最も古き迷宮(2)

「なにこれ。まさか隠し通路……!?」

「こんな情報はありませんでしたよね……?」

「ない」


 壁だった場所に現れたのは奥へと続く通路だ。

 呆然とする俺たち。その時、眼前にまたしても『秘蹟』の輝きが。

 二回目だと……!?

 タイミング的にこの力が悪さ、もとい作用したんだろう。俺は光の文字を声に出して読み上げる。


万能錠マスターキー ランク:SSS

 特別な資質を要する状況において本来の資格者の代替となる』


 またしてもSSS。

 しかもこの効果は。


「つまりどういうことよ?」

「古代王国期の遺跡には権限を持つ人間しか動かせない仕掛けがたくさんある。そういうのをステラは代わりに動かせる……んだと思う」

「それは、もしかするとこの迷宮の解明が大きく進むかもしれないわね……?」


 魔術師であるエマが知らないのであれば、ほぼ間違いなくこの先は手つかずの空間。上手く行けばかなりのお宝にありつけるかもしれない。

 もしかするとここの他にも似たような部屋、通路があるかもしれない。


「ステラ。あんた本当に何者?」

「わ、わたしに言われても」


 ただの元・落ちこぼれ冒険者だとしか。

 ……そんなことフレアたちには言えないが、推測するに、これもまた俺の願望なのだろう。

 英雄的な冒険者への憧れ。

 自分にしかない特別な資格で新しい道を切り開く。そんな思いが俺にこの力を与えたのかもしれない。

 そう考えると『夢想転生』なる『秘蹟』は本当にとんでもない代物だった。


「でも、無闇に使うのは危険」

「なんでよ。めちゃくちゃ便利そうだけど」

「あくまでも代替。本来の主ではないし、権限を模倣できてもわたくしたちには知識がない。そういうことでしょう?」

「そう。例えば、合言葉を言わないと主人でも襲うゴーレムが待ち構えているかもしれない」


 手つかずということは情報がないということ。

 この先はなにがあってもおかしくない。俺たちと言えど油断はできない。


「しまった。せめて魔法陣をもっとよく見ておくんだった」

「突然だったし、時間も短かったから覚えるのも無理でしょ」


 とりあえず、開けてしまったこの通路だけは探索しておくべきだ。

 逃したら二度と開かないかもしれない。俺たちよりも弱いパーティが通りかかってひどい目に遭うかもしれない。


「エマ。罠探知をお願い」

「わかってる。《ディテクト・トラップ》」


 エマが調べた限り、近くに罠はなかった。


「ステラ。この先のマッピングを」

「わかりました」


 地図に薄い紙を重ねて固定。重ねた紙に通路を記していく。長さの目安は歩数だ。明かりで先を照らしつつ、少し進むたびにエマの魔法で罠を調べる。


「罠はないと思う」

「限られた人にしか開けない通路だから、それ以上の用心はしてないんでしょうか?」

「かもしれないし、そうじゃないかもしれない」


 思ったよりも長い一本道。


「これで来た道が閉じたら最悪ね」

「壁を破壊することはできないかしら」

「この迷宮の壁ってかなり硬いのよ。まあ、最悪やるしかないけど。その時はエマが頼りね」

「わたしがもう一度開けられるといいんですけど」


 やがて通路の終わりが見えた。

 扉。

 不思議なことにノブも、指を引っ掛けるための窪みもない。代わりに複雑な装飾が施されている。


「罠は?」

「ある。たぶん、すごく強力なやつ」


 ひとまずエマが扉の装飾をメモする。


「罠は魔法式。解除は私じゃとても無理。たぶん、隠し通路を無理矢理突破された時のための備え。番犬みたいなもの」

「なら、ステラなら開けられるの?」

「やってみないとわからない」


 顔を見合わせる俺たち。こうなると「帰ろうか」となるのも一つの選択だが、別の犠牲者が出かねないという意味では変わらない。


「とりあえず、わたしが触れてみるだけでも試しませんか? 無理矢理でなければ危険も少ないんじゃないかと」

「やばいと思ったらすぐに扉から離れなさいよ」

「可能な限りの護りを施しておきましょう」

「奇跡と魔法の二重がけ」


 フレアの斬撃やエマの魔法でも防げそうな防御を与えられ、俺は扉の前に立った。

 他の三人は十分に離れて待機。

 罠の種類によっては後ろの仲間を狙うものもあるので離れれば安全とも限らないが、全滅を防ぐためには必要な措置だ。

 ごく、と、唾を呑み込んで。


「いきます」


 俺がそっと扉に触れた途端、隠れていた魔法陣が輝き出した。


「今度こそ覚える」

「いや、複雑すぎて無理でしょこれ」


 扉はすっ、と、指の関節ひとつ分ほど後ろにズレると今度は横にスライド。その奥に部屋が現れた。

 罠は、発動しない。

 ほっと息を吐きつつ中を見渡す。広さはそれほどでもない。奥に扉が一つと箱のようなものが二つ、そして中央付近に石像が一つ。

 形は、獅子と山羊と蛇の頭を持った化け物。


「キマイラ」


 エマが俺に胸を押し当てながら呟いた。

 フレアがその後に続いて、


「でも石像でしょ?」


 キマイラは魔獣、あるいは失われた古代語魔法による合成獣の一種とされている。

 獅子の獰猛さと瞬発力を備え、山羊の頭は魔法や呪いを放つ。蛇の頭には毒があり、背後からの不意打ちにもすかさず反応すると言う。

 経験豊富な冒険者パーティでも一手間違えただけで全滅しかねない強敵。単体で街一つを壊滅させた例さえあるという。

 討伐の証拠を持ち帰れば高額の報奨金が出る。

 ……あくまで本物なら、だ。目の前にあるのはキマイラの像。

 ただし、


「あれが石化魔法で石になった本物でない保証はない」

「一歩踏み入れた瞬間、元に戻るかもしれないと?」

「古代王国の住人ならすぐに魔法で石に戻せばいいだけ」

「番犬に首輪をつけるような気軽さで言いますね……」


 だとすると、本物である前提で動かないとだめか。

 本物でなくゴーレムだとしても、魔法強化が施されていれば十分に脅威。


「あの、この場で攻撃して破壊することは」

「無理。部屋の入り口に強力な無効化魔法が張られてる」

「なにそれ。ステラにかけた護りも切れちゃうってこと?」

「たぶん」


 厄介な仕掛けだ。それではあらかじめできる準備にも限りがある。


「んー……。じゃあ、あたしたち三人で一気にぶっ殺すしかないわね」

「そうですね。逆に言えば、ステラさんはここにいれば安全なはずです」

「でも、それじゃみなさんだけ危険じゃ」

「ステラは扉を開けただけで十分仕事をしてる。気にしなくていい」


 あまり抗弁しても三人の邪魔になるだけ。

 力量で劣る俺は大人しく通路に残ることにした。


「十分に気をつけてくださいね?」

「ばーか。誰にもの言ってるのよ」


 明かりの魔法も消えてしまうだろう、と、フレアとエマが松明に火を灯す。通路に残る俺の剣と合わせて三つの光源。

 三人は簡単な打ち合わせを済ませると、


「行くわよ!」


 一斉に踏み込み、そして、脅威を瞬く間に殲滅した。

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