最も古き迷宮(1)

 『最も古き迷宮』。

 俺たちの拠点『冒険者の街』の地下に存在する広大な遺跡だ。

 その名の通り歴史は古く、少なくとも古代王国時代──つまり古代語が普通に用いられていた時代まで遡ると言われている。

 その全貌は未だに明らかになっておらず、魔物や財宝が尽きる気配も未だない。『帰らずの大森林』同様、冒険者たちの活躍が潜在的危機を減らす役割を担い、現状が維持されている。


 そんな遺跡の入り口に俺たちはいた。

 つまり、今回は迷宮ダンジョン攻略アタックだ。

 竜退治と並ぶ冒険の代名詞。吟遊詩人の歌の題材としてもメジャーな、ロマンと危険の塊。


「さ、準備はいいわね?」


 そんなダンジョンに突入するというのに、リーダーのフレアはいつも通り、ピクニックにでも行くかのような気軽さだった。

 服装も「動きやすいから」といつもの露出ルック。


「忘れ物をしてもいちいち取りに戻らないわよ?」

「別に上層を回るくらい今に始まったことじゃない。いまさら心配はない」


 エマが面倒くさそうに言った通り、『三乙女トライデント』がここに潜るのは初めてじゃない。

 男だった頃の俺も三人にくっついて何度も潜ったものだ。

 なので勝手はわかっているつもりだが、


「今回は深く潜らないつもりですが、ステラさん、気負わず、それでいて注意は忘れないでくださいね」

「はい、リーシャさん」


 上位者の言うことには素直に頷く。

 以前はもっとぶつくさ言っていたものだが、今はそれより彼女たちの技能を注視し、少しでも盗むほうが優先度が高い。

 一年も一緒にいれば言って聞く部分と聞かない部分、俺が正しかったところ間違っていたところもわかる。すべてに対してやいやい言う必要もなかった。

 というわけで。


「コンティニュアル・ライト」

「コンティニュアル・ライト」


 フレアと俺の剣の先に長時間持続する光の魔法が灯った。

 剣の先に灯しておけば明かりを消したい時、鞘に収めるだけで済む。眩しすぎないように光量はある程度絞り、代わりに複数の光源を用意。

 ランタンや松明を使うと手が余分に塞がるのでそれを防ぐ意味もある。


「《地母神よ、我らに悪しき力を拒むための護りを与え給え》」


 リーシャの奇跡が俺たちの身体に防御力、抵抗力を与えたところで、フレアを先頭、俺とエマを中衛、リーシャを後衛として中へ。

 迷宮の入り口には各善神の神殿がそれぞれ結界を張っており、魔物が街に這い出してくるのを防いでいる。

 逆に言うとそれを越えた先には魔物避けの力は働かない。

 危険から俺たちを守るのは知識と経験、そして勘だ。


「なるべく罠探知は温存する」

「ん。ステラ、案内よろしくね」

「はい」


 上層に関しては地図化マッピングが済んでおり、罠の位置や種類までが完璧に書き込まれている。フレアたちが持っていたその地図は俺の手元に。

 無くともほぼ頭に入っているが、怪しまれないためにもアリバイ用アイテムはとても助かる。

 そして、だいたい覚えているのはフレアたちも同じだ。

 念のため、記憶と異なる箇所がないかを確かめつつスムーズに進行。


「さすがにほとんどの罠が潰されていますね」

「そりゃ、ここは人気もあるしね」


 ダンジョン探索が魔物退治と異なる一番の点は『罠』の存在だ。

 厳密に言えば罠を使う魔物もいないわけではないが──この『最も古き迷宮』の罠はそれとは違う。迷宮の制作者が侵入者を阻むために用意した、いわば本気の罠。

 この迷宮はまだ死んでおらず、中枢部にあると思われる魔力の供給源が働いているため、一度発動したり解除されたり、破壊された罠も時間が経てば元に戻ってしまう。

 なので一応チェックしているわけだが、上層に関しては戻った端から冒険者に潰されるので基本的に生きてはいない。

 たまに復活しているものはフレアがさくっと剣で潰した。

 と。


「前方から足音が三つ。おそらくスケルトンです」

「おっけ。さすがステラ。耳がいいわね」


 物音に耳を澄ませ、自分たちの声や足音に惑わされず異常を感知するのは盗賊の役目だ。冒険者の職業で言う盗賊はスリや空き巣ではなく遺跡荒らし、つまりダンジョン探索が本業である。

 フレアたち三人の中に盗賊はいない。

 剣士であるフレアも感覚は鋭いし、エマの魔法の中には罠感知を行うものがある。サポート役を兼ねるリーシャも周囲の変化に気を配っているが、ここは俺の能力が活きやすい部分だ。


 果たして、通路の先からは三体のスケルトンが現れた。

 スケルトン。

 動く白骨といった姿の魔物だ。これには死者の遺体が死にぞこないアンデッドという種類の魔物になったものと、魔法によって作り出された動く無機物ゴーレムの二種類があるが、この上層で見かけるのは基本的に後者。


「ステラ、一体任せてもいい?」

「はい、大丈夫です」

「いい返事」


 ゴーレムの類にはリーシャの銃が効きづらい。

 魔法を使うのも魔力がもったいないため、俺たちは物理での排除を選んだ。

 フレアの剣が一体を袈裟斬り、胴体を斜めに両断。エマの杖が別の一体を頭部から叩き割り、


「やっ!」


 俺は剣を横に振るい、最後の一体の腰骨と背骨を纏めて叩き割った。

 こいつらは起き上がれなくしてしまえばなにもできない。転がった胴体をフレアが踏み潰している間に俺はスケルトンの左足を分離させ荷物に入れた。


「どんどん行くわよ」


 暗闇に住み着くダンジョンコウモリを五匹、斬って叩き落として翼を確保。

 猫ほどの大きさを持つジャイアントラットを撃退して尻尾を切断。

 群れをはぐれたらしきゴブリン一匹を駆除して耳を回収。


「楽すぎ」

「そんな文句を言ったらばちがあたるんじゃないでしょうか……?」


 第一層の相手なんてこんなもん。駆け出しでも死にはしないというのが定説だが、こんな少ない労力かつ短時間で突破するのは凄腕ならではだ。

 そして気を抜いていると足をすくわれかねない。フレアは「わかってるって」とでも言いたげに片目を瞑ると、


「さ、下りるわよ」


 第二層への階段を示した。

 深くは潜らないと言いつつさっさと下りていくあたり、こいつらの基準はやっぱり並の冒険者と一線を隔している。

 もちろん俺も今さらこの程度では驚かない。

 一層よりは慎重さを増しつつも的確に罠を無力化、魔物を排除。


「さて、三階行くわよ」


 うん、驚かない。驚かない……?

 若干驚いたほうがいいような気もしてきながら、さらにルーティンをこなしていく。

 ゴブリンの群れ、ゴブリンゾンビ、ゴブリンスケルトン、銅の魔導人形ブロンズゴーレム

 数も厄介さも格段に増した敵をこれまたステラたちは一蹴。アンデッドにはリーシャの銃も炸裂し、討伐数とその証拠は数を増していく。


 こいつらが強すぎてやっていることが魔物討伐とあまり変わらない。


 とはいえ歩き通しだと若干疲れてくる。少し息を整えようと俺は特になにもないはずの壁に手をついて──。


「わ、わわっ!?」

「なに!? ステラ、なにかしたの!?」

「ただ触っただけです!?」


 壁に魔法陣が描き出されたかと思うと、ごご、と壁が音を立てて動き出した。

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