第6話 山本新と見覚えのない場所

 ここはどこだろう、目の前の人はだれだろう、なんで移動したんだろう、色々なことが頭に過る。

 明らかに憔悴しているだろう俺を、少し青みがかった髪色の外国の少年が気遣わし気にこちらを見ている。

 年下だろうその子に、情けなくもへにゃりと笑顔を浮かべながらコミュニケーションを図ろうとする。


「は、ハロー? アイム、ジャパニーズ!」


 英語が通じるのか、義務教育ではそれ以外の言語なんて知らねえぞと思いながら、必死に両手を上げて敵意がないことを伝えながら声をかける。

 眼鏡の少年は金髪少女をかばうようにしながら、顎に手を当てて首を傾げ、なにかこちらのわからない言語で声をかけてくる。


 英語じゃないんだな。何語なんだ。

 よく見ると少年は身の丈よりも大きな、魔法使いが持っているような杖を持っている。

 メイド服姿の女性もいることだし、これは何かの催し物なんだろう。その最中に現れた不審な人物が俺だ。

 何か声をかけてくれていることはわかったが、意味は全く分からないのでこちらも必死に声をかける。


「俺は日本人だ、気が付いたらここにいた。こちらの言葉がわかる人はいないのか、だれか助けてくれないか!」


 少年のほうもこちらが言っていることを聞いてくれているが、意味は通じていなさそうだ。

 少女のほうはすっかりおびえて少年の影に隠れている。

 メイド服の女性は無表情でこちらを見ているだけだが、警戒している様子を隠してもいない。


 つ、つんだ……。


 がっくりと肩を落として、先ほどまでの恐怖を思い出して腰を抜かしてしまう。

 どさっと地面に座り込むと、すっかり竦んだ手足を自覚した。

 まだ細かく震えている。無理もない、あんな思いは二度とごめんだ。

 長くため息をついて顔を上げると、少年のほうが俺のほうに近づいてきた。

 少女は何か言って少年を止めている様子だが、少年は意にも介さず近づいてくる。

 メイド服の女性は相変わらず無表情だが、少年の後ろに付き添うようにこちらに向かってくる。

 そしてその少年がこちらの傍まで近づいてくると、膝を曲げて目線を合わせるようにしてしゃがみ込み、こてんと首をかしげて声をかけてきた。


「ニホンジン、こちら、たすけて?」


 おれは目を見開いて少年をみる。

 つたないが、それは確かに意味のある問いに聞こえたのだ。


「お、おお! 俺は日本人だ! わかるのか、言葉が! よかった!」


 ふんふんとこちらの声を聞いた少年がうなずくと、すこし思案しながらさらに言葉を続けてきた。


「ニホンジン、タスケル、ついてくる。できる?」

「お、おお! もうなんでもいいよ! ここがどこか知らないけど、ついてくついてく!」


 ぶんぶんと首を縦に振り、右腕で親指を突き出して了承の意思を伝える。

 ふっと、幼い見た目に相応しくない妖艶な笑みを浮かべた少年に、思わず顔を赤くし、しかしこちらも必死なので滑稽だと思われても関係ない。今は恥を気にしないよう、ぐっと体を強張らせた。

 少年は傍に仕えているメイド服の女性に何か言い、立ち上がると金髪の少女のほうへ声をかけた。

 金髪の少女のほうは声を聞くと、安心したようにこちらに近づいてきて、少年と何度か言葉を交わす。


 俺は言葉が通じた安堵感から、ふーっと長い息をついて地面を見つめていた。

 よかった、コンビニ強盗に会ったことも、命からがら逃げたことも、気が付いたら外国にいたこともとんでもない事だけど、まずは命があって良かった。

 話のネタには困らなさそうだな、と家族と親友たちの顔を思い浮かべて、緊張感が緩みため息がこぼれた。


『声をかけるイメージ』


 びくりと体が震える。

 声を掛けられた、というより、脳内にイメージがそのまま思い浮かんだ。

 跳ねるように顔を上げると、金髪の少女と目が合った。

 おずおずと、遠慮がちにこちらを見やる少女は、右腕に入れ墨をしていて、袖から見えるその入れ墨を見ながら俺は声を失っていた

 頭で理解できた。あの入れ墨を介して、この少女は俺に声をかけてきた。

 あまりに非日常、あまりに飛んだ考え。

 しかしそれは感覚的に、すっと自分のなかに自然に浮かんだ考えだった。


『こちらは召還主。召喚されたのはあなた。』


 次いで浮かび上がるイメージ。

 もう、笑うしかない。異世界召喚ものかな? 流行ってるよね。


「はは、はは。え、なに言ってるのこの子は?」


 相変わらず手足が震えている。

 しかし、それは新たな怖気を感じたためか震えが強くなっていた。


『召喚士は闇の魔法を使った。こちらも理解不能な状況。話をしたい。対話は可能?』


 断片的だったが、相変わらずその入れ墨を介して脳内にイメージだけが伝わってくる。

 俺はいま。超常現象に遭っている……⁉

 変に興奮しているのは、自衛の本能化もしれない。

 こいつらは、なにを言っているんだ。


「対話? これが? おい、どうやって話してるんだよ、なんで意味だけ伝わってんの? 意味わかんねえよ……。」


 呆然と恐怖だけが沸き上がっていた。自分の脳内に浮かんでくるイメージ。

 いままで経験したことのないようなものに、純粋に恐怖していた。


「おちついた? だいじょうぶ? おちついた?」


 肩に手を置かれ、はっと気が付く。青髪の少年が気遣わし気にこちらを見ていた。

 つたないが、日本語を聞いて安心する。

 こちらはイメージで脳裏に浮かぶのではなく、はっきりと耳で聞く言葉だ。

 俺はあまりの緊張に、握りしめていた拳を自覚して緩めた。

 冷や汗を流しながら、金髪の少女を見る。

 こちらも恐怖を全面に顔に出しながら、じっとりと汗を額に浮かべて伺うように見ている。

 向こうも俺も、お互いにビビりまくっていた。

 それに気が付くと、なんだか不思議な笑いがこみあげてくる。


「なんだよ……お前もビビってんのかよ、ビビって損したわ。」


 自分より年下だろう外国の少女を見て、自分でもわかる虚勢を張りながら俺は手足に力を入れて立ち上がった。


「いいよ、話そうぜ。その訳のわからんイメージ通話でさ。」

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