最も古き迷宮(3)

 先頭のフレアが飛び出した直後には石化の解除が開始。

 咆哮を上げようとした三つ首の魔獣を精霊の炎が包みこんだ。


「エマ!」

「《ライトニング》」


 松明が隅に捨てられ、魔法の雷がキマイラを撃つ。

 全身の痺れに絶叫すら上げられない敵にリーシャの銃が聖光を連射。それらは真っ先に山羊の頭に殺到して詠唱を妨害。

 そして、くるくると回転しながら宙を舞ったフレアが、太い獅子の身体を一息に両断。


「さすがにこいつの肉は焼いても美味しくなさそうね」


 再度放たれた炎が身体の内側までもこんがりと料理し。


「おっと、首を持って帰らないと」


 閃いた剣が獅子、山羊、蛇の頭を揃って斬り落とした。

 ……可燃物のない場所での炎が長くは保たない。

 炎は延焼することなく鎮火し、後に残ったのは頭と焦げた胴体。


「……終わり、ですか?」


 俺は呆然としていた。

 こいつらが強いのは知っていた。しかし、あのキマイラをこんな一瞬で倒してしまうとは。


「いや、キマイラなんて初めて戦ったわよ。さすがに怖いわねこれ」

「魔法を使われていたら誰か死んでたかも」

死に際の呪いラストワードには英雄さえ殺しかねない強制力があるものね」


 部屋に足を踏み入れると、思った通り、かけてもらった護りは消失した。剣の明かりも消えてしまったので代わりに松明を拾い上げて。


「キマイラ殺しっていくらになるのかしら。美味い酒が飲めそうね」

「まだ終わってない。そこの箱と扉は確認しないと」

「扉のほうはさすがに開けるかどうか躊躇するけれど」


 リーシャに保存の魔法をかけてもらい、三つの首を袋に詰めた。その間に箱と扉の確認が終わって。


「罠はない」

「でも開かないわね。ステラ、お願いできる?」

「はい」


 俺が触れるとあっさりと箱が開いた。


「いったいなにが入っているのかしら……?」

「お宝? お宝かしら?」

「あの、いちおうみなさん離れておいてくださいね?」


 果たして、中身は半透明の宝石がごっそりと箱一杯、だった。

 もう片方には先端に宝石のついた短杖が合計百本以上。


「これって、まさか」

魔晶マナクリスタル魔術杖スペルワンド、だと思うけど」

「だとすると、すごい量ですね……?」


 魔晶は古代王国期にはありふれていた──下手をしたら通貨感覚で用いられていたとされるアイテムだ。魔法を用いる際、術者の魔力の代わりに中に封じられた魔力で支払うことができる。

 魔術杖は決められた回数、封じられた攻撃魔法を魔力消費なしで放つことのできるもの。

 どちらも、遺跡からの産出量は多い品だ。

 当時の人間からすれば「余りを犬小屋に隠した」程度の話かもしれないが、


「これ、ほんとにお宝じゃない! ……ステラ、ちょっとあたしのほっぺたつねってみて」

「いいんですか?」

「いいから早く」


 恐る恐る触れたフレアの頬はすべすべで、意外ともちもちしていた。


「どうやら夢じゃないみたいね。……で、扉のほうをどうするかだけど」

「無視でいいと思う。どうせステラが触らないと開かない」

「異議なし」


 それよりもこのお宝を持ち帰るほうが優先だ。


「これだけの量。価格破壊が起きかねないけど」

「そこは帰ってから考えましょ。ステラ、さすがにこれは手分けして持って帰るわよ」

「正直、そうしていただけると助かります……」


 石と杖は重かった。それはもう重かった。


「三人だったら全部持って行くの諦めてたわよこれ」

「そもそもステラがいなかったら見つかってない」

「ステラさんのお手柄ですね」


 俺、フレア、エマが手分けして持ち、リーシャには帰りの露払いを頼んだ。

 来た道にいた魔物はいったん倒してきたわけだが、徘徊の結果、道を阻んでくる奴は皆無ではなく。そういう奴は例外なく銃の餌食になった。

 銃の効かない相手? 銃床でぶっ叩かれた挙げ句、金属強化されたブーツに蹴りつけられてぶっ壊れた。普段おっとりしているリーシャも魔物には容赦がない。


「悪しき者を排除するのは気持ちがいいですね」

「リーシャさんのことは『お姉ちゃん』より『姉御』とか呼んだほうがいい気がしました」

「姉御なんて呼んだらわたくし、訂正してくださるまでステラさんのこと抱きしめて離しませんからね?」

「……いえ、あの、ごめんなさいお姉ちゃん?」

「許します」


 めちゃくちゃ疲れたが、俺たちはなんとか無事に迷宮を抜け、宿に帰り着いた。

 最大の敵はキマイラではなく重すぎる宝物だった気がする。



    ◇    ◇    ◇



「……これは。確かに市場が破壊されかねませんな。いいでしょう。我が商会に委ねてくださるのなら色をつけた値段で買い取ります」


 隠し部屋から出てきたマジックアイテムは先日世話になった商会に相談し、全部買い取ってもらうことにした。

 魔術師の組織──『魔術学院』に売ってもいいのだが、自分に寄越せいや自分だ、と内部で戦争になりかねない。

 一気に流通に乗るとアイテムの値段が一時的に値崩れを起こす可能性もあるので、そのへんを調整してくれそうな人に委ねることにしたのだ。

 まあ、逆に言うと彼らは高額商品を安定供給し続けられるわけだが。

 まとめて高く買ってくれるならこちらとしても嬉しい。


 ここの人たちならこれを悪事に使う、なんてことはしないだろうに。

 騎士団などの正当な軍事組織が購入する分にはなんの問題もない。


「そうですね。……買取額はこれでいかがでしょうか?」

「うわ」

「すごい」

「ちょっと、なかなか見られない金額ね」


 魔晶も魔術杖も現代の冒険者にはとっておき、いざという時の切り札になりかねない品だ。俺たちの元にはごっそりと金が入ってきた。


「あの、これ、慎ましく暮らせば一生安泰なのでは?」

「そうね。これだけあったらかなり良い魔法の剣だって買えるわよ」

「本も薬もいっぱい買える」


 こいつらに真っ当な使い方を期待したのが馬鹿だった。

 まともなのは「少しずつでも市井に還元するべきですね」と口にしたリーシャくらいだ。


「いずれにせよ、いったんギルドに預けたほうがいいんじゃないかしら」

「キマイラ倒した分の金もあるしね」


 そちらは先にギルドから受け取っている。

 こちらも当分の滞在費にできるだけの額。向こう数年分の宿代を払える。

 ギルドには冒険者の金を預かり代わりに管理する仕組みもあるのでそれを利用して盗難を防ぐべきだ。


「迷宮の帰り道、すごく目立ちましたしね……」


 でかい荷物を抱えて帰る俺たちの姿はたくさんの人に目撃されている。相当なお宝を得ただろうことは既に噂になっているだろう。


「いいじゃない。食うに困らないなんて最高よ」


 きらきらと目を輝かせて言うフレア。


「フレアさん。もしかしてしばらく冒険に出ないつもりですか?」

「そこまでは言わないけど。ステラにもっといろいろ教えてあげたかったし。ペース落としても大丈夫になって良かったわ」


 教えるって冒険についてのあれこれだよな?


「そうね。ステラさん。この機会に神殿にも紹介しますね?」

「学院にも登録しておいたほうがいい」

「あの、わたし、ステラって偽名なんですが」

「? いいじゃない、ステラで。可愛いし」


 有名な冒険者パーティ『三乙女』に所属している、ということで一定の身分証明になる。エマやリーシャが保証してくれれば登録自体は問題ないだろう。

 記憶が戻ることなんて今後永遠にないわけだからまあ、俺としてもステラで問題はない。


「わかりました。でも、みなさんお酒はほどほどにしてくださいね? 野菜も食べないと身体を壊しますよ?」


 前の俺が言ったら「うっさいわね。あんたに関係あるわけ?」と睨まれたが、フレアは「はぁい」と渋々ながら返事をしてくれた。


「せっかくの美貌は維持したいしね。ほどほどにするわ。でも、ステラはもっと食べなさい! これから剣も精霊魔法もばんばん教えるから」

「食べないと体力がもたない」

「そうですね。ステラさんはもうちょっとお肉をつけたほうがいいと思います」


 前よりこいつらと仲良くなれたのは嬉しいが、若干、胸とか尻あたりに邪な視線を感じるのは気のせいだろうか。

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