商家からの依頼(2)

「……これは」

「すごい」

「いいじゃない! どこからどう見ても美少年よ! ……そっか、こういう方向性もアリなのね」

「あの、少し恥ずかしいんですが……」


 実家なので、死んだ少年の服は当然残っている。

 多少の体型補正を行えば俺でも問題なく着られ、男としては白すぎる肌を化粧で調整、喉仏がないのを上手くコーディネートで隠すともう、しっかりと男に見えた。

 しばらくぶりの男もののズボン。

 ここしばらくの癖で内股になりそうになるのを意識して矯正すると、少なくとも元の「ステラ」には見えない。


「坊ちゃまにそっくりです。これなら先々代も気づかれないでしょう」


 屋敷の使用人も太鼓判を押してくれる。

 フレアは俺の男装に紅の瞳を煌めかせて、


「本当に可愛──格好いいわ、ステラ!」


 おい今、可愛いって言いかけただろ。


「でも本当に良く似てるのね? ひょっとして実はこの家の隠し子だったりしない?」

「それはご当主夫妻に失礼じゃないでしょうか」

「そう? ありそうな話じゃない。実は双子だったけど片方はわけあって人に預けたとか──」

「はいはいフレア。そこまでにしましょうね? 余計なお家騒動が起こったらどうするの?」


 こういう時、さすがにリーシャは頼りになる。お姉ちゃんを名乗りたがる変態だが。


「でも、まだ問題がある。声と喋り方と仕草と記憶」


 エマが冷静に指摘。っていうかいっぱいあるな?


「エマさん。変声の魔法とかないんですか?」

「あるにはある。ただ、私は本人の声を知らないから調整が面倒」

「そこをなんとかお願いします」


 屋敷の者たちに拝み倒されたエマは渋々微調整に協力してくれ──俺の声が無事、声変わりが微妙に終わりきっていない少年の声になった。


「持続時間は半日くらい。かけ直しがいるからそのつもりで」

「わかりました。でも、便利ですねこれ。わたしも覚えたいです」

「……ごめん、ステラ。その声で『好きだよ』って囁いて欲しい」


 おい待て変態。なに関係ないこと始めようとしてるんだ。


「次は口調ですね。坊ちゃまは最近『俺』と少々口調を荒くしていらっしゃいました」

「俺だってやればできるんだ。父上と母上はうるさく言い過ぎなんだよ。……こんな感じですか?」

「! ステラさん、とてもお上手です」

「これは本格的に『男として育てられた説』が出てきたわね」

「これで女の子とかすごく捗る。今後のために覚えておきたい」


 フレアたちの趣味……ではなく、演技に慣れるためにも俺は滞在中、このままの状態で過ごすことになった。



    ◇    ◇    ◇



 その後、俺は先々代との会話を最低限こなせるよう、死んだ少年についてあれこれと教えられた。


「弟のことは本当に残念だった。……遺体を弔い、遺品を持ち帰ってくれてありがとう」


 兄である跡継ぎは真っ当な人格者で、弟との思い出をいくつも話してくれた。


「勉強で忙しい上の兄様に変わって、下の兄様はよく僕と遊んでくれました。勉強で僕が上手くいくといつも褒めてくれて──」


 弟にも慕われていたらしい。

 冒険者を志してからは跳ねっ返りな言動が増えたようだが、それでも使用人たちから愛され、心配されていた。

 聞いている限り、彼は優しすぎて荒事向きじゃない。兄の補佐について働くほうがまだマシだっただろう。

 それでも危険な道を選んでしまったのはなぜか。……いや、だからこそか。


 向いている向いていないだけで進路を決められるほど人は合理的にできていない。

 体格に恵まれなかったからこそ憧れが強くなり、それを抑えきれなくなった。

 何年も諦めずに冒険者にしがみつき、フレアたちからパーティ追放を受けた俺には彼の気持ちがある程度、理解できる気がした。


 だからか、ついつい演技にも力が入ってしまう。

 兄弟から「似ている」と言ってもらえるところまでなんとか似せて、


「……さすがに疲れたな」


 夕方。俺は一人、屋敷の浴室に向けて歩いていた。

 メイドに付き添いを申し出られたが「一人で大丈夫」と断ったのだ。見た目も声も男子だからか、メイドは割とあっさりと引き下がって。

 俺も演技を引きずったまま、ついつい素で独り言をこぼし、


「お疲れ様、ステラ」

「なかなか男の子が板についている」

「孤児院での経験も生きたかもしれませんね」

「わあ!? み、みなさん!?」


 やばいところを見られた。

 驚く俺を三人は「大袈裟だなあ」とばかりに見て、


「お風呂? あたしたちも行くところだったのよ。せっかくだから一緒に入りましょ?」

「え、いやお風呂って、さすがに問題が」

「その声で言われると倒錯的な感じだけど、女同士だし問題ない」


 エマが魔法を解除し、俺の声が元に戻る。

 そうだった。女子なんだから別に問題ないのか。いや、それにしても一緒に風呂とは。


「……お風呂なんていつ以来でしょう」

「少なくとも記憶を失う前の話よね。そろそろなにか思い出すといいんだけど」

「気長にやったほうがいい。記憶喪失は原因によっても改善方法がバラバラ」


 水を大量に使ううえ、沸かすための熱量まで要る風呂は金持ちの贅沢だ。

 庶民は普段、水で湿らせた布で身体を拭う程度。たまにそれが「湯で湿らせた布」になったり「水浴び」になったりする。

 俺たちの宿にも風呂はあるものの、一人か二人で入るのがやっとのサイズなうえに別料金。リーシャの奇跡で身体を綺麗にできるのもあって俺たちは基本利用していなかった。

 なので、一緒になって脱衣所で脱ぐというのも経験がない。

 まあ、裸や下着を見せるの自体は初めてではないし、そこまで恥ずかしがる話でもないが。


「ステラさん。脱ぐのお手伝いしますね?」

「ありがとうございます、リーシャさん」

「いいえ。いつもと勝手が違うので大変でしょう?」


 確かに、腰に布を巻いて体型を男っぽくしていたりもするので脱ぐのに手間がかかる。手伝ってもらって脱いでいる間にフレアたちはさっと脱衣して、


「んっ……」

「あ、なによエマ。今日もこっそり遊んでたわけ?」

「まさかそのまま滞在することになるとは思わなかったし」

「ステラが頑張ってる間に一回宿に戻ったんだから、その時抜けばよかったじゃない」

「うあ」


 そうだった、特大の爆弾を忘れていた。

 エマのコートの下。以前見た時、そこにはやばいものが隠れていた。

 革と金属の拘束具。それに装着された棒状のもの。

 恥ずかしそうな表情を浮かべつつも淡々とそれを外すエマ。いや、ちょっと待て!?


「す、ステラさんたちもその、エマさんのこの趣味を知ってたんですか?」

「ん? ああ、そりゃ付き合いも長いしね。知ってるわよ」

「むしろステラさんにももう打ち明けていたなんて」

「偶然。でも、別にステラになら見られても構わない」

「構いますよ!?」


 露出狂やお姉ちゃんを名乗る変態程度ならともかく──いやそれもかなり変態だが。


「? でもステラは別に見ても引かなかった」

「あのねエマ、あたしもステラも引いてるわよ。引いてるけど『それはそれ』で付き合ってるだけ」


 いいぞもっと言ってやれ。でもお前の性癖も大概だぞ。


「エマさん。せめてここにいる間は止めませんか?」

「そんなことしたら欲求不満でそのうち暴れる」

「それなら仕方ないわね。……ステラさん、そのくらいは大目に見てあげましょう?」


 そのくらい、ってどのくらいだ。


「ステラは気にし過ぎ。フレアと違って人に見せてるわけじゃないし、匂いには人一倍気を遣っている」

「それはまあ、そうですけど」

「それにリーシャみたいに他人にプレイを要求──」

「わーっ! え、エマ!? そういったことを大きな声で言うのはよくないと思うの! ね!? 考え直しましょう!?」


 いや、なんでそこでそんなに動揺する……?

 呆然としていると、フレアが俺の肩を叩いてふるふると首を振った。


「どうせそのうちわかるわ。今はそっとしておいてあげましょう」


 うん、怖すぎる。

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