰ではできないんですけどね」


 とりあえず今回はリーシャが魔法をかけてくれた。ずん、と、のしかかっていた不快感が半減。

 エマの薬は本人用なので副作用を考慮し、分けてもらうことはできず。


「後は出血自体への対処ですね。棒と綿を合わせたような器具を使って下着に染みないようにしたり、専用の下着を穿いたり、染みるのを防ぐための布を下着に重ねて使ったり」


 下着を重ね穿きするだけでも防げると言えば防げるが、湿った下着は不衛生だ。しかもモノが血。専用の対処はあるに越したことがない。


「女性冒険者って大変じゃありませんか? 毎月そんな苦労を乗り越えてるんですよね?」

「なにを今さら」


 フレア、エマの声がハモり、リーシャでさえ「ステラさんは記憶喪失ですものね」と困り顔になった。

 ……なんというか、そこまでして冒険に出なくてもいいんじゃないのか?

 彼女たちの苦労を知ったことでそう思ってしまうが──『三乙女』がいなかったら今頃、街の周りはもっと危険な状態だったかもしれない。

 俺の憧れる相手もいなくなってしまうわけで、それは困る。


 俺としても、不利な点があるから冒険を諦めるかと言えば答えはノーだ。

 女になったのは若干後悔したくなっているが、もう一度あの『秘蹟』を使えるわけでもなし。なんとかやっていくしかない。


「ステラさん。道具はわたくしの予備を使ってください」

「ありがとうございます、リーシャさん。今回のをやり過ごしたらきちんと買いに行こうと思います」

「困った時はお互い様ですよ。姉妹なのですからいつでも頼ってくださいね」

「待った。あんたたちいつ姉妹になったのよ!?」

「ステラさんは聖職者としてのわたくしの妹よ?」


 今その件で喧嘩する必要あるか!?

 フレアはしばらくリーシャと睨み合った後、ふう、と息を吐いて。


「まああれよね。ステラが普通の女の子っぽくて安心したわ」

「わたしも半……似たような体質かも、とか疑ってたんですか?」

「可能性はあるじゃない。こんなに可愛くて有能なんだから」


 それは間接的にフレア自身のことも褒めているのか?


「確かに。古代魔法王国期に作られた人工生命とか」

「神がこの世に遣わした代行者とか」

「わたし、そんなすごい存在じゃないですよ」


 単に『秘蹟』で美少女になっただけの冴えない男だ。言わないが。

 倦怠感からぐでっとしつつも主張する俺を、フレアは愛おしいものでも見るように見つめて、


「だから、普通の子で安心したって話。ステラもあたしたちと同じなんだなって」

「それはそう。まあ、フレアは普通じゃないけど」


 半精霊だからな。

 俺も『秘蹟』で作られた身体って意味では普通じゃないんだろうが──しまった、この身体になる時に「この不調」をなくすように願っておくんだった。

 あの頃、もっと女についてよく知っていれば。いや、そうしたらこんなふうになりたいとは願わなかったのかもしれない。


「まだまだやることがいっぱいですね。エマさんみたいな薬を自分で作れるようになりたいですし、神の奇跡も使えるようになりたいです」

「ふふっ。そうですね、でも、焦る必要はありませんよ?」

「そう。時間はまだまだたくさんある。お金にも余裕があるし」

「あたしたちだって教えたいこといくらでもあるわよ。いくら時間があっても足りないくらい」


 と、そこでフレアは「時間と言えば」と紅の瞳を輝かせて、


「ね。お金もたっぷり入ったし、あたしたちの家を建てない?」


 脈絡もなくものすごいことを言い出した。

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