第7話 リーンと召還魔法

「ヒューマン……?」


 訝し気に、困惑を滲ませながらリーンが零す。


「そうだね、そうとしか見えない。」


 イーリスが同意して、リーンはいよいよ訳が分からなくなっていった。

 異世界の生き物を呼び出すことができるのが召喚士の魔法だ。

 時には不定形の現象とも呼べる生物や、幻獣と呼ばれる伝説上の存在なども使役する。

 しかし、異世界のヒューマンを呼び出すことは今までにあったのだろうか。

 召還紋から魔力のつながりを黒服の男からは感じる。

 イーリスの影に隠れながら、リーンは男を伺った。


 男は目を開くと、周囲を見回し、自分の手を見つめた後にこちらになにか声をかけている。

 しかしその言葉は現代エルフ語、魔族語を修めるリーンにしても聞き覚えのないもので、意味を理解できない。

 黒髪黒目に、黒い装束。幼くこちらでは珍しい顔立ち。年齢は幼く見えるが、エルフのような長命種の場合もあるので推測できない。

 突然の召還だったためか、表情には恐怖と戸惑いが見られる。


 どんな力をもっているのかわからない種だ。

 笑顔を浮かべようとしているのか、引きつりながらこちらを見ている。リーンは自分が召還したその異世界のヒューマンに恐怖を覚えていた。


「これは……大変だね。えっと、言葉はわかるかな?」


 イーリスが声をかけるが、少年は理解できていないようで、なにかこちらにまた声をかける。

 じっと少年が言っている言葉に耳を傾け、イーリスはなにか思案している。


「ね、ねえ……。どうしましょう?」


 言葉も通じない。もちろん、召喚した使役獣と意思疎通を行うのは召喚主にしかできないことだが、そもそも言語のない獣を使役するのが召喚士だ。

 まさか、異世界のものとはいえヒューマンを呼び出すことになるとは想定しておらず、リーンは落ち着かなくイーリスの制服の裾を握った。


「落ち着いて、リーン。」


 対して、イーリスは落ち着いたものだった。

 また声をかけてきた異世界のヒューマンが、こちらが意味を理解していない様子なのを確認してからがっくりと肩を落として落ち込んでいる。


 そのあと、その場にどさっと腰を下ろして長くため息をつくと、不安そうに自身の手足を見つめている。

 その様子を見てリーンは気の毒に思った。あの様子だと、おそらく召喚は突然のことだったのだろう。

 イーリスはその様子を見て、少年のもとに歩み寄っていった。リーンも同じように歩み寄ろうとしたが、恐怖から足が竦んで動かない。


 イーリスが、少年になにか声をかける。

 聞き覚えはないが、先ほど少年が発していた言語らしきものを繰り返しているように思えた。

 それを聞いた少年は、ぱっと顔を上げてイーリスを見る。

 目には希望が溢れていて、今にもこぼれてしまいそうだ。

 少年がなにか興奮した様子でイーリスに話しかけ、イーリスは落ち着いた様子でなにかを返す。

 リーンにはその言葉の意味は分からなかったが、どうやら少年との意思疎通を叶えている様子だ。


「大丈夫だよアイシャ。」


 傍に仕えていたアイシャに声をかけている。気が付けばいつでもイーリスを守れる位置に控えていたアイシャが、頭を1つ下げて一歩後ろに下がった。


「リーン。君が召還したものだから、その召還紋を通じて意思疎通はできるかな?」


 言われてリーンは魔力の繋がりが保たれている召還紋を意識した。

 以前までも、言葉を介さない小精霊にお願いをするときには召還紋を通じてこちらの意思を伝えていた。

 そのイメージで話をしてみればいい。リーンはイーリスに頷きを返し、召還紋に魔力を通した。


 まずは声をかけるイメージで。


 びくりと身を震わせた少年は、リーンのほうを呆然と見つめていた。

 それを見てリーンがほっと息をついて、次いで言葉を発しながら召還紋を通じて意思を伝える。


「私は召喚士、リーン・パイシース。あなたのことを召喚した魔法使いよ。」


 少年は2度瞬きをしてこちらの意思を読み取っている。


「やっぱり信じられないけど、闇の魔力だから呼ばれたのよね。あなたって、ヒューマンなの? デミヒューマン? それとも、魔族? どうやって召喚されたの? いろいろと聞きたいことが多いんだけど、言葉を理解することはできるのかしら。」


 沸き上がるままに疑問をぶつけていくが、少年は目を見開いたままこちらを見つめ顔色も悪くなっていく。

 そんな彼にまたイーリスが声をかけ、肩に手を置いて気遣わし気に見やる。


「そんなにたくさん聞いていかないほうが良いよ。すこし時間をかけて、ゆっくりと聞こう。お互いにね、時間をかけたほうが良いんじゃないかな。」


 少年の肩に手を置きながらそう諫められ、自分でも前進に力を入れて強張りながら状況を確認しようとしていたことにリーンは気が付いた。知らず、力を入れて握っていた手を解す。

 少年と目が合い、お互いにどうも冷静ではない状況なことを確認すると、少年のほうは笑みを浮かべて立ちあがった。


『いいよ、話そうぜ。その訳のわからんイメージ通話でさ。』


 相変わらず何を言っているのかはわからなかったが、少年も話をしたい意思は伝わっているように感じられた。

 リーンはようやく、少し微笑んだ。

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