商家からの依頼(3)
先々代の見舞いは思ったよりも無事に進んだ。
向こうは寝たきりの老人。身体を動かすのさえ大変な有り様で、確かにこれではもう長くないだろう。長時間話をするのも難しいため、ある程度少年について聞いていれば誤魔化すことはできた。
若干の罪悪感はあるが、本人も今さら「ひ孫が無茶して死にました」なんて聞きたくないはずだ。
家人も使用人も感謝し、よくしてくれている。
「こういうのも案外、悪くないわね」
「フレアは食べて寝てるだけだから当たり前」
「は? 剣の練習はちゃんと欠かしてないし」
フレアたち『三乙女』もここぞとばかりにごろごろしている──と見せかけて、依頼人側に過度な要求はしていない。
商家の護衛に剣の稽古をつけたり、屋敷の魔道具の具合を見たり、先代夫婦に癒やしの奇跡を施したり、できる範囲で恩を返していた。
ここにいると毎日風呂にも入れる。
「さあ、ステラさん。しっかりお湯に浸からないと駄目ですよ? ゆっくり三十数えましょうね」
「ずるいわよリーシャ! あたしだってステラを抱っこしたい!」
「駄目。フレアの胸じゃステラを支えられない」
「なんですって!?」
風呂のたびに三人と一緒になるのはどうにかならないものかと思うが、まあ、まとめて入ったほうが水も熱量も節約できる。
「ステラもだいぶ男の子が板についてきたわよね」
「あはは、はい。……正直、自分でもよくわからなくなってきてます」
この身体になった当初は「女になったんだから」と「正体がバレるわけにはいかない」という思いで口調を取り繕えていた。
ただ、ここに来て、この身体のまま男として振る舞うことになってしまった。
大股で歩き、「俺」と名乗る。ステラでも、元の俺でもない名前で呼ばれることが多くなり──逆にフレアたちから「ステラ」と呼ばれた際に切り替えが利かなくなりそうになる。
苦笑する俺をエマの黒い瞳が覗き込んで、
「このままこの家の子になりたい、とか思ってない?」
「まさか。そんなことできませんよ」
あくまでも俺は変装しているだけで、死んだ息子に成り代わったわけじゃない。
女なのは変わっていないし、この家の人間だって困るだろう。
「ですが、例えば長男のお嫁さんとして迎えていただくことは可能ですよね?」
「な、なにを言いだすんですか……っ!?」
それはまあ、仕事の内容上、彼とも話す機会はそれなりにあるし、初対面よりは打ち解けた気がする。
思い出話をする中で一家の内情や内面についても知ることにはなったが。
「それはありえないので安心してください」
「そうなのですか?」
「はい。わたしのやりたいことはみなさんのお手伝いですから」
男と結婚するとかまっぴら御免だし。
「さっすがステラ! 安心しなさい、あたしたちがこれからも養ってあげるから!」
「いえ、ちゃんと借金は返します」
というか、エマの分を別で賄えることになったので、今回の謝礼金があればチャラにできそうだ。
「……別に急がなくてもいいのに。っていうかそれが無くなったらステラがうちにいる理由、一つ減っちゃうし」
なに可愛いこと言ってんだこいつ。
「じゃあステラが私たちから離れられないよう身体に教え込めばいい」
「なるほど。その手が」
なに言ってるんだこいつら!?
◇ ◇ ◇
一日一度の短い見舞い。
本当にこれだけで謝礼をもらっていいのか、だんだんと不安にさえなってきた。
先が長くないと言っても具体的に何日になるかはわからない。冒険に出たひ孫が顔を見せ、先々代も少しは安心したのか容態が少し戻ったのもある。
このまま滞在が続くと本気で縁談話とか出て来かねないかもしれない──と、若干不安になってきた頃。
七日目の夜、俺は急遽、先々代に呼び出された。
慌てて準備し部屋に向かうと、老人は使用人たちに席を外すように言う。
言われた方は困惑だ。彼らは俺が偽物だと知っている。協力者とはいえただの冒険者を二人きりにさせるわけにはいかない。
しかし、再度の要求で渋々、部屋に俺たち二人だけになって。
助け舟を出してくれる人のいない状況に緊張を覚えつつ、俺は「お祖父様」と演技をした。
「どうなさったのですか? また明日もお見舞いに来ます。なにも心配なさらなくとも」
「そうは言っても、君も冒険に出たいだろう」
静かな声。
個人の露天商から成り上がり、商会を立ち上げたという男は、老いてなお瞳の輝きだけは失ってはいなかった。
「冒険なんていつでも行けます。今はお祖父様の傍にいさせてください」
「いいんだ。……もう、演技しなくてもいい」
「っ」
バレて、いたのか。
老人と侮るべきではなかった。家族なのだ。いくら声や喋り方を似せてたところで誤魔化し通せるものではない。
まして、やり手の商人が相手となれば。
「……いつから、気づいていらしたのですか?」
胸の痛みを覚えながら尋ねれば、先々代はふっと笑って、
「二度目に会った時だ。君はあれとはにおいが違う。そう思って見れば、男女の違いがあちこち目についた」
「わたしが、女だということまで?」
「わかるさ。君は可愛らしい女の子だ。きっと、心優しい性根なのだろう。おかげで最後にいい思いができた」
いい思いだなんてことはないだろう。
わざわざ替え玉を使った理由、この男が気づかないはずがない。
俺が騙しきれていればそんな残酷な話、知らなくて済んだのに。
「……俺は、優しくなんてありません。ひねくれて、性格の悪い、世の中に恨みだらけの人間です」
「そうか? 私はそうは思わないが」
それはステラの姿に騙されているからだ。
まさか、いくらなんでも俺の中身まで見通せているはずがない。
「十分、君にも、家族にも良くしてもらった。もう満足だ。そろそろ妻のところへ赴く頃だろう」
「そんな。まだまだ長生きしてください。ご家族はみんなそれを望んでいます」
嘘じゃない。この家には「面倒だから早く死んでくれないか」なんて言う不届き者はいない。
それでも、
「君は、神を信じているのか?」
俺は「いいえ」と答えようとした。口を開きかけて、一瞬躊躇してから「はい」と答える。
「地母神さまの教えを」
「そうか。……地母神の教えならば、私も土に還ることになるか。それも悪くはない。土に還ればみな、共にいられる」
まだ、この男に死んで欲しくない。
老衰も、怪我による死も、最後は「諦めるかどうか」だ。生に満足してしまえば死はあっという間に人を連れ去っていく。
俺は先々代の手を両手で握った。
彼は笑い、俺に尋ねた。
「あれは、ひ孫は、最後まで冒険者として戦ったのだろうか」
「……はい。きっと。彼は仲間と共に死んでいました。逃げ出すことなく。仲間と共に最後まで、生を諦めなかったはずです」
それを聞いて、彼は「そうか」と笑った。
先々代が亡くなったのは、翌日の早朝のことだった。
◇ ◇ ◇
弔いは地母神の神官としてリーシャが執り行った。
葬儀の際の作法は神によって異なるが、地母神の教えでは土葬、あるいは聖職者による浄化によって土に還すしきたりだ。
参列者の衣装は「死」から残された者を守るため白が尊ばれるが、別の神の信者は黒を正式とする。地母神の信徒は他の宗教を排斥しないため、作法についても寛容である。
先々代が亡くなった翌日、屋敷に多くの人が集まり──リーシャの奇跡のおかげで綺麗な状態のままの遺体に別れを告げ、花を捧げた。
俺たちも、ささやかながらそれに参加した。
人々の見守る中、正式な祈りが朗々と響き、先々代の身体は解けるように分解され、地面へと吸い込まれていった。
ひ孫である彼と同じように。
皆が祈る。俺も、気づけば彼の冥福を祈っていた。その手を、いつの間にか近づいてきていたリーシャがそっと包みこんで、
「ステラさんには、やはり神官の素質がありますね」
そうなのだろうか。
人の死を悼むのは当然のことだ。
……だが、確かに、前の俺ならばここまで真剣に祈ったりはしなかった。冒険者にとって死は珍しいことじゃない。大きな傷を負わないためにも「あーあ」と軽く流すのが普通だった。
フレアとエマは、実際今も、表情こそ真剣ではあるものの、手を祈りの形にすることなくただ前を見据えている。
そういう意味では、そうなのかもしれない。
「今度、神殿にお祈りに行きましょうか?」
「はい。是非」
先々代は俺を「心優しい性根」だと言った。ならば少しくらい、それを信じてみるのも悪くはない。
どうせ神の奇跡も習うつもりだったのだ。少しくらい胡麻をすっておいたほうが地母神も甘い顔をしてくれるというものだろう。
◇ ◇ ◇
「本当にありがとうございました。祖父も喜んでいたことでしょう」
「あの、でもわたし、最後まで騙し切ることはできませんでした。ですので」
依頼は失敗、謝礼をもらうわけにはいかない。
そう言おうとしたのだが、依頼主である夫妻は首を振った。
「祖父からそんな話は聞いておりません」
「でも」
「安らかなあの方の寝顔を見れば、あなたの働きぶりは明らかです。どうか、それに報いさせてください」
フレアたちからも「もらっておきなさい」と言われ、結局俺は謝礼を受け取ることにした。
葬儀の翌日まで拘束してしまったから、と、都合十日分。金にがめつい商人のくせに気前のいいことこの上ない。
「……いいの? 一度もらったら返さないけど?」
「構いません。もし取りすぎだと思うのでしたら、そうですね。希少素材を入手された際、是非我が商会へ優先的に商談を」
「あはっ。ちゃっかりしてるじゃない。いいわ、贔屓の商会があっても困らないし」
もらった謝礼はきっちり四等分にした。
フレアたちからは「全部あげる」と言われたが、さすがにそういうわけにはいかない。仲間だからこそ、ここは譲らなかった。
それでも借金を返し切るには十分で。
「なんか、ステラのおかげで本当に調子いいんだけど」
「先行投資があっという間に返ってきた」
「ふふっ。ではまた先行投資をしましょうか」
「ええ……? それ、キリがないと思うんですけど」
「いいからいいから」
と、俺に世話したくてたまらないらしい三人によって俺の冒険用装備が充実させられ、俺は不本意ながらまた借金を背負うことになった。
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