商家からの依頼(1)

「亡くなられたご子息のふり、ですか……?」

「はい。それが今、この状況での最善かと」


 俺たちが出会った遺体の中に、とある商家の息子がいたらしい。

 届けた遺品の一部が彼のものと特定され、その家へと渡った。受け取った家族から直接お礼が言いたい、と申し出があり、俺たちは四人でそちらに出向いたのだが。

 平民としてはかなり大きな屋敷の、応接間。

 現当主であるという三十代の男が、同世代の妻と並んで俺たちと面会して。


 最初は遺体発見時の状況や死亡原因の推測などを話し、謝礼を受け取って終わりになるはずだった。

 しかし、途中で妻のほうが夫になにか耳打ちをすると、二人でなにかを相談し始め──俺たちに一つの頼みごとをしてきた。

 きちんとした場での交渉担当──『三乙女』の中で最も礼儀正しいリーシャがこれに首を傾げて、


「あの、わたくし共はご覧の通り、全員女なのですが……」

「承知しております。実は、死んだ息子──我々の次男は金髪に翠の目をしておりまして」


 使用人の一人がちょうどいいタイミングで一つの絵を運んでくる。二年前のものだというそれに描かれた姿は、


「……似てるわね、ステラに」

「はい。そちらのステラ様と背格好もほぼ同じでした。衣装で細かい点を補正すればそうそう気づかれないかと」

「ステラと同じ体格の男子なんて、冒険者には向いてないでしょう」

「我々もそう言って何度も説得しました。しかし、息子は聞いてくれず……」


 夫妻には別に長男と三男がいる。商会の跡継ぎは長男に決まっており、次男である彼は「自分がいるとむしろ邪魔になる」と考えていたらしい。

 冒険者になると言って小さな魔物退治などを繰り返しており、両親と衝突していた。


「そんな折、私の祖父が病に倒れました」


 先々代の当主──商会を興したという男は七十代。既に寿命が近く、医者からの診断でも「もう長くはない」との結論。


「私は祖父の死に目に立ち会って欲しい、と息子を諌めました。しかし、あいつは逆に『曽祖父に認められるには今しかない』と家を飛び出してしまったのです」

「……あー。それで無茶しちゃったわけね」


 フレアたちが倒した食人植物は一体潰しただけでも十分に称えられる相手。証拠を持ち帰れば駆け出し卒業を認めてもらえただろう。

 そのために無理をして死んだのではなんにもならないが。


「今の祖父にあいつが死んだなどと伝えたくはありません。祖父が息を引き取るまでの間、あいつの代わりをしていただけないでしょうか?」

「……お話はわかりました。ですが……」


 眉を寄せたリーシャが俺を見る。

 フレアもまた息を吐いて、


「自己満足じゃない? そんなことしたって死んだ人間が生き返るわけじゃないわ」

「仰る通りです。これは祖父のためではなく、我々が祖父を笑って見送るため」

「……そう言われると断りづらい」


 夫妻は依頼期間中、俺たち全員の屋敷への滞在を許可してくれた。当然、その間の宿代(荷物保管料)と食費も保証される。

 病床にある個人の曽祖父は別棟に隔離されており、今はもう出歩くことはできないため、一日に一度、顔を見せる時以外は気を張る必要はない。

 期限もある程度区切られているし、悪い依頼ではない。

 並の冒険者なら飛びつくだろうところ、


「ステラ。別に断ってもいいのよ? あたしたちはお金に困ってないし」

「男のフリなんてあなたの負担が大きい」


 いや、まあ、実は男の振る舞いのほうが楽だったりするが。

 とはいえ他人のフリとなれば話が別。それなりに気を張る必要もあるだろう。確かに手放しで飛びつくのは考えものだが、


「謝礼は、遺品を回収していただいた分とは別にお出しします。金額は──」

「やりましょう、みなさん!」


 提示された額は日当かつ十分なものだった。

 それだけもらえれば三人への借金返済も夢じゃない。俺が乗り気になるとフレアたちも「まあ」と態度を変えて、


「ステラがやる気ならあたしも構わないけど」

「一日研究をしていても問題なさそうだし」

「これも人助けです。わたくしたちにもできることがあれば言ってください」

「ありがとうございます! ではさっそく詳細の打ち合わせを──」


 こうして、俺たちはしばらく冒険から遠ざかることになった。



    ◇    ◇    ◇



 幾つか細かい相談をした後、変装のための採寸が行われることになった。

 男装をするわけだが、女の俺を気遣ってメイドが用意された。下着姿になって巻き尺を当てられ──。


「あの、サイズならこの間測った時のものが」

「まあまあ。あんた成長期じゃない。もしかしたら変わってるかもしれないし」

「そんな簡単に変わりませんよ!?」


 結果、バストトップが2ミリほど大きくなっており、フレアとエマから「ほら」とドヤ顔をされた。いやそのくらい誤差だろ。

 その上、測り終えたメイドが頷いて、


「このサイズでしたら補正もほとんど必要ありませんね」

「す、ステラさん。大丈夫です。まだまだ成長しますから」


 いやまあ、うん。リーシャは気を遣ってくれたが……正直、胸が小さくても別に俺としては構わない。

 一般的な女子にとっては罵倒なんだろうな、と思うと若干不本意ではあったが。


「ウエストには布を巻くなりすべきですね」

「髪もこのままですと長すぎます。切らせていただくことは──?」

「はい、わたしに特にこだわりは」

「却下! それは絶対に却下!」

「重大な損失」

「ええ……?」


 なぜかフレアとエマが猛反対したものの、最終的には「終わった後、リーシャが奇跡で元に戻す」ということで落ち着いた。

 地母神の与える奇跡には作物の成長を促進するものもある。それと癒やしの奇跡を組み合わせることで髪を傷つけることなく伸ばすことが可能らしい。

 ……頭のことで悩んでいるその辺のおっさんたちが泣いて喜びそうだが、こちらはもちろん地母神信仰なら誰でもできることではないし、他人に施すとしたらそれなりの金を取るべきだろう。


 なお、切った髪はまとめて俺たちがもらうことになった。そんなものどうするのかと言えば、


「処女の髪の毛なら魔術的に使い道がある」


 そういやそんな話もあったな。


「……待って。ねえ、ステラってちゃんと未経験よね? 記憶を失う前に男と経験してたりしないわよね?」

「し、しない……と思いますけど」


 絶対ない、なんて断言したら怪しまれてしまう。

 お陰でフレアは完全には安心してくれず、


「一応確認しておいたほうが良くない? ……ほら、女同士なら見て確認すれば一発だし」

「確かにそうですね……。でしたらここは、神官であるわたくしが。大丈夫です、やましい感情などいっさいありませんので」

「いえ、そこまでする必要はそもそも」

「さあ、大人しく足を開きましょう? お姉ちゃんの言うこと聞けますよね?」


 青い瞳をらんらんと輝かせたリーシャはその、なんというか普段と違って正直怖い。


「せ、せめてメイドさんでお願いします!」


 やっぱりリーシャも変態じゃないか。

 変態×3に任せるとどうなるかわからないので、俺の身体に異常がないかの確認(ということで自分を納得させた)は他人である屋敷の使用人にお願いした。

 結果は言うまでもなくセーフ。

 回収された俺の髪は、


「いいものが手に入った。これは是非買い取らせて欲しい」


 エマに対する俺の借金をチャラにするということで落ち着いたのだが、


「あの、変なことに使わないでくださいね?」

「? 魔術師の研究は世間一般的にはたいてい『変なこと』。ステラは私のなにを禁止したいの?」


 それ自分で言ったら羞恥プレイみたいになっちゃうだろうが。

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